できあがり。
お鍋を大事そうに抱えて、階段を一段一段慎重に進んでいく。………………ぐっ、いつもなら一段飛ばしに進む階段なのに、お鍋を抱えたままじゃそんなのできっこなくて………………いつもよりも長い道のりを、ただこぼさないように、ひっくり返さないように、と慎重に慎重を重ねて歩いていく。………………お、終わった………………。あとはマホロの部屋まで持っていくだけ………………っととと、気を抜いたからか、つまづきそうになる。危ない危ない。
「ちょっ、大丈夫? 」
見かねて通りすがりの人が手伝ってくれようとしたけど、そこは丁重にお断り。
「ああ大丈夫だ。もうすぐそこだし。………………あ、手伝ってくれるなら、その先の足下に何か危ないものでも落ちてないかどうか、見てくれると助かるんだけど………………」
「うーん、特に段差も何も無いよ。」
「そうか、ありがとう。」
よっ、と気合を入れ直して、マホロの部屋へと続く廊下を歩いていく。時々、ドアを少しだけ開けてこっちの様子をうかがっている目線を感じて、やりにくさを覚える。………………うーむ、もしかして私がマホロとお風呂してる間に、寮内全体にチキンスープの匂いが広がっちゃってたか? ………………後で誤りに行かないとなぁ………………でも、どこに?
「ここ、だな。」
危うく通り過ぎそうになって足を止める。さて、ドアは………………うん、だいぶお行儀が悪いけど、マホロには許してもらおう。 ノックの代わりにつま先でドアの下隅を何回か蹴ると、中からぱたぱたと足音が聞こえてくる。そしてか細くドアが開いて、
「………………まほろならお休み中なのです。………………って、あれ? エリカ?」
「あれ? ってなんだよ………………イツキか、とりあえずこの扉を開けてくれないか? 今両手が塞がっててな。」
「わかった。」
ドアから離れて待つと、すぐにドアが開く。
「マホロ、その後具合はどうだ?」
お鍋を持ったまま聴くと、ベッドの上に身体を起こしたマホロは、ぼうっと私のことを見つめていて。
「ま、マホーロ? どうしたんだ、熱が上がったか? 」
「まほろ、どうしたの? 」
イツキが心配そうに覗き込むと、マホロはひと言、
「………………おなかすいた。 」
と、布団にぱたりと突っ伏した。思わずずっこけそうになるのをこらえて、とりあえずお鍋を2人に見せつける。
「ごはん、作ってきた。」
ごはんと聞いた途端にマホロの目がきらんと輝く。
「お鍋? 具材はなに? ………………ってか、さっきからずっと、どこかからなーんかいい匂いするなぁって思ってたけど………………………………エリカが作ってたんだ。」
「あぁ。………………とりあえず起きたいんだけど、適当な雑誌でもないか? 鍋敷きになりそうなの………………」
「あ、そこのマンガでいいよ。」
言われた通りにマンガ本を鍋敷きの代わりにして置くと、そういえば食器がないことに気がついた。
「………………悪いな。お鍋しか持ってきてないんだ。だから、もうちょっと待っててくれ。」
「えー………………こんな美味しそうな匂いしてるのに………………」
「じー………………いい匂い………………」
「待ってな、すぐに戻ってくるからよっ。」
今にもヨダレが垂れてきそうな2人をなだめすかして、私はキッチンまで食器とお玉を取りに戻る。今度は身軽だから階段もなんのその。よっ、ほっ、とっ、あいたっ!? ………………い、いだいっ、階段踏み損ねてコケて、スネをしたたかに打ちつけたっ………………おーいてて………………
流石に反省して、帰りは慎重に戻っていく。………………なーんか膝まで痛いし………………後で湿布貼っとこ………………
「ただいま………………って、2人とも………………」
なぜか2人とも、お鍋のことをじっと見つめて正座したまま。
「エリカ、おそいっ!!」
とイツキが文句をいえば、
「………………エリカ、まだぁ?」
とマホロも不満を漏らす。しかもどっちもそわそわしっぱなしで………………あ、なんだか尻尾とミミが見える………………
「そう焦るなって。………………ほい、これがイツキ、んでこっちがマホーロの分な。」
手早くよそって目の前に置くと、さっそく手が伸びてくる。………………………………うん、2人ともお行儀がわる………………いいやもう、二人共聞いてなさそうだし。
「エリカっ、これおいしっ」
一気に飲み干したマホロが感激の声を上げる。
「なんだろ、お肉だけじゃなくて、野菜の味もするっ。」
「だろ? 全部まとめてじっくり煮込んで作ったからな。」
「わたしも見張りをがんばったのです。」
えっへんとイツキも胸を張る。はいはい、ありがとうっと。
「マホーロ、おかわりは」
「いるっ」
言い終わる前に空になったお椀が突き出される。苦笑しつつよそってあげると、イツキもお椀を差し出してきて………………ん?
「イツキ、肉が残ってるじゃないか。………………もしかして、嫌いなのか? 」
「ううん。」
イツキが首を横にふる。
「わたしね、お肉をたべるとおなかがごろごろするの。」
「そうなのか。………………これなんか脂身も血合いも抜いてるから大丈夫だと思うぞ?」
「うん、でもやめとこっかな。スープとお野菜だけちょうだい。」
「ん、わかった。」
お肉を戻して、改めてスープだけをよそう。それを見てマホロが、
「いつきって、お肉ダメなんだ………………おいしいのに。」
「………………ちっちゃいままなのはお肉食べてないせいかもって思って、食べてみたことあるの。そしたらおなかがずっとごろごろしてて………………まわりのみんなはタレをつけて食べてるのに、わたしだけ食べられないのは恥ずかしいからって、辛いのをつけて食べてみたの。そしたら、ひっくり返っちゃった。」
「あはは、樹はまだまだお子様だね。」
「………………むぅ、まほろもエリカも、なんで私のことを子供扱いするの?」
急にイツキが不機嫌になる。そして急に立ち上がると、
「お風呂行ってくる」
と言い残して、マホロの部屋からすたすたと出ていった。
「………………少し、からかいすぎたかな? 」
後に残された私達2人は、きょとんとしたままずっと固まっていて。
「………………機嫌が治ったら、そのうち戻ってくるでしょ。とりあえず、これ食べちゃおっか。」
なんて、マホロも楽観視してて。
だけどその晩、イツキは私達のところに戻ってくることはなくて。
私達の楽観視は、すぐに粉々になった。




