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5 蛇野郎デューク

 カスパードの副官のデュークは、とかく評判の悪い男で皆から嫌われていた。

 将軍のハリーなどは陰気くさいデュークを気味悪がり、毛嫌いしていた。


「あんな蛇野郎をカスパードはよく側に置くな。頭は多少切れるかもしれんが、人間性に問題が有りすぎる」


 余りに酷い評価に親友のフリードリッヒは苦笑しながらも同意した。


「蛇野郎とはうまく言うなぁ。確かにあそこまで他人に不快感を与える男は、そうそういないな。粘着的というか、兵士にまで嫌われているんだから、カスパードは我々が思うより凄い奴かもしれんぞ。あいつを使いこなしているんだからな」

「あの坊やは騙されている事に気付いてないんだよ。所詮名門の坊っちゃんだ」

「家柄は関係ないだろう。カスパードはそんなに悪い奴じゃないよ」

「ふん。お前もお貴族様だからな。カスパードは悪くないが配下の責任はとるべきだろう」

「おいおい、デュークはお前に迷惑をかけてないだろうに」

「あいつはいつか陛下に害をなす」

「聞き捨てならんな。証拠はあるのか」

「目付きで分かる。あいつからは陛下に対する敬意を全く感じられん」

「目付きが悪いだけでそんな言いがかりはよせ。これ以上は立場を考えろ」


 フリードリッヒは首を振りハリーを諫めた。


「預言者を気取る気はない。ただあいつの忠誠はカスパードに向けられている」

「なら問題ないだろうよ。カスパードが陛下を裏切る筈はない」

「それもそうだな」


 これはカスパードがゾレストから戻ってきた時の会話だった。


 デュークは幼少より嫌われるのに慣れていた。他人の為に自分を変える気はなかった。誰かの理解など必要はない筈だった。

 ゾレストへの着任が決まった時、カスパードはデュークに声をかけた。自分に足りない所を補ってくれる有能な副官は有り難かった。カスパードは過信する癖はあったが、自分の未熟さも認めるだけの度量は持ちあわせていた。

 軍人としては自信もあったが、今求められているのは統治能力だった。性格など考慮している場合ではなかった。

 生まれて初めて他人に必要とされ、デュークは涙を流した。他人を呪い、全てを諦めていた男は人間の感情を取り戻した。この方の為に、自分の全てを捧げる。その決意はいずれ、カスパードを皇帝にと変化していった。皇帝アールファレムは確かに凄い人だろう。だがカスパードをこんな北に封じ込めるなど、許しがたかった。

 無邪気そうにアールファレムの為に励むカスパードの姿を見ていて、デュークは決意を固めた。皇帝を失脚、いや殺すべきだ。ゾレストは閉ざさた土地だ。巧く皇帝を引き摺りだせば、仕留める事ができる筈だ。シルヴィンや他の将軍など、どうとでもなる。まずはゾレストを独立させ、近隣諸国と同盟を結べばいい。

 ガルフォンの土地を切り分ければ、同盟など容易い筈だ。

 デュークが切れ者と言われていても所詮、この程度であった。穴だらけの計画に本人は絶対の自信を抱いていた。

 ここで誰かに相談すれば、この後の悲劇は防げたかも知れないが、カスパードにすら知られる訳にはいかなかった。

 デュークはその為に、兵を増強し、ガルフォンへ送る税収の金額を誤魔化した。

 勿論アルスラーダが見逃す筈がなかった。ここでアールファレムに報告すれば、デュークの更迭ぐらいで済んだだろう。しかし仮定の話であった。デュークの暴走もアルスラーダの悪意も、アールファレムの耳に入らなかった。


「カスパードに不穏の動きあり、シルヴィンが討伐軍を率いて、ゾレストに攻めいる」


 カスパードは帝都から流れてきた噂に愕然とした。全く身に覚えがなかった。

 アルスラーダの流した偽情報だった。確かに徴兵は行ったが、あくまで治安維持の為、デュークに増員が必要と言われたからだった。デュークはまだそれが、噂に過ぎないと知っていたが、皇帝への不信を煽る為に、同意した。


「あのシルヴィンが皇帝に吹き込んだのでしょう。でなければ兄であるシルヴィンが討伐軍を率いるなど有り得ません。皇帝を誘導した証拠です。有能なカスパード様が邪魔だったんです」

「私がいくら陛下の為に頑張っても、思いは届かないのか!」


 カスパードは部屋に飾られた花瓶を、花ごと床に叩き付けた。


「アールファレム陛下……。何故分からない。私は貴方の為なら、この命さえも捧げるというのに」


 絶望し泣き崩れるカスパードにデュークは答えた。


「カスパード様を受け入れるだけの器ではなかったのです。所詮顔の綺麗なだけの……」


 カスパードはデュークを殴り付けた。


「黙れっ! それ以上言ってみろ。殺してやる」


 アールファレムの悪口など許しがたい暴挙である。カスパードは破片の飛び散る床に押さえつけ、殴り続けた。他の部下が駆け付けなければ、デュークは死んでいたかも知れない。


「早く、その男を連れ出せ!」


 カスパードは血だらけの拳で床を叩き付けた。破片が突き刺さったが痛みはなかった。


「これが現実……です。カスパード様……皇帝に」

「全員出ていけ!」


 どれ程長い時間、蹲っていたのか分からない。涙が乾き、ようやく手が痛みだした。カスパードはふらふらと立ち上がった。


「私が皇帝だと……ふははははは」


 乾いた笑いが込み上げてきた。いつまでも笑いは止まらなかった。このまま狂ってしまった方が幸せだっただろう。しかし笑いはだんだん収まり、現実はカスパードに決断を迫ってきた。


「陛下……。私はどうすれば……教えて下さい。陛下!」


 魂からの叫びがアールファレムに届く筈がなかった。



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