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姫騎士とにしきぶくろ

 夕暮れ時のキャンピングカー、直人がいない六畳間和室。


 ソフィアとティア、二人がこたつに入って、テレビゲームをしていた。


 液晶の画面には古いけど味がある、ドット絵のキャラクター達が障害物競走をしたり、くす玉を割ったりと運動会のような競技をしている。


「ナオトめ、あれほどわたしの誘いを断っておいて他で働くっていうのはどういうこと?」


 ティアが不満そうに言い。それを聞いたソフィアがジト目でたしなめる。


「おまえ、今までナオトの何を見ていた」

「なんですって」

「子供のために何かを作るのはナオトの中では『働く』に入らない」

「うっ……」

「違う?」

「そ、それはそうかもしれないけど……」


 言葉が尻すぼみになるティア。


 直人は今ここにいない、ナユタのためにキャンピングカーを作ってやろうと、宮殿の方にいって様々な人間と打ち合わせしている所だ。


 絶対に働きたくないでござる、という直人の口癖をあげつらうティアだが、直人とより長いつきあいであるソフィアがそれをたしなめた形だ。


 沈黙が流れる、ゲームが進み、そして終わる。


「ちょっと何これ、このなめてるヤツでしょうってなに?」

「読めるのか、この文字が」

「ナオトに教わったのよ!」


 吐き捨てるようにいい放ち、コントローラをこたつの上に放り出す。


「もうやらない、終わりっ」


 そしてこたつに潜り込んだまま、畳の上に寝そべってしまう。


 ソフィアもそれにならって、コントローラを置き、こたつでまったりしようとした。


 しようとしたが、まったり出来なかった。


 何もすることがなかった。


 まったりするためには何もしない事が重要。それに対して今の二人は何もする事がない。


 同じな様で、激しく違う二つの事柄。


 二人は、暇をもてあましていた。


「ああもう! つまんない!」


 ティアがパッと体を起こし、ソフィアもゆっくり起き上がった。


「何かないの? 暇つぶしできるようなの」

「うーん、あっ、そうだ。ナオトからこんなの預かってたんだ」


 ソフィアはそう言い、三つの袋を取り出した。


 手のひらサイズの巾着袋で、それぞれ赤、黄、青の三色だ。


「なにそれ」

「やる事がない時は赤、黄、青の順で空けろと言ってた」

「へえ、じゃあ空けてみなさいよ。まずは赤ね」

「わかった」


 ソフィアは頷き、赤の巾着袋を空けた。


 中に四つ折りのメモが入っていて、開くとキャンピングカーの見取図が書かれている。


「星がついてるな」

「どれどれ……キッチンだね」


 ソフィアが立ち上がってキッチンに行った。


 しばらくしてあるものを抱えて戻ってきて、それをこたつの上に置いた。


「なにそれ」

「カボチャみたいだけど、中がくりぬかれてる」

「本当だ、それに顔になってる」


 二人が不思議そうにそれを見つめる。


 秋の大イベント、ハロウィーンの象徴であるジャック・オ・ランタンを彼女達は知らない。


「これをどうするのだろうか」

「まって、中にロウソクが入ってるわ」

「むっ、本当だ」

「ロウソク……もしかして電気を消してロウソクをつけるのかな」

「かもしれない、やってみよう」


 ソフィアは電気を消して、自前の炎でロウソクに火をつけた。


 暗くなる車内に、ボワァ、と光り出すカボチャのランタン。


 温かい光。炎が揺らめく度に、影で微妙に変化するカボチャのお化けの表情。


「……」

「……」


 二人はほわっとした。ソフィアはぼけーと見つめ、ティアはこたつの上に頭を横倒しにのせた。


 沈黙が流れる、ゆったりとした時間が過ぎていく。


 ヒーリング効果を持ったロウソクの炎が、カボチャのランタンと相乗効果を生み、二人の女をほっこりに追い込んだ。


 そうして、二人は落ち着いたかのように見えたが。


「ぐぎゅるるるるる」


 音が響く。まったり空気を台無しにする腹の虫が盛大に鳴り響いた。


「おい、おまえまた」

「う、うるさいわね。お腹が空いたんだからしょうがないでしょう」

「これだから腹ぺこ魔人は――」

「生理現象だからしょうがない――」


 責めるソフィア、言い訳するティア。


 二人は同時に口をつぐみ、巾着袋に視線を集めた。


 見つめるのは直人が言った二つ目、黄色の袋である。


 もしや、と二人が同時に思った。


 そしてうなずき合い、巾着袋をあけて、四つ折りの紙を取り出した。


 今度は絵が描かれていた。電子レンジの絵で、スタートボタンを指が三本指していた。


「レンジ?」


 今度はティアが立って、キッチンに行った。電子レンジの中を見ると、確かに何かが入っているようだ。


「これをどうするの?」

「ぼたん、を三回押せって事なのかもしれない」

「なるほど、じゃあ押すわね」

「ああ」


 ソフィアが頷くと、ティアはスタートと書かれたボタンを三回押した。


 電子レンジが音を立てて動き出す。それで温められたものをもって、ティアが居間に戻ってきた。


「それは?」

「コロッケのようね」

「コロッケ……むっ、これはカボチャだ」


 一口食べたソフィアが言う。


「カボチャ? あっ、これの中身ね」


 ティアがそう言い、いまだロウソクの炎がゆらめくカボチャのランタンを見た。


「これをみながら食べろってことね。ナオトらしいわ」

「しかし、これはうまいな。普通のコロッケと違ってほのかな甘みがいい」

「へえ……本当だわ」


 二人は直人が作り置きしていったコロッケを頬張る。皿いっぱいにあったコロッケがあっという間に平らげられた。


「ふぅ、お腹いっぱい」

「さすがナオト、楽しめる上に美味しくするなんて」

「ねえ、これ、ナオトに似てると思わない?」

「このカボチャのお化けみたいなのがか? いや、ナオトの方が男前だろ」

「えー、こんな感じでしょ。このぽけーとしてるっていうか、ぼやーってしてるっていうか。こんな感じよナオトは」

「それは流石にない」


 ソフィアとティア、食後の二人はここにいない直人の批評を始めてしまった。


 姫騎士と魔神、大層な肩書きを持つ二人だが、食後にしているのはガールズトークそのものだった。


 その話が一段落すると、二人はまた、巾着袋に視線が集まった。


 最後に残った一つ、青色の袋だ。


「ねえ、いま困ってる?」

「いいや、困ってない」

「だよね、わたしも困ってない」

「……開けてみるか?」

「開けてみよう」


 二人はうなずき合った。


 これまでは直人にしてやられた形になった。


 困ったときに開けろと言われた袋が、ことごとくその時の状況に相応しいものだった。特に二つ目の袋などは、ぴったり当りすぎてちょっとむかつくくらいだ。


 だから二人はこう思った、困ってない時にあけて、逆に外させてやろうと。


 ソフィアは手を伸ばして、巾着袋を開けて、四つ折りの紙を取りだした。


 もう一度見つめ合って、うなずき合って、それから紙を開く。


 今度も絵だった、そして前の二枚に比べて細かく書かれた絵だった。


 書かれたのはミミ、可愛らしいハーフエルフの女の子がキッチンの横に立って、無邪気な笑顔をして皿を差し出している所だ。


 一目で分かる、食後の片付けをしている所を描いた一枚だ。


 二人はそれを見た、視線は同時に横滑りして、こたつの上に置かれたままの皿を見た。


 さっきまでコロッケがあった皿は空になっている。しかしコロッケの油や衣のカスがくっついたままで、乾いている様に見える。


 絵に描かれたおてつだいの女の子。


 リアルで食器を放置する二人の大人。


 二人は、決まり悪くなった。


「まったく……ナオトめ」

「片づけよう」

「それは任せる」

「なに、あんたはしないの?」

「わたしは部屋を片づける」


 ソフィアは立ち上がって、部屋の中を見回した。


 直人がいなかった一日、部屋はくつろぐ二人によってかなり散らかってしまった。


 ソフィアはいつだったかの事を思い出していた。


 仕事をした帰りの自分を出迎えてくれた直人。


「部屋を綺麗にして、ナオトをもてなしてやろう」

「びっくりさせてやるのね」

「もてなすのだ」

「どっちでも一緒よ」


 ティアは皿をもってキッチンの方に向かって行き、ソフィアは部屋を片づけた。



 

 ――しかし。

 

 こうして、直人が帰宅した頃には、車の中はよりぐちゃぐちゃになっていたのだった。

明日も出来れば更新します。

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