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姫騎士と移動要塞オリジン(下)

 停まるキャンピングカー、車から降りる直人とつきそうパトリシア。


 二人の前に一台のトレーラー、動力部を持たないキャンピングカーが止まっていた。


「トレーラーか。こっそりシルバーボディを期待したんだけど、さすがにそれはないか」

「シルバーボディ、ですか?」


 パトリシアが小首を傾げる。


「丸っこくて、パッと見塗装されてないブリキのおもちゃか、蒸気機関が乗ってそうなやつ」

「ああいうのシルバーボディっていうのですね」


 直人の説明でイメージできたパトリシア、得心顔で頷く。


「ああ、ああいうのも結構好きなんだ、おれ。おもちゃ箱みたいで見てるだけでもわくわくしてくるんだ。日本にはあまりなくて、やっぱり欧米とかが主流だけど」

「なるほど」

「それはそうとして――こっちはこっちでもっとすごいな、完璧にオーダーメイドだろこれ」

「はい。ログハウスを彷彿とさせます」


 パトリシアの感想通り、二人の目の前にあるそれはそれはまるで、キャンプ場にあるログハウスの下に車輪がついたようなトレーラーだった。


 全長十メートルほどの車体、その後ろ四分の一は二段構造になっていて、下は子供が隠れたがりそうな収納、上ははしごで登れる屋根付きのベランダだ。


 テーブルや椅子もあって、持ち主はそこで優雅なティータイムを楽しんだだろうと想像にがたくない。


「ティアが好きそうだな」

「はい」

「これってまだ動くのかな」

「動きませんの」


 横から、ナユタの幼くも上品な口調が聞こえてきた。


 直人は真横を向き、聞き返した。


「動かないのか?」

「はいですの。たとえば」


 ナユタはキャンピングカーに戻って、ドアを開け、すぐ横にあるスイッチを押した。


 カチッ、車内の電気がつく。


 カチッ、電気が消える。


 ナユタは戻ってきて、言った。


「あなた達のは動きますけど、こっちは何をしても動きませんの」

「ああ、そりゃそうだ。トレーラーだし、パッと見電力は全部ヘッド車か外部からとる構造になってる。これ単独じゃ動かないようになってるよ」

「そうなんですの?」

「この辺にコネクタがあるはずなんだけど」


 直人は車体の前方に向かい、その下を覗き込んだ。


「あった」


 そこで何かを見つけて、手探りでそれを引っ張り出した。


「なるほど」

「どうしたんですか、マスター」

「これ」


 直人は取り出したものをついてきたパトリシアに見せた。


 女性の腕ほどの太さを持つ電気のケーブルで、途中でちぎれていた。


「切れてますね。直せなかったのでしょうか」

「直せなかったんだろうな。異世界だし、材料も道具もない。こうなったらアウトだな」

「それが動かない原因ですの?」


 ナユタがまじまじとケーブルを見つめながら聞いた。


「ああ」

「そう……」


 頷き、しょんぼりとしてしまうナユタ。


 ちぎれてしまったケーブル、子供のナユタにもわかる物理的な壊れ方だ。


「……ちょっと待ってて」


 しょんぼりするナユタを見て、直人は何とかしてやろうと思った。


 運転席に飛び乗って、すっかりこたつでくつろぎきっているソフィアとティアたちを起こさないように運転して、キャンピングカーの尻をトレーラーの頭につけた。


 まるで馬車、馬を荷台につけるかのように。


 運転席を飛び降りて、二台の車の真ん中に移動する。キャンピングカーの方からケーブルを引っ張り出す。


「あっ、同じものですの」

「ああ。一応ヘッド車としても使えるようにしたんだ」


 直人はそういい、トレーラー側のちぎれたケーブルをはずした。


「コネクターは……同じアメリカ式か。パトリシア」


 差し込み、パトリシアに声をかける。


「電源、流します」


 頷くパトリシア。コネクタの接続部分がパチッ、と一瞬だけ火花を放った。


「これでいけるはずだ」


 直人はそういい、トレーラーのドアを開けて、中に入る。


 キャンピングカー同様、入り口近辺にあるスイッチ類をざっと確認して、その中の一つを押す。


 一呼吸間が空いたあと、天井の電気がついた。


「わあ!」


 背後からナユタの興奮した声が聞こえてきた。


 幼いお姫様は直人の横をすり抜けて、トレーラーに飛び乗った。


 ついた電気に照らされる車内を見つめて、瞳を輝かせる。


「明かりがつきましたわ!」


 ナユタは車内に入って、あっちこっち触ったり、見て回ったりした。


 まるでデパートのおもちゃ売り場にやってきた子供かのような興奮のしようだ。


 その横に佇んでいる直人。一件落ち着いているように見えるが、彼も密かに興奮していた。


 何しろ、トレーラーの中は外装に勝るとも劣らない程、夢とわくわくに満ちた物だったからだ。


「パッと見壊れてる所はないみたいだな。ケーブルが切れてただけか」

「そのようですね」


 ついてきたパトリシアが相づちを打った。


「内装はアメリカンスタイル。常設二段ベッドにU字ダイネットか。なるほど、ベランダには中からもいける様になってるんだな」

「以前マスター達が話したものと近いですね。暖炉がついてるのも同じです」


 パトリシアは壁を見て言った。


「いや、違うな」

「はい?」

「よく見ろパトリシア、それ暖炉に見えるけど、壁に埋め込まれたディスプレイだ。まわりのレンガに見えるっぽいのもただの壁紙だ」

「えっ? あっ……本当ですね」

「フェイクだな、多分――」


 直人はスイッチ類を再確認して、それらしきものを押した。すると壁に埋め込まれた、暖炉に見せかけた画面が炎の映像を再生し出す。


「こんな風になるのですね」

「あとは……このスイッチかな」


 そう言って、違うスイッチを押した。すると今度は暖炉のまわりから風が吹き出してきた。


 最初はただの風だったのだが、次第にそれが温かくなっていく。


 ディスプレイの中で揺らめく炎、緩やかに送られてくる温かい風。


「エアコンダクトですか」

「ああ。疑似的な暖炉。雰囲気重視、夢の現実的な落とし所だな。さすがにこのサイズのボディに暖炉を埋め込むことは出来なかったんだろう」

「工夫、苦心の跡が見えますね」

「この持ち主とは気があいそうだ」

「きっとマスターと似たような方なんでしょうね」

「おれもそう思う」


 直人とパトリシア。二人はトレーラーの中を隅から隅まで見て回った。


 動力部などがない分、直人のキャンピングカーより一回り広い車内は、あれこれと家具やギミックが詰め込まれていた。


 それらはいずれも実用性を持っているが、それ以上に「夢」を感じさせるもの。


 キャンピングカー側にある、こたつや縁側と一緒だ。


 キャンピングカーが「和」のくつろぎを追求したものなら、こっちは対照的に「洋」のくつろぎを追求したイメージである。


 直人は感嘆する。


 そこから感じられる「夢」に、彼はうっとりさせられた。


「ねえ」


 そこにナユタがやってきた。幼いお姫様は直人の横に立って、勝るとも劣らない程の興奮した目で見上げてくる。


「この車って走りますの?」

「走らせていいのか?」

「うん!?」


 ワクワクが爆発した、そんな反応。


「走らせよう、そこのソファーに座ってて。揺れるかもしれないから何かにつかまってて」

「うん!」


 興奮するナユタを置いて、直人はトレーラーから降りて、キャンピングカーの貯蔵室から工具を取り出した。


 それを使って、キャンピングカーとトレーラーを連結させたあと、運転席に乗って、ゆっくりと手探りで車を発進させた。


 初めての牽引。普段と勝手は違ったけど、それでも車はゆっくり動いた。


 十メートルほど進めたあと、トレーラーに戻った。


「どう?」

「すごいですわ! もっと走らせて。今度はそっちに乗るですの」

「ああ、おいで」


 興奮するナユタを連れてキャンピングカーに戻り、彼女を助手席に座らせて、またゆっくりと発進させた。


「動いた、後ろはついてきてますかしら」


 窓から体を乗り出そうとするナユタ。


「待て待て、それは危ないから、こっち見て」


 直人はナビを操作して、後方カメラを映し出させた。


 液晶の中に、牽引されてついてくるトレーラーが映し出される。


 それを見て、ますます興奮するナユタ。


「すごい、すごいですわ。またちゃんと動きますのね」

「もともと馬車のようなものだからな、トレーラーってのは。ヘッド車さえあれば動くんだ」

「わたしも操縦したいですの」


 興奮するナユタ。直人の説明を聞いていなかった。


「危険だからだめ」


 直人は苦笑しつつも真顔で断った。


「危険じゃありませんわ。我が国の移動要塞を操縦させてもらった経験がありますのよ」

「だったらそっちを操縦すればいいだろ」

「そっちはだめですわ、夢がありませんの」

「夢」

「無駄に大きすぎて、車輪がついてませんもの」


 直人は驚いた目でナユタを見た。


 小さなお姫様の「分かってる」発言に驚いたのだ。


「小さい方が良いのか?」

「ええ、小さくなく大きくない。丁度一部屋くらいがベストですの」

「車輪が良いのか?」

「ええ、その方が動かせてる実感がするですの」

「……そうか」


 ナユタはそういい、名残惜しげにしつつ、エアハンドルを握って、運転のまねをした。


 幼い姿は、まるでデパートの屋上にある遊具で楽しんでる子供そのものに見えた。


「ねえ、ちょっとだけでいいですの。操縦させてくださいですの」

「だーめ」

「うぅ、けちですの」

「その代わり――」


 直人は考えた。一呼吸のうちに、あるアイデアを、現実とすりあわせて、更に夢とわくわく感を持たせて。


 それを頭の中でまとめ上げて、言った。


「あんた専用のを作ってあげる」

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