ケルンとニッグ
この物語は、拙作たるメレテリア物語の世界に存在する神話の一つ……と言う体裁を取った代物となります。
これはメレテリア世界が創造されて間もない黎明の頃の物語……
世界の形が概ね整い、地上世界には様々な姿形を持つ神々の眷族が満ち始めておりました。
こうして数を増やして行く眷族達の姿を、十柱の神々は満足気に見守られておりました。
やがて、地に満ちる数多の眷族を目にしておられた“智慧神”ソフィクトは、これらの眷族達を幾つかの“種族”として区分けして行くことを発案され、“地母神”クレアフィリアを下に様々な種族を規定して行かれたのでした。
そうして、世界に満ちる数多の眷族達は様々な亜人・妖精・幻獣として名付けられ、それらの諸種族の長を務める者を種族を守護する“神仙”として、神々より封じられて行きました。
こうして、世界中に拡がる亜人・幻獣・鳥獣の類は様々な種に名付けられ、それらを司る小神たる“種族仙”も増えて行ったのでした。
そうした時期に未だ種族として規定されていない眷族達の中に、大地の精霊界より地上世界に移り住んだ狼頭の亜人達がおりました。
この狼頭の亜人達を率いていたのは、ケルンとニッグと言う兄弟でありました。
兄のケルンは物静かで思慮深い人物であり、弟のニッグは頑健で無敵の武勇を誇る人物でありました。
次々と種族の規定が成されて行き、次第に“種族仙”への任命が進んで行く中で、弟のニッグに焦りの思いが募って行くことになったのでした。
ニッグは武に優れた人物ではありますが、思慮深い兄たるケルンの方が多くの同族に慕われており、更には地母神の姉妹神たる“冥界神”ネレセドアの最高位眷族である“冥府の魔犬”クルガールムに帰依しておりました。
故に種族の規定を執り行う“地母神”の覚え目出度きは兄ケルンの方であろうと、ニッグは推量して兄への嫉妬の情を募らせて行ったのでありました。
こうして、兄ケルンが“種族仙”に任じられると言う焦燥に駆られた弟ニッグは、神々の目を盗み、その隙を突いて兄ケルンを殺害し、その亡骸を自身の怪力で幾重にも引き裂いたのでした。
これがメレテリア世界における最初の殺人となったのでした。
その身を引き裂かれたケルンの霊魂は、自らの帰依する諸神が司る創造されて間もない“冥界”へと旅立つことになりました。
しかし、創造されて間もない“冥界”には、冥界創造に関わる“冥界神”の眷族たる天使の方々等しかおりませんでした。その為、ケルンの不意の到来は“冥界”に住む天使へと逸早く気付くこととなり、多くの天使達が驚くことになりました。
そして、この事件は速やかに彼の方々の主神たる“冥界神”ネレセドアへと報告され、“八大神”の知る所となり、即座にニッグの捕縛を命じられたのでした。
こうして、“八大神”の命で捕らわれたニッグは、檻籠に収められ、この檻籠は“神樹”ユーグルの一枝に懸けられたのでした。
大地の上では無敵の武勇を誇るニッグでありましたが、大地から引き離され、その力を喪って悄然となり、兄殺しの罪を如何に裁かれるのかと恐々となっていたのでした。
こうした事柄に、周章狼狽することとなったが両兄弟が率いていた“狼頭の亜人”達でありました。
それは、自らを率いる長にして、“種族仙”の候補たるべき二人を同時に失うことになったからです。
やがて、狼狽える彼等の内で幾らかの者達が他の種族の者の許へと助けを求めに駆け込むことになりました。
ある者達は、エルフ族の“種族仙”たるアルフィンの弟たる翼角を持つ亜人――アエスケルとオルフェンの兄弟の許へと駆け込みました。この兄弟は人々を癒す“医術”を創始した者達でありました。そこで彼等は、この兄弟にケルンの蘇生を願い出たのでした。
また別の者達は、ゴブリン族の“始祖仙”に任じられた友角の亜人――オルガの許へと駆け込んだのでした。このオルガや彼の率いるゴブリン族は彼等と同じ“大地の精霊界”より移り住んだ者達であり、オルガ自身は“八大神”の長たる“智慧神”ソフィクトに仕える者でありました。そこで彼等は、この人物にニッグの赦免の口添えを願い出たのでした。
そうして、最初に狼頭の亜人達の許に駆け付けたのはアエスケルとオルフェンの兄弟でありました。
このアエスケルとオルフェンの兄弟は、八つ裂きにされ方々に投げ捨てられたケルンの亡骸を拾い集めました。そして、拾い集めた亡骸をアエスケルは一つの身体に縫い合わせたのでした。
兄たるアエスケルが肉体の修復を進める中、弟のオルフェンは“地上界”と“冥界”の境界へと赴いたのでした。そして、この境界を護る上位眷族であったクルガセドアと交渉し、協力を取り付けたのでした。
冥界の最高位天使たるクルガセドアの協力を得たオルフェンは、この境界を護るもう一柱たる“冥府の魔犬”クルガールムの目を盗み、“冥界”へと忍び込み、“冥界”を訪れて間もないケルンの霊魂を見付け出し、地上へと連れ去ったのでした。
こうして、ケルンの肉体は兄たるアエスケルが復元し、ケルンの魂は弟たるオルフェンが取り戻したことで、この兄弟の手でケルンは蘇生することがかなったのでした。
さて、ケルンの蘇生を物陰から見詰める者がおりました。
その者こそ、狼頭の亜人に協力を願われた一人たるオルガでありました。
ケルンの蘇生が成功したことを見届けたオルガは、密かに“神樹”ユーグルの許へと向かったのでした。そして、神々の目を盗んで“神樹”を登り、檻籠からニッグを救いだしたのだった。
更にオルガは主神たる“智慧神”ソフィクトや“知識神”ナエレアナの許へと駆け付け、ケルンの蘇生や狼頭の亜人達の狼狽振りを報告した上で、ニッグの赦免を願い出たのでした。オルガの巧みな弁舌のお蔭もあり、ニッグはその罪を一応は赦されることとなったのでした。
この後、ニッグはその尽力を大変感謝し、感謝の証としてオルガに対して終生の服従を誓ったのでありました。
ともあれ、こうして二人の兄弟――ケルンとニッグは同胞たる狼頭の亜人達の許へと戻ることが適いました。
しかし、兄たるケルンは一度“冥界”へ赴いた身であることを理由に“種族仙”に任じられることを辞退した為、弟たるニッグが狼頭の亜人達の“種族仙”に任じられ、彼等には“コボルド族”と言う種族に規定されることとなったのでした。
一方で、ケルンの態度が殊勝であるとして、彼の主神であった“冥府の魔犬”クルガールムは自らの眷族として“冥界”の境界を護る者の一人として招いたのでした。そんな彼――ケルンを慕う一部の者達は、冥界との境界に近い地に集い暮らし、後々“アヌビス族”と呼ばれる種族となったのでありました。
リハビリ代わりに昔書いてみた物語を加筆修正した作品を上梓してみました。
お読み頂ければお察し頂けるでしょうが、実際の神話伝説をモデルに描いた物語であり、モデルの神話より幾分ダウングレードしている感は否めませんけどね……(苦笑)
作中で「無敵の武勇」とありますが、「無敵の武勇(笑)」な程度なんですけどね……