二人の後悔と紫猫の悪戯
「ごめんねアリス。僕方向音痴なの忘れてた」
一人、呪いの攻撃から回復した少女は耳を垂らし、萎れた花のように落ち込んでいた。
少女たちが遭難したのは紛れもなく自分のせいだと、己を責める。
「大丈夫だよ、真白。俺も忘れてた。あー、磁力精霊捕まえとけばよかった」
一人、少年はグローブを嵌めている右手で頭を押さえて項垂れていた。
とてつもない方向音痴だったことは昔から知っているはず。なら、目的地の方向を教えてくれる磁力精霊を捕まえておけば良かったのだ。少年はため息を漏らした。
いま、二人に共通しているのは"後悔"という感情だった。
「「はぁ~」」
二人は同時にため息をつく。ほんとに、何しているのだかわからなくなってきたのが二人の心境である。
ーー迷ったからといって動くとかえって余計迷うし……。
「森に辛気くささが広がるからやめてくれないか」
そんなとき、アリスより少し低い位の声がラピスの耳の間近で聞こえた。
その声は少し笑いを含む声で、アリスは既視感を覚える。
ーーあれ、この声ってー
「どひゃっ!だ、だれっ!?」
一方ラピスは弱点の耳の近くで、しかも低い声と共に吐息がかかり、しかも不意打ちだったから、変な声が出た。+αで誰かわからない恐怖で体ががちん。と固まってしまった。
「お、落ち着け真白!」
アリスは既視感を無視してラピスの緊張をほぐそうとする。ラピスの驚いた声に笑いそうになるのをこらえながら言うものだから、少し声が震えた。
だからだろうか、健闘もむなしくラピスはへにゃへにゃになって倒れてしまった。
すると、ラピスの背後で笑う声がした。
「ねえ、そんなに驚くことはないでしょ」
にやにや厭らしく笑いながらラピスの頬をぷにぷにとつついてる男の、全体像が見えた。
紫とピンクの縞模様の猫耳と尻尾が揺れる。特徴的な金色の猫目。紫色の少し癖がある髪。何よりも、その悪趣味な張り付けたような笑顔。
見覚えがあった。
ーーまさか……、
「相変わらず悪戯好きで神出鬼没だな、透魔」
「相変わらずのネーミングセンスの無さだね。アリス」
透魔という単語に反応したのだろうか。ラピスが、がばっと起き上がった。
復活が早いのが、ラピスである。
「え!?透魔!?ってことはエド!!」
「うるさいよ真白。女性のくせして僕って趣味悪すぎやしないか」
透魔、本名エリザリード・シャーロック。ラピスをけなすのが好きなチェシャ猫。通り名は『おどかし屋』で愛称がエド。
アリスは内心好きなんじゃないかと疑っている。そんなこと思うのはアリスだけなんだが、アリスは気づいていない。
「良いじゃないか!僕が"私"って言ったらどう!?気持ち悪くない!?それに!ロビンが"ウチ"でルビアが"俺"なんだから、僕も個性的な方がいいでしょ!」
アリスとエドは同じことを思って、呆れた。
ーー勘違いからの自己満足…
「いや、私の方が見た目と釣り合うと……」
「そうそう。僕もアリスに賛成」
「え……?僕は私って言った方が良いの?」
キラキラとラピスの瞳が輝く。
そんなラピスを肯定するようにエルが頷く、はずがない。
「うん?聞き間違えたかな、真白。僕が言ったのは"多少"マシってことだよ」
見事にけなした。
「わーっエルがいじめるー!!」
と、大袈裟に声を挙げて崩れ落ちるラピス。心なしか、灰のような燃え尽きたような真っ白になっているようにみえるほど、ショックだったのだろうか。日常茶飯事だったのに。