姫騎士とハーフエルフ
ハーフの少女の身の上に思いっきり変更入れました。
古いバージョンの身の上はなにとぞお忘れ下さい。
昼間の街道、停車してるキャンピングカー。
直人は180度反転して室内を向けた運転手席に座っていて、事の成り行きを見守っている。
視線の先、六畳間の和室で、ソフィアは女の子と向き合っている。
小学生低学年くらいで、プニプニしたほっぺたをむにゅって引っ張りたくなる、愛くるしい女の子だ。
彼女は畳の上に正座していて、ひざの上に握り拳を置いてシュンとしている。
そんな彼女をみて、直人は久しぶりに異世界にやってきた実感が湧いている、なぜなら女の子の耳が普通の人間にはありえないくらい、横向きにツンと尖っていたからだ。
「エルフ、ってやつか」
「ハーフエルフだ」
即答するソフィア、何かこの世界の人間だけに分かる違いがあるのだろう。
女の子は直人がいた現代日本にはいない人種で、彼はとても興味深かったが、深く聞ける雰囲気じゃない。
ソフィアは直人に答えた後、いかにも怒っているという顔で女の子を問い詰めた。
「答えろ、何故空き巣に入った」
「……」
「答えろ」
強い口調で、更に問い詰める。
明らかに怯えているハーフエルフの女の子を見て、直人は「そこまでしなくても」と思った。
「なあソフィア、別にいいじゃないか」
「良くない!」
姫騎士は怒った様子でいう。
「こんな悪逆非道な事を許すというのか、直人は」
「大げさだなあ、冷蔵庫の中の食べ物を食べられただけじゃないか。そもそもキャンピングカーに空き巣っていうのも……」
「食べられただけだって?」
女の子に向けたもの以上の怒りで、ソフィアは直人をにらんだ。
「その食べられたものが問題なんだ!」
「納豆だろ? ソフィアは食べないからいいじゃないか」
そう話す直人。そう、こたつの上には空になった納豆のパックが証拠品としておかれている。
直人とソフィアが車を少し離れていた間に、女の子が侵入して、冷蔵庫の中にある納豆を食べたのだ。
正直直人からすれば、納豆よりもとっておきの|ちょっと高いカップアイス《ハーゲ○ダッツ》を食べられた方が痛いが、それでも激怒する程の事ではない。
が、ソフィアにとってはそうじゃなかったようだ。
「ナオトはナットーを食べ尽くされてなんとも思わないのか」
「いやあ……」
「こんな……こんな事になるなんて、ナットーがなくなったらわたくしは何をあの子に食べさせればいいというのだ!」
ソフィアは子犬を指して言う。みかん箱の中で顔を縁にのせて昼寝している子犬を見て一瞬顔が綻びかけたが、慌てて咳払いして怒りを呼び戻した。
「あっ、自分で食べるんじゃないんだ」
「当然だろ! 子犬がわたくしに懐いたら自分で食べさせようと思っていたのだ!」
「いや食べ物だし、その頃には腐るだろ」
「元から腐ってる食べ物ではないか!」
「……よくお気づきで」
苦笑いする直人、そう言われると返す言葉がない。
ソフィアは怒りを持続させたまま、ハーフエルフの少女に向き直る。
「わかった、何故空き巣を働いたのかはもう聞かない。それよりもお前の家だ。住んでる村か町を教えろ」
「家……?」
女の子はおずおずと、上目遣いでソフィアの顔色をうかがった。
「そうだ、お前の家に行って、親にちゃんとしつけてもらう様に言う。少なくとも空き巣分はな!」
まあそれくらいなら当然か、と直人は思った。
良くないことであるのは確かなので、親にしかってもらうくらいはやるべきだと彼も思う。
可愛らしい女の子なので、このままなあなあにしてしまうのは彼女の未来にとってプラスではない。
なので口を挟まず見守っていたのだが、聞かれた女の子はそのままうつむいてしまい。
「お父さんとお母さん、いない」
と答えた。
「えっ?」
「遠くに、いっちゃったの」
「むっ」
瞬間、表情を変えてしまうソフィア。
やったのが幼い女の子で、被害が食べ物、さらにハーフエルフで、親はいない。
「数え役満だな、ハーフエルフがいくつ乗るのかにもよるけど」
世界観は分からないが、迫害されるタイプだったらマシマシだと彼は思った。
これはちょっとでも同情心のある人間なら責められないぞと、直人は思った。
(ソフィアならなおさらだな)
そう思っていると、予想通り、ソフィアの態度が一瞬で軟化した。
表情から、ハーフエルフの女の子に同情しはじめたのがありありと見て取れる。
「お前……親がいないのか」
「うん、家にいないよ」
「そうか」
しばし、沈黙。
もともとさほど怒っていない直人は完全に許している。ソフィアはといえば、空になった納豆のパックと女の子を交互に見つめて悩んでいる様子。
短いつきあいだが、直人は完全に確信している。
彼女なら、必ず堕ちるだろう、と。
しばらくして、ソフィアは一度天を仰いでため息して、それから言った。
「それなら……仕方がない」
「いいのか?」
「当然だ」
「あの……許してくれる、の?」
「ああ」
「ありがとう!」
「ところで、お前の名前は?」
「ミミ!」
「ミミか。ミミはどこか行くあてはあるのか?」
「うん、お父さんとお母さんを探しに行くの」
「そうか」
かわいそうに――と思いかけたその時。
「はねむーんって、どこなのかな」
「そうか……って、え?」
「え?」
直人とソフィアは同時に声を上げた。
「ハネムーン?」
「うん、お父さんとお母さん、あたしを置いてはねむーんって言うところにいったんだ、二回目だって。それを追いかけてるところなんだ」
「……」
さっきとはまるで違う、キャンピングカー内部に響き渡る、高くて明るい声ではきはきと受け答えした。
カラッとした、陽気な声。
ある意味、当然である。
「……一緒に行こう」
ソフィアは低い声、なにやら怒りを押し殺した様な声で言った。
「いいの?」
「ああ」
うなずくソフィア、直後にぶつぶつ何か怖い顔でつぶやいていたが、気づかないふりをしようと思った。
それよりも不幸な少女じゃなくて良かったと直人は思う。
子供を産んだ後もラブラブで二度目のハネムーンにいく夫婦ははどうかと彼も思うが。同行の許しが出た途端、パアと表情が明るくなった少女をみて、彼も明るくなっていくのを感じたから。
この子にはムードメーカーの才能がある。会社の同僚に何人かそういう人間がいて、彼らを知ってる直人はなんとなくそうだと思った。
ほだされたのは、人間だけではない。
騒ぎにおこされたのか、子犬が起き出し、みかん箱を出てポテポテとやってきた。
そして、ミミの前にとまって、犬座りした。
「わん!」
「うわー、可愛いわんちゃん!」
「だろ!」
「なぜソフィアが威張る」
「本当にかわいいね」
ミミは子犬を撫でた、子犬は大喜びでしっぽをふった。
あどけない少女にじゃれつく子犬、微笑ましい光景で、直人は目を細めてそれを見守っていた。
緩やかな空気が流れる。
――と思いきや。
「わんわん!」
「オゴ!」
少女が啼いた瞬間、ソフィアはびくっとなって、車内の空気が凍りついた。
「オゴ?」
一件落着したあと、運転手席で寿司文字の湯飲みをすすっていた直人の手が止まった。
それ以上に、ソフィアが完全に固まってしまった。
まるで、石像にでもなってしまったかのように。
「わんわん!」
「オゴオゴ!」
「わーん!」
「オゴォー!」
じゃれ合う二人、やがて子犬は腹を出して、ミミがそれを撫でた。
「そかそか、わんちゃんはこのお兄ちゃんに拾ってもらったんだね。あたしと一緒だね」
「なあ」
気になった事を聞くため、直人はミミに声をかけた。
「なに、お兄ちゃん?」
「あんた、いまのはなに?」
「今の?」
「オゴオゴってやつ」
「お父さん達の言葉だけど?」
ミミはさも当たり前のように答えた。
「……お父さん達?」
「そう、お父さんと、その周りにいる人たちはみんなこう喋るの」
「みんな? ……あんたのお父さんとお母さん、どういう人なんだ?」
「こういう人!」
少女は大喜びで、襟からペンダントを取り出した。木彫りのペンダントで、トップに一組の男女(?)が彫られている。
片方は豚面のオークで、片方は尖った耳に騎士の鎧を纏ったエルフの女。
ペンダントには、二人が寄り添い合っている姿が彫られている。
まるで――夫婦のように。
「オークと……エルフか?」
直人は確認する様にきいた。
「うん! あっ、村の人達はみんなこういってるよ、『オゴォォォォ』って」
「それもオークの言葉か? っていうかどういう意味?」
「えっと、こっちの言葉だと……美女と野獣!」
ポンと手を叩く少女。
「ああ、なるほど」
直人はうなずき、更にきいた。
「つまり、きみはオークとエルフのハーフってことか」
「うん、あっ、お父さんは村の王様で、お母さんはどっかの国のお姫様だったって」
「……オークキングとエルフの姫騎士か、でもってバイリンガル……倍率ドンだな」
直人はソフィアの方を向いて。
「こういうのってよくあるのか?」
「……」
「ソフィア?」
異世界の常識は分からないので聞いてみようと思っていたのだが、彼女はいまだに固まっていた。
「……そんなにショックなのか」
「わんちゃんー、オゴッ」
「わん!」
子犬とじゃれ合うミミ。
ソフィアを行動不能に追い込んだオークのなき声をしているが、正直、直人はそれを可愛らしいと感じている。
彼の耳には、子供が動物の鳴き真似をしているようにしか聞こえないからだ。
が、ソフィアにとってそうではないようだ。
「う、うう……」
しばらくして、顔面蒼白になりながらも、なんとか戻ってきたソフィア。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「すまん……大丈夫じゃない……。むかしからオークだけは苦手なのだ、どういうわけか。エンシェントドラゴンと対峙した時でさえこうはならないと言うのに……」
「まっ、姫騎士だからだろうな」
「そんなバカな話があるか! そんな事とオークが苦手なのにどんな関係がある」
「……ないんだけどね」
普通は、と直人は心の中で付け加えた。
それでも苦手という事にものすごく納得する直人。
何しろオークと姫騎士である、むしろ当然だと彼は密かにおもった。
「で、どうする? ミミをこのまま引き取るか?」
聞くと、ミミの手がとまり、ソフィアを見つめた。
じっと姫騎士を見つめる、少女らしい無垢な瞳。
ソフィアには到底、あらがえない瞳だ。
「も、もちろんだ。このわたくしに二言はない」
いうと、ミミは大喜びでソフィアに抱きついた。
あどけない少女の、素直な愛情表現。
「はわーん、お母さんと同じ匂いがする……」
それを受けたソフィアの口元に微かな笑みが浮かびかけたが。
「わん!」
「おごっ!」
「――っ!」
すぐに、また真っ青になって固まってしまう。
この日から、ソフィアは毎晩ミミの寝言に悩まされてしまうのだった。