7 御前会議(前)
全員、一斉に起立し敬礼をして主君を出迎えた。
アールファレムは颯爽と歩き、玉座に座ると、諸将を見渡したが、予想通りシルヴィンはまだ来ておらず、最後にルーヴェルに頷いてみせてから、着席の許可を出した。
まずアルスラーダが現状の報告を読み上げた。
「今朝ゾレストからカスパードが戴冠式を行い、王に即位したとの情報が入った」
既に知っていただろうに幾人かの息を飲む音がアールファレムの耳にまで届いた。誤報であって欲しいとの微かな期待を打ち砕かれたからだ。
「順番に説明していくと、まず先月上旬にゾレストの南のリンサの兵糧庫に備蓄している半分の糧食を移動させている。これはカスパードの部下が陛下の勅令を騙り、行ったものだ。不審に思ったリンサの責任者が念の為、帝都に報告し発覚したのが、その十日後だ」
「ちょっと待ってくれ。何故そんな重要な情報が、こちらに来ていないのか説明してもらおう」
ルーヴェルは初めて聞く内容に不快感を露にして、アルスラーダに噛み付いた。
「重要だからこそ、事実確認してから報告しようとしただけで宰相閣下を軽視した訳ではない。申し訳なかった。以後気を付ける」
心のこもらない謝罪だったが、長引くのが煩わしく、ルーヴェルは手を軽く振って、渋々引き下がった。
「先を続けろ」
「内偵を行った結果、反乱がほぼ確定的との判断を下そうとした直後、今月11月8日に戴冠式が行われたとの情報が早馬でもたらされたのが今日、20日という訳だ」
「早馬で12日かかるか、やはりゾレストは遠すぎるな。地図を持ってきてくれ」
アールファレムが侍従に命令したが、アルスラーダに抜かりはなかった。
「既に用意させています」
アルスラーダの合図で壁脇に控えていた侍従達が、用意していた大きな地図を大机の上に広げた。
「ゾレストには元々三万の兵が配備されていました。これにカスパード軍としてさらに二万、それに今年初めに治安維持目的に増員の申請があり、許可していますので更に一万徴兵が行われて、合計六万の兵が配備されています」
「一万もの徴兵……。計六万か……」
一臣下が預かるには余りにも過剰過ぎる兵力だった。アールファレムには一旦、心を許した相手は信用し過ぎる嫌いがある。それをアルスラーダに利用された訳だが、もしそれが無くなれば、完全無欠の皇帝、即ちルーヴェルが恐れる怪物が誕生するだろう。
「これは武人としての誘惑に負けたと見るべきか?」
フリードリッヒの呟きに幾人かは頷いた。武人として多くの兵を従えるのは本望だからだ。
「この度の事は完全に私の失態だ。皆にも迷惑を掛ける」
アールファレムは座ったまま頭を下げた。様々な感情が渦巻くが、自責の念が一番強く、表情は深く沈んでいた。
「陛下のせいではありません。陛下の信頼に背いたカスパードに全責任があります」
ハリーは力強くアールファレムの言葉を否定して見せた。カスパードに何がおきたか分からないが、アールファレムのせいである筈がない。ハリーを含め、将軍達はそれだけは確信していた。
「陛下。討伐軍の総大将は誰をお考えですか?」
ルーヴェルは答えを知りながら尋ねた。他者に聞かせる為に、声に出して確認する必要があったのだ。案の定、諸将はざわめきだし、不安げに皇帝の方を見やった。
「まだ、その者が到着していないんでね。もうすぐ来る頃と思うんだが」
「お待ち下さい。まさかシルヴィン閣下ですか!」
この場に来ていないのはシルヴィンしかいない。エクムントが皆を代表する形で問い掛けた。エクムントは極めて保守的な男で、暴走しがちな同僚を常に諫めてきた。本来は最年長のマルクスがすべきだが、短期な老人は、常に手綱が必要で何故かライナーが自然とその役目を担っていた。
「他に適任がいるのか?」
「もし戦場で情に負けるような事があればいかがかと、是非再考をお願い申し上げます」
「あのシルヴィンが情に? 有り得ないだろう」
ハリーは即座に否定し、何人かは同意するように頷いた。弟だからといって手心を加えるような男ではない。むしろカスパードに対し一番厳しく接していたのはシルヴィンだろう。
「ハリーの言う通り、私情を挟むような生ぬるい方ではありませんが、心中を思うと、あまりにも酷ではありませんか?」
シルヴィンの事を気遣いビクトールが発言した。気の優しい彼は恐らく、この中で一番心を痛めていた。
「果たしてそうかな。部下に弟を殺されるより自分で始末をつける方が良いと思うが、違うか? 私が最終的に出向いてもよいが、まずはシルヴィンに任せる。断られない限りはな」
アールファレムが言い切ったと同時に、まるで中の様子を見計らったかのようにシルヴィンが入室してきた。