姫騎士と豆汽車
王宮の敷地内、停車しているキャンピングカー。
その先の地面にレールがあった、路面電車の様なレールである。
レールの上にはまだ真新しい、トレーラー型のキャンピングカーがある。
そのキャンピングカーに子供達が群がっていった。
先頭はミミと子犬、次にこの国の姫であるナユタ。
その後ろに人間の子供と、オークの子供達。
どちらも、旅の途中でミミと仲良くなった子供だ。
「これを、あの人が作ったの?」
「うん、お兄ちゃんってなんでも作れるんだ」
「お兄さんのお車とちょっと違うね」
「キャンピングトレーラー、っていうんだよ」
「オゴ、オゴオゴ」
「オゴゴ♪」
ミミを中心に、子供達が盛り上がった。
その子供達とは別に、離れた場所でぽつりぽつりと別の子供達の姿が見える。
いずれも身なりがよくて、ナユタのような感じがする子供達。
縁側に座った直人は一発でその正体を理解したが、一応隣にいるソフィアに聞いてみた。
「ソフィア、あの子達は?」
「各国から招いた子供達だ。ナオトの指示通りわたしが招待状を書いて、ティアに連れてきてもらった」
「そうか」
「ほとんど彼女の威光だ。わたしだけでは揃えられなかった」
「全世界の王族、跡継ぎになるような子供を集めるなんて普通は無理だろうな」
それでもやってのけるティア。
魔神サローティアーズ。前皇帝すら子供扱いする彼女だからできた芸当である。
そのティアはキャンピングトレーラーの横にいた。
「ほら、みんな乗って。そろそろ出発するよ?」
「しゅっぱつ?」
「いいから乗って。すぐにわかるから」
ティアがいうと、ミミと子犬が真っ先に乗り込んだ。
その次にミミの友達が、最後にナユタが続々と乗り込む。
他の国の王子や王女達は遠巻きに見ているだけだ。
ティアはそれを一瞥して、直人を見た。
直人は肩をすくめて、「どうぞどうぞ」と手のひらを上にするジェスチャーをする。
ティアが軽くキャンピングトレーラーに触れる。車体が淡く光り出す。
ティアの魔力を帯びたキャンピングトレーラーが走り出した。
ゆっくりと、レールに沿って。
まるで遊園地にある豆汽車のようだ。
それが、王宮をゆっくり回る。
「わー、すごい」
「ちゃんと走ってる」
「オゴゴ♪」
子供達は大いにはしゃいだ。ティアがコントロールしレールの上を走らせるものだから、遊園地のものと同じように窓はついていない。
そこから身を乗り出す子供達は大いにはしゃいでいた。
「あれぇ? ミミちゃん何してるの?」
「こたつに入ってるの。すっごく暖かくて気持ちいいよ」
「このこたつの背もたれ、わたくしが発明したものですのよ」
「これ気持ちいー」
「なんか……眠くなってきた」
「オーゴー……」
わいわいはしゃぐ子供たち。王宮を一周するレールに乗って走っていくキャンピングトレーラーは次第に見えなくなった。
すると、意地を張ってキャンピングカーに乗らなかった他国の王子王女達に異変が起きる。
まず、全員がそわそわし出した。遠目からでもわかる様にいなくなったキャンピングトレーラーの事を気にしている。
次に一人の王子が走り出した。キャンピングトレーラーに追いついた。
ティアはキャンピングトレーラーをとめて、王子を乗せた。
すると、笑い声が大きくなった。
あきらかに楽しい笑い声、子供達がはしゃぎ、共に楽しんでいる笑い声。
それを聞いて、乗らなかった子供達はますますそわそわした。
「乗ればいいのに」
直人が言った。
「素直になれないのだろうな」
「もったいない」
「だが、それは無駄な努力というものだ」
「うん?」
「わたしは知ってるぞナオト。あのきゃんぴんぐかーに、ナオトはちゃんとしたこたつをつけたのだろう」
「ああ、つけた。ティアの魔力で発熱するこたつだ。構想を伝えたら王宮の職人が最適なものを作ってくれた」
「ならば、一周してきた頃には子供たちはほっこりしてるところだろう」
「なるほどな」
頷く直人、ソフィアに言われて、彼は楽しみになってきた。
それで少し待っていると、反対側からキャンピングトレーラーが戻ってくる。
一周してきたそれは、うってかわって静かになっていた。
直人達の前を通り過ぎたトレーラーのなかでは、ソフィアの予想通り、子供が全員、こたつでほっこりしている。
唯一、こたつになれて免疫のあるミミだけが、子犬と一緒に運転席に座って運転手のまねごとをしている。
まったりする子供達、運転するミミ。
それらの光景に、残った子供達が陥落した。
一人、また一人とキャンピングトレーラーに近づき、乗せてくれと頼んだ。
そうして、集めてきた子供達が全員、直人の作ったキャンピングトレーラーに乗った。
ハーフエルフの女の子。
各国の王子や王女。
一般市民の子供。
オークの子供。
子供達は種族を越えて、キャンピングカーの中で仲良く遊んでいた。
それにソフィアは目を細めた。
「あんな風に、人間とオークの子供が一緒に遊ぶなんて。これが狙いだったのか、ナオト」
「まあな。と言ってもぎりぎりで思い出した。あんたの旅の目的を」
言われて、頷くソフィア。
キャンピングカーの旅、一見してあてのない旅は、一つだけ目的があった。
ミミと出会い、オークの真実と触れたソフィアが、各国を回って、まずは王達に直訴して、オークとの共存を訴える事。
それを彼女は地道にやってきた。
「もう、わたしは何もしなくてもいいのかもしれないな」
つぶやくソフィア。
目の前を通過して、三週目に入るキャンピングトレーラー。
その中で子供達が大いにはしゃいで、一緒になって遊んでいた。
人間とオークの子供が分け隔てなく、仲良く遊ぶ姿。
それが、ソフィアが望んだものである。
「もうしばらくはかかるだろうけど、このちびっ子どもが大人になって国をになっていく頃には、オークとの誤解も完全に解けてるだろう」
「そうだな」
うなずき合う直人とソフィア。
その後ろからパトリシアが気を利かせて、グラスに飲み物をそそいだものを渡してきた。
二人は受け取って、乾杯をする。
グラスの中身を一気に飲み干して、直人は立ち上がる。
「さて、何かお菓子でも作ってやるか」
「お、何を作るつもりなんだ?」
「秋の味覚がいっぱいあるけど……スイートポテトがいいだろ」
「よし、わたしも手伝おう」
「いやあんたは座ってて」
直人はソフィアを押しとどめた。
二回も電子レンジを爆破させた前科のある姫騎士に料理をさせる訳にはいかなかった。
「むっ、ナオトはもっとわたしを信用するべきだ。こう見えても――」
「信用してるから、一番大事な仕事を任せたい。ティアを見張っといてくれ、あれがいつずっこけるかわからないからな。……この仕事を任せられるのはあんただけだ」
「むっ」
ソフィアは一瞬きょとんとして、それからまんざらでも無い顔をした。
「あんたにしか頼めないことだ」
「し、仕方ないな。それまでいうのなら」
ソフィアはそう言って、縁側を立って、キャンピングトレーラーを追いかけていった。
残った直人とパトリシア。
「相変わらず……ちょろいですね」
「それが彼女のいいところだ」
「そうですね」
直人とパトリシアは笑い合って、スイーツを作るため、キャンピングカーの中に入る。
このキャンピングトレーラーは後に伝説になる。
それに一緒に乗った子供達が生きている間、世界は珍しく戦乱のない平和な時代を迎えることを、当の直人は知るよしもなかった。




