アリスの親友と白兎の少女
「やばい!遅刻する!急がないと!」
白い兎の耳が揺れる。手には懐中時計。整った顔には冷や汗が滲んでいた。
荒い呼吸の中、走馬灯のように遅れた理由の場面が思い出される。あれは、思い出すだけでも腹立たしい。
ーーー
あれは、アイツが僕のことを、………。とにかく、アイツのせいで遅れた。
全部アイツのせいだ。
『おい、もう約束の時間じゃないのか?』
『へ?うっわぁっ!もうこんな時間!?』
『ひどいなー、親友との約束忘れてるなんてさ?』
『うるさいキザ男!元々はお前が、お前がぁ…!』
『まあまあ、そんなに怒らなくても…』
『僕はアリスを迎えにいかなきゃなんないんだ!5年ぶりなんだぞ!』
そのまま手に持ってた茶碗を顔面にクリーンヒットさせて急いでここまで来た。
やっぱり、アイツはいけすかない。
ーーー
その眼に炎が燃える。腹が立つことを思い出したのと、絶対に遅れないようにと二つの意味で闘志を燃やした。すべては、自分との戦いだっ!それがシロウサギの座右の銘。
道行く誰もが驚き、そして見惚れた。美しく、そしてとてつもなく早く走っていたから。
そしてある草むらに足を踏み入れたとき、眼前で光が弾けた。
「わわっ!!!!!」
驚いて目を庇い、数瞬遅れて足に力を入れて後方へ跳んだ。
いきなりで目を庇いきれなかったのか、目がチカチカする。暫くは視力が失われた。
視界が回復すると、数回まばたきをして目を潤し、腕を退けた。
「真白!大丈夫か!?」
すると、懐かしい名で自分を呼ぶ声がするではないか。シロウサギは期待に胸を膨らませて顔を上げた。
そこには、一人の男がいた。
金色の髪を首まで伸ばし、右耳の辺りを編み込んでいる。切れ長の琥珀色の目に凛々しい表情。細い体つきだが筋肉がしっかりついてる。
昔とは大分変わっているが、五年前の面影は確かにある。間違いない。間に合った!
それがわかった瞬間、シロウサギは表情筋が一気に緩んだ。
「ア、アリス!」
光から現れたのは先刻、家を出た有守だった。訳あって、アリスという名になっているが、同一人物である。
アリスは懐かしい親友を見た瞬間、変わってなくて良かったと心の底から思った。
「久しぶりだな!真白!会いたかった!」
安心しきって嬉しくなったアリスは約束通り来てくれたシロウサギを抱き締めた。
いつも両親とはハグや手を繋いだりすることはあったものだから、つい癖になってしまった。だからいつも通り、相手の髪の匂いを嗅ぐ。柑橘系のシャンプーの臭いがした。
「わ、わわっ!は、ハグッ!?」
五年前以上前からのアリスの癖である、この癖はシロウサギにとっては久しぶりすぎて。また、五年の間にそんなことされた覚えはシロウサギにはなかった。だからだろうか、過剰なまでにシロウサギは驚いた。
「っ!?」
それにより、シロウサギは懐中時計を離し、時計は無慈悲に落下する。
シロウサギの大事な大事な祖母の形見である。壊れることはシロウサギには考えられないほどに大事なものだ。それがもし壊れたらー?
「おばぁちゃん…」
無意識に涙がこぼれた。
それに気づいたアリスは静かにラピスから離れ、時計の真下に手を滑り込まる。
見事にキャッチした。その間わずか0.1秒。
決して、並みの人間にはできない技だった。
「はい、真白の時計。大切なものだろ?」
「ありがとう、おばあちゃんに顔向けできないところだった」
少しの出来心でどや顔をしてみたアリスは華麗にスルーされ、カッコつけたかったのはものの見事にダサくなった。
シロウサギはアリスから懐中時計を受け取り、安心して顔が綻んだ。
そして、微笑んだその顔は女の子特有の柔らかい笑みだった。