走り抜けて。
ひとしきり樹をなでなでした後、私はカバンを手に立ち上がる。
「........................樹、遅刻、するよ。」
私の膝でぐでーっとしていた樹は、それを聞いて慌ててしゃきっとする。
「あわわっ、すっかり忘れてた................磨穂呂、走ろっか、いや走るよ!!」
「えっちょ」
言い終わる前に、樹に手を引かれて................いや、『引きずられて』寮の廊下を駆け抜ける。途中で何人か、ぶつかりそうになって文句を言われるけど、樹は一向にお構い無し。なので代わりに引きずられてる私が一応謝っておく。
やっとのことで寮を抜けて校門までたどり着くと、それまでまばらだった人影が急に増える。
「い、いつ、きっ................もう、走らなくても、大丈夫、じゃない、のっ。」
乱れまくった息もそのままに、樹の手を引いて止まらせる。
「だって間に合わないよっ。」
「........................樹、周り、見よ?」
なんでよー................って感じでしぶしぶ周りを見渡した樹は、少しして「あれっ?」って顔で首を傾げる。
「遅刻ギリギリなのに、なんでみんなのほほんと歩いてるの?」
答えの代わりに、私は腕を差し出す。
「わぁ、磨穂呂の腕って真っ白だね。」
「そ、そっちじゃなくてっ、」
「................わかってるよ。ちょっと言ってみたかっただけ。................みゅ?この時計合ってる?」
「................心配なら、携帯も、見る?」
昨日から制服に入れっぱなしだった携帯の電源を入れると、ディスプレイは腕時計と同じ時間を指し示していて。
「........................早くしないと、とは言ったけど、ギリギリとは、言ってない........................」
「................そうだっけ?」
こてん、と首を斜めにする樹。................もしかして、猪突猛進タイプなんじゃ................?
「................そ、それに................」
その先を続ける代わりに、私のお腹がきゅるる................と鳴く。................とりあえず赤い顔を伏せて隠しつつ、
「................まだ、朝ごはん、食べてない................し。」
「........................忘れてた。」
思い出したように、樹のお腹も鳴った。
「................磨穂呂、コンビニのおにぎりで、いい?」
「................鮭五目か、鳥五目、どっちかで................お願い。」
................はぁ、疲れた。
教室の自分の椅子に座ると、そのまま机に突っ伏す。
(................まさか、ここまで猪突猛進だとは................。)
小さなため息を一つ。................ちょっと私には、樹の手綱を握っていられる自信が無い。かと言ってほっとくのも................。
「あれ、お疲れ?」
いつの間にか席についていた八千流が、あんぱん片手に話しかけてくる。
「................ちょっと、ね。」
「ふーん。」
それだけ聞くと、八千流はまたあんぱんをもしゃもしゃ食べ進めるのに戻った。................やっぱりおにぎりじゃなくてあんぱん頼めば良かったかも。
「................磨穂呂、買ってきたよ。」
樹の声がして、頭の上にひらべったい物が乗っけられる。頭に手をやって覗き込むと、
「................混ぜこみワカメ?」
「ごめん、こっち。」
樹が差し出したのは、鷄五目おにぎり。ワカメと引換に貰って、ビニールを剥いてかじりつく。................あ、お茶も頼めばよかった。
「磨穂呂、お茶飲む?」
「................ん、ありがと................。」
口の開いたお茶のペットボトルを渡されて、何の気なしに口をつける。................あれ?
「あ、磨穂呂。全部は飲まないでね?」
そう言われて口を離すと、すかさず樹が取り返して残りを飲み干した。........................って、ちょっと!?
「い、いいいいついつつつつつつっ!?」
「な、なに、どうしたの................」
「................そ、それ、わ、私が、口つけた、やつ、」
「........................あっ。」
樹も気がついたみたいで、ペットボトルをじっと睨む。唯一八千流だけは、『回し飲みすると必ず誰か飲み干すヤツいるよなー』なんてケラケラ笑ってるけど、私達はそれどころじゃなくて。
(................さ、最初少し減ってたけど................やっぱり................)
私は、無意識のうちに自分の唇に指を持っていった。




