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姫騎士とくっ殺せ!

 昼下がりのキャンピングカー、縁側の先。

 直人は子犬と戯れていた。

「わんこ、お座り」

「わん」

「お手」

「わん」

「おかわり」

「わんわん」

 教えた通りにやった子犬に用意していた手作りのおやつを与えて、ミミの付け根を中心に撫でてやった。

「じゃあ最後のやつなー。くっ、殺せ

「くぅーん」

 ごろん、と地面に転がって腹を見せる子犬。よくある服従のポーズだ。

「おー、よくできたな」

 そう言って、腹を撫でてやった。子犬は前足を曲げ、腹を出したまま撫でられた。

 目を細め、うっとりする。撫でられる側から幸せオーラが出ている。

「か、かわいい……」

 感動した声に顔を上げると、炎の馬に乗って戻ってきたソフィアの姿があった。馬は束ねられた薪を引っ張っている。

 ソフィアは飛び降り、馬を消して、直人と子犬の元に向かってきた。

 ソフィアの帰還に気づいた子犬は起き上がり、足元にじゃれついた。

 まるっきり喜びの表れだが、ソフィアの顔には残念の色が濃く出た。

 今し方腹を出して撫でられた子犬を可愛いと感じたからだ。

「腹をもふもふしたいのか?」

「もふ――もちろんだ! もふもふしたいぞ、すごくもふもふしたいぞ!」

 瞳を輝かせて力説するソフィア。

「わかった、あんたは手を出して。わんこはお座り」

「わん」

「お手」

「わん」

「おかわり」

「わんわん」

 さっきと同じ手順で子犬に言った。子犬は可愛らしく座り、ソフィアの出した手に、交互に「お手」をした。

 ますます顔がほっこりするソフィア。

 そして直人は、仕上げのコマンドを送る。

「くっ、殺せ」

「くぅーん」

 さっきとまったく同じように、子犬はごろん、と地面に転がって腹を出した。

「なんだそれは!」

 ほっこりがいっぺんに吹き飛んだソフィア。直人に猛抗議してくる。

「何を教えてるんだナオト!」

「まあまあ」

「まあまあじゃない! 今すぐ訂正しろ、そのしつけで腹を見せるのは納得出来ない!」

「とは言っても、一回覚えちゃったものはなあ」

「そもそも、なんでそう覚えさせたんだ」

「言っとくけど犯人はおれじゃないぞ」

「じゃあ誰だ――まさか!」

 はっとするソフィア。心当たりを思いついたようだ。

「そのまさか――おっ、噂をすればだ」

 離れた所の地面から魔法陣が出現し、そこからティアが出てきた。

 手にビール瓶のような瓶を持っていて、それをかざして直人に聞く。

「ナオト、油はこれくらいあればいいかしら――」

「こ・ろ・す!」

 ソフィアは炎髪を煌めかせて、炎槍を出して、問答無用に投げつけた。

 標的を容赦なく貫く灼熱の炎槍だが、ティアはデコピンでそれをはじき飛ばした。

「いきなりなにをするの」

「とぼけるな、これを見ろ」

「うん?」

 ソフィアが指した子犬の服従のポーズを見て、納得した様に頷くティア。

「貴様がやった事だろこれは」

「教えるの大変だったわ、あっナオト、しつけるときナオトが作ったおやつを結構使ったけどごめんなさいね」

「謝る相手がちがーう。というかなんなんだその嫌がらせは!」

「犬のしつけはわかりやすい言葉にするのがいちばんなのよ。くっ殺せは服従を表す言葉でしょ」

「ちがーう、断じてそんなことはない」

「さて、おれは準備を始めるかな」

 ソフィアとティアのじゃれ合いはいつもの事なので、それは放っておいて、直人は言葉通り準備を始めることにした。



「わんこ、ごろんだ、ごろん。わからないのか」

「くぅーん?」

「くっ、殺せ」

「わん!」

 ごろん、と服従のポーズをする子犬。

 夕日が沈んで、おやつ片手にしつけの上書きを試みるソフィアの横から邪魔をするティア。

「よし、出来た」

 黙々と準備を進めていた直人が手の甲で額の汗をぬぐって、いった。

 ソフィアが持ち帰った薪を適正な太さに割って、『井』の形で組み上げた。

 中央の穴の中に紙や木くず、燃えやすいものをつめた。

 キャンプの花形、キャンプファイヤーのできあがりだ。

 それまでやいのやいのしていたソフィアとティアはそれをやめて、子犬と共に直人の横にやってきた。

 「お手」と同じように、二人にも「出来た」というのが既にすり込まれているようである。

 無論、本人達はそれに気づいていないが。

「これはなんだ、ナオト」

「キャンプファイヤーだ」

「キャンプファイヤー」

「簡単に言えばたき火の楽しいヤツだ。わんこ、ミミとパトリシアを呼んできてー」

「わん」

 子犬がキャンピングカーの中に駆け込んでいった。

 しばらくして、ミミとパトリシアが一緒に出てきた。

「どうしたのお兄ちゃん――わああ、なにこれすごい、これなに?」

「キャンプファイヤーだ。よし、揃ったところで火をつけるか」

「火をつければいいんだな、よし任せろナオト」

 それならわたしの出番だ、と言わんばかりにソフィアは炎髪を煌めかせて、手をかざした。

「あー待て待て、ここはおれがやるから」

「ナオトが?」

 炎髪が銀髪にもどり、不思議そうに首をかしげるソフィア。

「ああ、見てな」

 直人はそう言って、キャンプファイヤーから遠ざかっていった。

 夕日がすっかり沈んだ後の、月明かりのない夜。

 直人はまるで、闇の中に消えるほど皆から離れた。

「いくぞ、よく見てろよ」

 直人がそういった次の瞬間、空中に炎が出現した。

 炎はまるで矢の様に、一直線にキャンプファイヤーに飛んでいき、それに着火させた。

「わー、お兄ちゃんすごい!」

「わんわん」

「さすがマスター」

 ミミ、子犬、パトリシアは素直に喜んだ。

 一方で炎使いであるソフィアは驚愕した。

「ナオトは魔法を使えたのか!?」

「違うわ、糸がみえたわ。そうか、わたしが持ってきた油」

「そういうことだ」

 戻ってきた直人が微笑みながら言った。

「子供の頃によくやったんだ。油が染みこんだ糸で着火するのが炎の矢、滑車みたいなので火種を送るのはファイヤーボールと呼んでたんだ」

「なんだ、種も仕掛けもあったのか」

 ソフィアはほっとした。

 キャンプファイヤーを囲む一同。

 暗闇の中、炎が皆の顔の顔を照らし出す。

 暖かな光、揺らめくの炎。

 顔を照らす光は刻一刻と変わっていきながらも、不思議な暖かさを与えた。

 屋外だというのに、炎の光が届く範囲に小さな密閉空間が出来たかのような感覚だ。

 自然と、全員が地面に腰をおろした。地べたに座って、キャンプファイヤーを眺めた。

 眺めているだけで自然とうれしく(、、、、)なる。そんな中、ミミが立ち上がって、キャンプファイヤーのまわりをぐるぐると回り出した。

「わーい」

「わんわん」

 彼女が嬉しそうに駆け回れば、当然の様に子犬も一緒になって駆け出す。

「ナオトはすごいな」

「なんだ藪から棒に」

「コタツとか、スイカ割りとか、キャンプファイヤーとか。いろんなものを知ってる癒やしの天才だ」

「ばーか」

 直人はそう言って、子犬に手招きした。

「わんこ、おいで」

「わん」

「くっ、殺せ」

「くぅーん」

 服従のポーズ。炎に揺らめく柴犬の子犬、直人はその腹をもふもふした。

「癒やしの天才というのはこういうのを言うんだ。いや、癒やしの神だな」

「異論ないわね」

「ほら、お前もやってみろ」

 直人は子犬を抱き上げて、ソフィアの前に座らせた。

 つぶらな瞳でソフィアを見上げる子犬。直人はその横から言った。

「ほら、あんたもやってみるといい」

「やってみる?」

「もふもふだ」

「そうか……ってナオトッ」

 手を出してからそのこと(、、、、)を思い出したソフィア。顔を赤くして、直人に抗議する。

「いいから。ほらわんこも待ってるぞ」

 子犬は直人の言うとおり、どこか期待しているような目でソフィアを見た。

 ソフィアは少し迷って、やがておずおずと行った。

「くっ……殺せ!」

 おいぬがごろんと腹を見せる、ソフィアが白い腹をもふもふする。

 最初は複雑そうにしていた顔が、次第にまなじりが下がって、見るからにほっこりしていくのだった。

多分明日も更新します。久々の二日連続更新、かも

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