姫騎士と移動要塞オリジン(上)
昼下がりのキャンピングカー。
帝都の外れに駐車して、少し離れた所にセツナ姫の移動要塞が停まっている。
ソフィアが皇帝に謁見するという大仕事をしているが、働かない直人は洗濯物を干したり、洗車したりといつもの日常を送っている。
「失礼」
声をかけられる。見ると、姫武者姿のセツナ姫がいた。相変わらずキリッとした顔をしている。
「あ、どうも」
会釈する直人。
「少し話をしたい」
「はあ、じゃあどうぞ」
セツナをキャンピングカーの中に案内する。
「わん!」
直人の足元で子犬が鳴き、ズボンの裾を噛んで、こたつの足に体をこすりつけた。
「どうしたわんこ、こたつをつけてほしいのか?」
「わん」
「ちょっとまってな」
直人はこたつのスイッチを入れた。徐々に温まっていくこたつ。子犬は中には入らず、温まっていくこたつ布団の上に伏せた。
こやつ慣れておるな。と、直人は密かにクスリとなった。
そうして、改めてセツナに向き直る。
「お待たせしてすみません。お茶をお出ししますんで、ちょっと待ってください」
こたつの前に座るセツナに話す、親しくないので、よそ行きの口調だ。
「いや、結構だ。毒を好んで口にする趣味はない」
「毒?」
直人は一瞬きょとんとなった。
後ろから殺気を感じる。振り向くとティアがいつの間にかそこにやってきていた。
目が据わっている。
「ティア?」
「毒とはどういう事なのかしら、まさかナオトの淹れたお茶の事をいってる訳じゃないわよね」
「その通りだ」
「あら、いい度胸ね」
空気の重さが増した。久しく見ない、魔神が怒れる姿だ。
直人の料理をけなされて怒っている様子だ。
「説明してもらうわよ、何の根拠があってそんな暴言を吐いたのかを。事の次第によってはこの国が滅ぶわよ」
「まてまて、大げさすぎる」
「根拠など、あの虹色の料理を見るだけで充分だと思うが」
「……あ」
セツナに言われて、その事を思い出したティア。
少し前に直人が作った料理らしきもの。虹色の物体。
瞬間、ティアの怒りがみるみるうちにしぼんでいく。
「ごめんナオト、あれは擁護できないわ」
ティアは困った表情をした。直人は逆にほっとした。そして自分の失敗に感謝した。
ティアはこたつに入って、まったりした。
帝国の危機が完全に消えた。
「ああ、こたつをどうぞ」
「こたつ?」
「これです。暖房器具です。中は温かくなってますので、足を入れて温めてください」
「なるほど」
セツナはティアにならってこたつに入った。
瞬間、出会ってから今まできりっとしていた顔がほころんだ。
「ふわぁ……」
「ナオト、なんか出して」
「そうだな、せんべいしかないけどそれでいいか?」
「えー、もう魚は飽きた」
「ソフィアのサンマ好きのせいでそっちばっかりだったな。骨せんべいじゃない、本物のせんべいだ」
「本物のせんべい?」
不思議そうに首をかしげるティア。
「待ってな」
直人はキッチンにいって、昨日作ったばかりの醤油せんべいを皿に盛り付け、ついでに茶を淹れた。
せんべいをこたつの真ん中、お茶を淹れた湯飲みをそれぞれティアとセツナの前に置く。
「ほい、これが本物のせんべいだ」
「魚じゃないわね」
「せんべいは元々こんな風に、米をつぶして焼くものなんだ。骨せんべいは魚の骨をこういう風に真似たアレンジ料理なんだ」
「へえ、そうだったんだ」
ティアは頂きますと言って、せんべいを一枚とって口に運んだ。
バリバリ、ボリボリ。
からっと焼き上がったせんべいを、音を立てて咀嚼する。
「あら、美味しいじゃない」
「それが醤油味、一番オーソドックスなものだ。こっちはゴマを練り込んだやつ」
「醤油の味とゴマの香り、食が進むわね」
「のりがもし手に入るならまた違うのをつくるよ」
「ええ、頼むわね」
ティアはこたつに入って、お茶をすすりながらせんべいをボリボリたべた。
「殿下、こちらにおられますか殿下」
外から野太い声がした。
直人はセツナを見た、彼女の表情からそれが部下の兵士の声だとわかった。
「ここにいる」
「はっ。ご報告がございます、お人払いを」
「いや、他人の家だ。場所を移そう」
「はっ」
いうが、セツナは動かなかった。
どうしたんだろうと思ってみると、彼女は困った顔をしている。
それまではキリッとした女武者だったが、はじめて困った顔をした。
「こまった」
「どうしたんですか?」
「出られないのだ、何故か」
「……ああ」
直人は得心した。
また一人、こたつの犠牲者を出してしまったのだ。
こたつの魔力は計り知れない、一度捕らえたものを決して離さないほどに強大だ。
それが姫騎士であろうで、魔神だろうと、女武者だろうと。
例外なく、容赦なく、捕らえてほっこりさせてしまう。
「わたしはどうしたというの?」
「さすがこたつね」
既にくつろぎモードに入ってるティアが言う。
「何しろ別名『やる気の墓場』だからな」
「なんだその物々しい名前は!」
「あーわかるわ。こたつに入ってるとやる気を吸い取られちゃうわよね」
「暖房四天王最強だからな、こたつは。唯一対抗できそうなのはロッキングチェアつきの暖炉くらいだ」
「他はわからないけど、最強なのは納得ね」
ティアはそう言いながら、こたつの中に体を沈める。
「ちょっと、足邪魔」
「むっ、そっちこそ邪魔だ」
「なんですって」
ティアとセツナ、二人は同時にむっとした。
それをみて、直人は吹き出した。
こたつの中で、二人が足で押し合っているのが一目でわかったからだ。
狭いこたつの中でよく起きる光景だ。これが年頃の娘を持つお父さんなら一方的に押されるだけなのだが、女同士、ティアもセツナも互いに譲らなかった。
何故出られないかと驚愕していたセツナをして、自然と陣地争いをさせるこたつの魔力はさすがの一言である。
「ただいま帰ったぞナオト」
そこにソフィアが戻ってきた。プリンセスドレス姿でキャンピングカーに戻ってくる。
彼女はものすごく自然な動きでこたつに潜り込んで、一瞬で顔がほっこりとなった。
はたからみてますますカオスな光景になった。
プリンセスドレスのソフィア、ゴシックドレスに羽を生やしたティア、鎧姿のセツナ、そして布団の上で丸まっている子犬。
それらがこたつを囲んでいる姿はまさにカオスの一言に尽きる。
「お帰りソフィア、はい、お茶」
「いい知らせを持ってきたぞナオト」
「いい知らせ?」
「うむ、帝国には移動要塞があるのを前に話したな」
「ああ、というか外に停まってるだろ」
「その移動要塞のオリジナル、最初の移動要塞を見せてもらえる事になった」
「最初の?」
「そうだ、今帝国にある全ての移動要塞の大本となるものだ」
「陛下がお許しになったのか」
セツナが驚く。
「話したら快く承諾してくれた」
「そうなのか」
「最初の移動要塞か」
直人は視線を外に向け、そこにあるセツナの移動要塞を見た。
それのオリジナル、いわゆるオリジンか、プロトタイプの移動要塞。
素晴しく、心引かれる話だ。
「申し上げます」
兵士が声を上げた。
「陛下より、ソフィア殿下達をご案内せよとの命令です」
「わかった、下がって良い」
「はっ」
兵士は一礼して、ほっとした顔で去っていった。
それをずっと報告したかったようで、ようやくいえてほっとしたという様子だ。
「どうする、ナオト?」
「当然見に行くけど」
そう話す直人は、言った瞬間セツナが複雑そうな顔をしているのが見えた。
こたつから出るのか、と顔に名残惜しさがでかでかと書いているような顔だ。
直人は笑いをこらえて、言った。
「それは明日にしよう。今日はこたつでまったりしていこう」
「うむ、賛成だ」
「そうねー」
大きく頷くソフィア、既にほっこりしきっているティア、そしてほっとするセツナ。
この日、彼女達が仲良くこたつでほっこりした――と思いきや、今までで一番狭くなったこたつの中で、熾烈な足の押し合いが繰り広げられるのだった。
更新遅くなってすみません。
次回、ちょっとした驚きがまってます、乞うご期待です。
そして、書籍版第二巻の発売日まで一週間を切りました。
公式は10/1発売ですが、ちょっとだけ早めに店頭に並ぶようなので見かけたら是非手に取ってみてください。