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姫騎士と焼き肉

 夜のキャンピングカー、風鈴が鳴る縁側。

 直人はそこに座って、のんびりしていた。

 ミミは天井がせり上がって出来たロフト部分で寝ていて、子犬は定位置のみかん箱の中にいる。

 ソフィアは車内にはおらず、直人の視線の遙か先に、燃える髪がまるで水面に映し出される月の様に、風景の一部になって夜の異世界に溶け込んでいる。


「迎えに行った方がいいかな……いややめとこ」


 車を移動させようかなと一瞬思ったが、ちらっと室内を見て、思いとどまった。

 社畜時代の満員電車に鍛えられたせいで、直人はどんなに車が揺れてても熟睡できる体になっているのだが、ハーフエルフの少女がそうなのかどうかは分からない。

 せっかく気持ち良く寝ているのだから、彼女を起こさない様にしようと思った。

 なので何もせずにしばらく待っていると、目線の先にある燃える髪の輝きが消えた。さらにしばらく待っているとソフィアが戻ってきた。

 手に、何かのしっぽを引きずっていた。


「戻ったぞナオト」

「それは?」

「恐龍のしっぽだ」

「恐竜のしっぽ」

「違う恐()だ」

「恐()

「きょうりゅう」

「きょうりゅう」


 違うと言われながらも、同じ言葉を繰り返す直人とソフィア。

 直人の耳には同じ発音で、微妙なアクセントの違いがあるようにしか聞こえない。

 何かがあるのかな。そう思っていると、ソフィアが説明してくれた。


「恐龍シーイーリウス、この一帯に生息している、きわめて臆病な性格で知られる龍だ」

「ああ、恐がりな龍って意味か」

「危険を察知したらしっぽを自ら断ち切って相手の注意をひきつき、その間に逃げるので有名だ」

「まるでトカゲだな」

「それを少し脅してきた。これくらいあれば何日分かにはなるだろ」

「そうだな」


 しっぽを指さしていうソフィアに、うなずく直人。

 ついさっき、冷蔵庫の中身が心許なくなってきたと直人が話したので、彼女が調達に行ってくれたのだ。


「しかしこれって美味いのか?」

「かなり美味いぞ、大抵の調理法は合うが、焼いたときは特に絶品だ」

「へえ、じゃあちょっと焼いてみようか」

「いま焼くのか?」

「夜食な気分だ」

「なるほど、まあいいだろ」


 ソフィアはうなずき、じゃあ火をおこすといって、周りから枯れ木や枯れ葉を集めた。そこに向かって手をかざし、燃える髪になって、魔法で火をつけた。


「便利だな、それ」

「便利と言われるとなんだか腹がたつな、これでも王家に伝わる秘法なのだ」

「ああ、ごめん」


 直人は素直に謝った。

 そうしている内に、彼女がつけた火が一気に燃え上がった

 直人はまるで家の庭でたき火をするような、わくわくする気分になった。

 ふと、彼はあることを思い出す。


「ソフィア、そのしっぽの肉は焼いたときが一番美味いんだよな」

「ああ、わたくしが知っている限りそうだ」

「石器時代の原始肉に出来そうだけど……ここはあれでいくか」

「あれ?」

「ちょっと待ってて」


 訝しむソフィアを置いて立ち上がり、いったん車内に戻って、シンクで鍋になみなみと水を溜めて、それをもって戻ってきた。

 それをたき火から離れた所にある、草が生えていない土だけの所にぶちまけた。

 ぬかるみになったそこに、砂浜で城を作る前準備のように泥をこね上げていく。


「それをどうするのだ?」

「まあみてて。そうだ、そのしっぽを切り分けられないか? こぶし二つ分の幅で輪切りに」

「こうか」


 炎髪をだしたまま、指先に炎の剣を作ってしっぽをスパッと切った。

 直人の注文通りの肉の塊になる。


「さりげなくすごい技使ったな」

「それほどでもない」


 ほめられたソフィアは素っ気なく答えたが、一瞬だけ顔がにやけたのを直人は見逃さなかった。

 見逃がしてはいないが、あえて見逃して、指摘しなかった。

 かれはソフィアが切り落としたしっぽの輪切りを受け取って、そこに泥をまぶしていく。

 鱗の上などを特に念入りに、満遍なく塗りたくっていく。

 しばらくすると、しっぽの輪切りが泥の固まりに変わった。


「ナオト? それをどうするのだ?」

「こうする」


 直人はそう言って、泥の固まりをたき火の真ん中にポンとおいた。

 そして、腕組みして炎をじっと見つめる。


「それから?」

「これだけ」

「えっ?」


 ソフィアは目を見開き、驚く。


「これだけって、何もしないのか?」

「ああ、これだけでいいんだ」

「それ……料理って言わないぞ」

「……」


 直人は微かな笑みを浮かべたまま、言い返さなかった。

 何も言わない彼にソフィアは不安そうな顔をしたが、直人が自信たっぷりにしているのをみて、とりあえず様子を見る、となったようだ。

 そしてしばらく、二人はたき火と、その中心にある泥の固まりを見つめた。

 火が表面を焼き、それで水分が抜けて泥の色が徐々に明るくなっていき、やがて焦げる黒に変わっていった。


「そろそろかな」


 そうして徐々に火が小さくなっていき、やがて消えた。直人は枯れ木を一本拾って、火種がくすぶっている燃えかすを突っついた。

 灰を避けると、すっかり黒くなった泥の固まりが姿を見せる。

 焦げる匂いがツーンと鼻をつく。


「それはもう、食べられないんじゃないのか」

「まあ見てなって」


 直人は足を使って、熱々の泥の固まりをたき火から出した。そして足元に転がっているこぶし大の石を拾い上げ、慎重に泥の固まりを叩いた。

 コッ、コッ。まるで卵のを割るような慎重な手つきで、鈍い音を立てて叩いていく。

 やがて、焼いた泥がパリッと割れて。


「うわあああ……」


 瞬間、泥の中に閉じ込められていた、肉汁の芳しい香りが辺り一帯に広がった。

 暴力的なまでの、肉の香り。

 それを嗅いだソフィアは一瞬でうっとりとなってしまった。

 その横で、直人も作った当の本人で予想はしていたのに、口の中があふれ出す唾液に占拠されてしまった。


「なるほど、これは美味しそうだ」


 そう言いながら、更に慎重になって、焼いて堅くなった泥の皮を剥いでいく。

 直人は慎重に、泥の皮をはいていく。


「な、ナオト! それは一体なんなのだ!?」

「たき火で焼き芋をやったことないか? それと同じやり方なんだ。子供の頃、焼き芋をやろうとしたけどアルミホイルがなかった時があってさ、それでしょうがないからこんな風に代わりに泥でくるんでやってみたけど……ケガの功名ってヤツだな、逆にアルミホイルより上手くできたんだ。ほら」


 直人はそういって、剥いた泥を一かけらソフィアに見せた。


「ここに鱗がついてるだろ? 粘りの強い泥でやるとさ、香りを閉じ込めておくだけじゃなくて、剥いたときこんな風に鱗とか皮とかくっついて一緒に剥がれるんだ」

「な、なるほど!」

「焼いて美味しいもので、皮を剥く必要のあるものなら大抵このやり方があうぞ? 分かりやすくいうと蒸し焼きだな。魚とかなら鱗をまったくとらないで、内臓だけ取り出して、そこにネギとかショウガとかつめてやればさらに美味しくなる」

「し、しかし丸ごと放り込んでは焦げてしまわないか?」

「その時も焦げた分は泥にくっついて一緒に剥がれる。問題はない」

「そ、そうか」


 驚きが収まらないソフィア。彼女はじっと焼き上がった肉を見つめて、ごくり、と生唾を飲んだ。


「あはは。さあむけたぞ」


 直人は包丁と皿を持ってきて、焼き上げた肉を切りわけて、皿にのせてソフィアに渡した。

 受け取ったソフィアはしばしそれを見つめて、ぱくっ、とかぶりついた。

 瞬間。


「――っ!」


 頬に手を当てて、うっとりしてしまうソフィア。

 感極まって、言葉も出ない様子だ。

 そんな彼女の反応に満足して、直人も自分の分をきり分けて、食べる。


「おお!」


 彼もまた、そのおいしさに感動した。


「この肉すごいな、脂がすごくのってて、かといって脂じゃなくて、肉の味がメインだ」


 口の中いっぱいに広がる肉汁を舌の上に転がしつつ、感想を述べる直人。

 肉と脂。どちらも美味しいが、同時に存在する事が非常に難しい二つのおいしさだ。

 直人は昔だけ一度だけ、サーロインステーキとヒレステーキを一緒に食べた時の事を思い出した。

 霜降りのサーロインと、赤身のヒレ。

 どっちも美味しかったが、どちらも美味しすぎて、口の中で脂と肉がケンカを始めてしまった。

 別々で食べれば良かった、直人はあのときそう思った。

 しかしこの肉はサーロインとヒレ、両方のいいとこ取りをしたような味をしている。


「んー、おいひい」

「うまい!」


 口々に言い合いながら、二人はシーイーリウスのしっぽを次々と口に運んだ。最初に焼いたやつはすぐになくなったので、残ったしっぽも切り分け、泥に包んで新たにおこした火の中に入れて焼いた。


「いいにおい……」


 それが焼き上がったころ、ミミが起きてきた。

 目は半開きで寝ぼけている様子だが、じっと肉を見つめていて食べたそうにしている。


「ああごめん、おこしちゃったか」

「にく……」

「食べたいのか?」

「うん……」


 見た感じほとんど寝ぼけている彼女に食べ物を与えていいものかと直人は一瞬迷ったが。


「おにいちゃん……」


 すぐにほだされてしまった。


「わかった、一切れだけだぞ」

「わーい」


 寝ぼけたまま、手をあげて大喜びする幼い女の子。

 直人はしっぽの肉をサイコロステーキ大に切り取って、自分の皿にのせて彼女にわたした。


「美味しい!!!」


 肉にかぶりついた瞬間、ミミの目がカッ、と見開いた。

 あまりの美味に一瞬で覚醒した様子で、むしゃむしゃごっくん、と飲み込んだ。


「おかわり!」

「すっかり寝た子をおこしちまったな」


 楽しげに笑いながら、直人はさらに肉を切って、ミミに手渡す。


「おかわり」


 切って、手渡す。


「おかわり!」


 切って、手渡す。


「すっごく美味しい! おかわり!」


 切って――。


「どんだけ食べるの!?」

「すごい……」


 思わず突っ込む直人に、舌を巻くソフィア。

 幼い女の子は、一瞬のうちに追加で焼いたしっぽ肉を食べ尽くしてしまったのだ。

 後から焼いた分は目測で一キロ近くはあった。直人が食べきれるかな? 食べきれなくて冷蔵庫に入りきれるかな、と思った程の分量なのに、ミミは一人でそれを全部平らげてしまった。

 彼女の要求にこたえてさらに同じ分量を焼いたが、これまた、ミミ一人で食べ尽くした。

 それでも――。


「おかわり!」

「ごめん、もうない。にしてもよく食べるな」


 ソフィアが狩ってきたしっぽ肉は食べ尽くされ、骨だけが残った。

 直人は幼い女の子の大食いに驚いていたが。


「オゴォ……」


 すぐに、なんとなく納得してしまった。


「ねえおにいちゃん、もっと食べたいよ」

「いや、そんな事言われてもないものはしょうがない」

「うぅ……」


 唇を尖らせるが、すぐにしょんぼりと、肩を落としてしまうミミ。

 実際にもうないのは明らかなので、その事に意気消沈したようすだ。

 みていて、かわいそうになる位落ち込んでしまった。

 愛くるしい女の子に何とかしてやりたい所だが、ない袖は振れない直人である。


「ま、待っていろ」


 そこに、少しつっかえた声が聞こえてきた。振り向くと、ソフィアがなんとも言えない微妙な顔をしていた。


「また、狩ってくる」

「本当?」


 ソフィアを見上げて、目を輝かせるミミ。

 姫騎士は無言でうなずき、身を翻して駆け出した。


「ありがとー、おねえちゃん!」


 ミミは大声出して、手をふった。

 駆け出す直前のソフィア、炎髪をだしながらも、真っ青になっているにやけた顔。


「アレルギー持ちの猫好きだよなあ……」


 直人はなんとなく、そんな風に思ってしまったのだった。

焼き肉って言うか、肉を焼くって言うか。

この焼き方をすると鱗を持つものや羽根を持つものは例外なく美味しくなるので、是非お試しあれ。

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― 新着の感想 ―
[一言] アレルギー持ちの猫好き、という例えがすごくしっくりきました。 作者様の言葉選びが好きです
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