姫騎士と移動要塞オリジン(中)
停車するキャンピングカー、次々と降りた一行。
そこはまるで体育館か倉庫のような、広大な空間がある建物の中。
そこで、直人は目にしたものに驚愕する。
「これってキャブコン……キャンピングカーか?」
つぶやくようにいう直人。
彼だけではない。
ソフィア、ティア、そしてミミ。
キャンピングカーから降りた一行は程度の差こそあれ、全員が驚いている。
そこにあるのは古びてはいるがよく手入れされている感じがする、どこから見てもキャンピングカーそのものだった。
移動要塞のオリジナルと聞いてやってきたのに、そこで待ち受けていたのはまごうごとなきキャンピングカー。驚いて当然だ。
直人は近づいていき、窓ごしに車内を覗き込んだ。
するとそこはキャンピングカーマニア。驚きよりも興味が勝ってしまった。
「常設ベッドにマルチルーム、ルーフエアコンもついてる。ははあ、このタイプのキッチンをつけてるんだな」
「このタイプのキッチンがどうしたの?」
横からティアがきいてきた。
直人は車体後方の下をノックするように叩き、そこは中が空洞であるという音がした。
「ここに貯蔵庫があるだろ。で、キッチンは離れたそこにある。こういうタイプだと水のタンクはキッチンのすぐ下にある狭いスペースに入るようにしてあるから、給水と排水でそれぞれ二十リットル程度しか持てないんだ」
「つまり?」
「水の量が少ないってことだ。シャワーなんかつかえないな。マルチルームは一応あるみたいだけど。多分あれトイレだろうな」
「シャワーが使えないのは不便だな」
ソフィアはしみじみと言った。
はじめてキャンピングカーに乗った時も、パトリシアが改造されてエネルギー問題が解決されてからも。
彼女は一行の中で一番シャワーを使っているからだ。
「貯蔵庫とキッチンの位置関係って大事なのね」
「ちなみに天井をみてみろ、ファン……風車みたいなものがあるだろ。ルーフエアコンって言って、あれで温度調節とかするんだけど」
「するんだけど?」
「ああいうタイプって、下手したら雨漏れするんだ」
「たしかに、風車から屋根の向こうが透けてみえるものね」
「むっ? ナオト、あれがえあこんなのか? パトリシアのえあこんと大分ちがわないか?」
ソフィアが何かに気づいた様子で聞いてきた。
「ああ、パトリシアのはルームエアコンっていって、種類が違うんだ」
「これは冷えるのか?」
「この年式だとあまり冷えないだろうな。推測だけど」
「つまり夏にこたつは使えないと言うことか」
直人は一瞬きょとんとして、それから答えた。
「そうだな、冷房をガンガン効かせてこたつを使うのは無理だな」
夏の頃の事を思い出して、くすりと微笑む直人。
真夏日にキャンピングカーを締め切って、冷房を最低の十八度に設定して部屋をガンガン冷やしてから、こたつに潜り込んでまったりしたことがあった。
あえて冷房を限界まで強めてから、暖房器具であるこたつでまったりする。
冬に食べるアイスのように、妙な楽しさがあった出来事だ。
「まあこのキャンピングカーだとこたつは楽しめないだろう。だいいち、こたつは畳の上じゃないとな」
「確かにそうだ!」
「ええ、そうね」
二人は同意を示した。
それ以前にインバーターが見当たらないしな、と直人は思ったが、異世界人の彼女達に言っても混乱させるだけなので言わなかった。
「あれ? そういえミミは?」
直人はそう言って、辺りを見回す。一緒にパトリシアを降りてやってきたミミの姿が見えない。
ソフィアとティアもきょろきょろと辺りを見回す。
見当たらなくて、三人は困惑した。
「お兄ちゃん、ここだよ」
そこにミミの声が聞こえてきた。
キャンピングカーの中から聞こえてくる。
「どこだ?」
「ここだよー」
くるり、とキャンピングカーを半周する。すると反対側で、貯蔵室の扉を開いて、中に入ってるミミの姿が見えた。
ミミは中で体育座りして、無邪気な笑みを浮かべていた。
「こんな所に隠れてたのか」
「ねえお兄ちゃん、この上って寝るところだよね」
「ああ、常設ベッドだな」
「じゃあ、おねいちゃんでいうと、ここはお兄ちゃんの場所だよね」
「うん? ああそういうことか。うん、あっちは運転席の上にミミ達のベッドがあるから、そういうことになるのかな」
「なんか面白いね」
「ベッドの下に貯蔵室があるのね」
追いついてきたティアが興味深そうな様子で貯蔵庫を覗き込んだ。
「常設ベッドだとこういう構造が多いんだ。三段構造にして、車内は二段ベッド、その下に貯蔵室って感じでな。パトリシアもベース車はこういう感じだったんだ。それを取っ払って、無理矢理縁側にしてもらったけど」
「そうなのか。むぅ……これもいいな。わたしも子供のころ、父上の部屋の箱の中に隠れて、父上を困らせた事がある」
「何やってんだあんたは。でもまあ、子供はこういうのが好きだよな」
「そうね、わたしも似たような事をしたわ」
直人達は笑い合いながら、キャンピングカーを囲んで、あっちこっち見た。
直人の解説を交えつつ、そのキャンピングカーを見ていく。
パトリシアより一回り小さい、キャブコンタイプのキャンピングカー。
しかし部屋があり、キッチンがあり、常設のベッドがある。
部屋の中の部屋とも言うべきマルチルームがあり、収納スペースも充実している。
直人が好み、彼女達に布教したタイプの、「移動する部屋」タイプのキャンピングカーだ。
彼からすれば、それはまるでおもちゃ箱。
わくわくがぎっしりつまったおもちゃ箱だ。
故に語り口にも熱が入る。
そして、ともに旅をしてきた彼女達もそれに聞き入った。
そうして、時間があっという間に過ぎ去っていき。
「おじいさま、早くいらしてー」
ふと、入り口の方から幼い声が聞こえた。
全員が一斉にそっちを向く、そこに穏やかな顔をした老人と、ロングヘアーの小さなお姫様がいた。
お姫様は老人の手を引っ張って、建物の中に入ってくる。
「あれ? だれがいますわ」
舌っ足らずだが、上品な口調。小さなお姫様は不思議そうにみんなを見た。
そこにソフィアが進み出て、片膝をついて、目線の高さを合わせた。
「こんにちは、ナユタ姫」
「あー、ソフィア様ですわ。こんな所でなにをしてらっしゃるの?」
「皇帝陛下からお許しを得て、このきゃんぴんぐかーを見せていただいてるところです」
「そうなんだー」
ソフィアと、ナユタと呼ばれる小さな姫様はどうやら顔見知りのようだ。
二人はひとしきり会話を交わした後、ナユタはソフィアを連れてキャンピングカーに乗り込んだ。
自分は運転席に乗って、ソフィアを助手席に乗った。
「ぶーん」
そこでハンドルを回して、運転ごっこをした。
デパートの屋上にある、車型の遊具に乗っているように見えて、直人はクスリとした。
「ナオト」
ソフィアがキャンピングカーから降りて、直人の元にやってきた。
「どうした」
「ナユタ姫がこっちのきゃんぴんぐかーに興味をもったのだが、中を案内してもいいか」
「ああ。運転席に乗るのならエンジンを起動させないようにだけ気をつけてな」
「えんじん」
おうむ返しするソフィア。よく分かっていない様子だ。
「パトリシアに言えばわかる」
「わかった」
ソフィアは頷き、目を輝かせて、うきうきしているナユタを連れてパトリシアの方に向かっていった。
途中でミミが合流して、三人でパトリシアの中に入る。
ドアが開き、縁側が変形する。
中から笑い声が聞こえてくる。
「楽しそうね」
「と思ったら静かになったな。こたつに入ったのかな」
「かもしれないわね」
遠くでそれを見守る直人とティア。
ふと、直人は思いだしたように反対側を向いた。
そこにずっと黙っている、ナユタを連れてきた老人が佇んでいた。
好々爺のような穏やかな微笑みを浮かべて、こっちを見つめている。
直人は改めて、老人に挨拶した。
「初めまして、小野直人と申します」
「ナユタの祖父、アマラといいますじゃ」
祖父という言葉を聞いて、まさか、と直人は思った。
それに気づいたのか、ティアが横から助け船を出してくれた。
「帝国の前皇帝よ。今は息子に皇帝の座を譲って楽隠居を決め込んでるらしいわね」
「ご無沙汰しておりますじゃ、サローティアーズ様。相変わらず若々しくておうらやましい」
「人間が老けるのが早すぎるだけよ」
「あんた、知りあいなのか」
「こいつが子供の頃に色々面倒見てあげたのよ」
「子供の頃って……ああ、そういえばあんたって結構長生きだったっけ」
「二百十一歳よ」
ティアは即答してから、アラヤに聞いた。
「これ、なんであるの?」
「話せば長くなるのじゃ」
「わたしは気が短いの。要点だけを短くまとめなさい」
「建国に携わった異世界の勇者様が残していったものですじゃ。これで様々な敵と立ち向かってきたと伝えられておりますじゃ」
「へえ」
直人はその光景を想像した。幼稚園児を含む四人家族や、自衛隊のようなものが騎馬と弓矢が飛びかう戦場を疾走するように、キャンピングカーがそうする光景を想像した。
それはそれで素晴しい光景だった。が、このキャンピングカーが異世界からやってきたもの――つまり本物のキャンピングカーだと知った直人は違う事がきになった。
気になって、気持ちがわくわくし出した。
「あの!」
キャンピングカーをよく知っている彼は、さっきからずっとあることが気になっていた。
古びたキャンピングカーの後ろに回って、車体下方を覗き込んで、アマラに聞いた。
「ここなんですけど、この連結部分! これ明らかに使い込まれた痕跡があるんですよ」
ティアがやってきて、しゃがんで、同じように覗き込んだ。
「確かにそうね」
「これって、トレーラー部分があったんじゃないんですか? 後ろになにか引っ張ってたんじゃないんですか?」
「どうなの?」
ティアがアラヤに聞く。
アラヤは頷き、答えた。
「ありますじゃ」
「それも見せてもらえませんか!」
直人は興奮し、老人に強く要求した。
先日キャンピングカーフェアに取材に行きました。その時貯蔵庫を実物で見て、わたしが子供だったら絶対ここにはいって遊んでるな、と思いました。
そして、そこにあるキャンピングカーが全て、わくわく感のつまったおもちゃ箱に感じられました。
それを盛り込んだ今回の話です。
ちなみに姫騎士とキャンピングカーの第二巻が発売されてます。
ラフイラストなど普段では公開しないようなものを収録してますので、是非、この機会に手に取ってみて下さい。