姫騎士と二台目のキャンピングカー
キャンピングカーの中、直人は「考える人」のポーズをしている。
キッチン台に尻をもたせかけて、下あごに手を乗せて、考え込んでいる様子。
外から入ってきたほくほく顔のティアと、やつれた感じのソフィアがその前に立った。
「ナオト?」
「……」
「ナオト!」
ソフィアが強めに呼びかける。直人ははっとして顔を上げる。
「わるい、メシだったよな。えっと……ちょっと今取り込んでるから簡単にパエリアでいいか?」
「そうじゃない、いやそれもあるが」
「えっ?」
「なんなんださっきの料理は」
「さっきの料理?」
直人はきょとんとして、キッチンをみた。シンクにある洗う前の調理道具をみて答える。
「夏に作ったそうめんが残ってたからゆでてみたんだけど、もしかして悪くなってたのか?」
「ソーメン!?」
「あれが……」
ソフィアだけではなく、ティアまで戦慄した。
あの虹色の物体がそうめん? という戦慄だ。
「ナ、ナオト、体の具合が悪いのか? それともなにか辛いことがあったのか?」
「何言ってるんだあんたは」
きょとん、とした様子で聞き返す直人。
「いつも通りのようね」
「そうみたいだな」
「よく分からないけど……丁度よかった」
直人はそう言って、和室に戻った。
こたつの上に紙をだして、そこにペンを走らせる。
さらさらさら、よどみなく動かした手はあっという間に一枚の絵を描き上げた。
それを、追いかけてきた二人に見せる。
「これは……パトリシアと……?」
「この車が別の車とつないでる?」
直人が書いたのは二台の車両がつないでいる絵だ。
片方は見慣れた車両としてのパトリシアで、もう片方はまたつたない、細部が定まっていないトレーラーのようなものだ。
車両の向きからして、パトリシアが後ろのトレーラーを牽引する、と言うことだろう。
「さっき、ミミ達の台車をパトリシアで引っ張っただろ? あれでピンときたんだ」
「つまり、きゃんぴんぐかーをもう一台のきゃんぴんぐかーを牽引する、と言うことか?」
「そうだ。もっと正確に言うとキャンピングカーでトレーラーを牽引する、だな。あまりないケースだけど、一応やる人はいるんだ。あとヨーロッパとかにはあるんだ、バスとバスがくっついたような、電車みたいなバスがさ」
「よーろっぱがどこかのかはわからないけど……そうだな」
ソフィアはそう言って、直人が書いた図をまじまじとみた。
「これはダメだな、致命的な欠点を抱えている」
「えっ?」
驚く直人、まさかそこまで強く否定されるとは思っていなかった。
「致命的な欠点ってなんだ?」
「これはようするに、パトリシアでもう一台のきゃんぴんぐかーを牽引することなのだろう??」
「ああ、エネルギーの問題が解決したからな」
「ナオトにしてはうかつすぎる。自分でかいてて気づかないなんて」
「気づく?」
「……そういうことね」
得心顔のティア。ソフィアが何を言いたいのか理解した様子だ。
「ど、どういうことだ」
一人、蚊帳の外に置かれたような直人が焦る。
「これでは――縁側が死ぬ!」
「――っ!」
ズガガーン! と背景に雷が落ちるような、それほどの衝撃を受けてしまう直人。
「そうよね、この絵からじゃ実際どうなるのかわかりにくいけど、後ろにこんなものをくっつけたんじゃ縁側は開かないし、開いてもすぐ前にこれがあるから、景色なんてほとんど見えなくなるわね」
三人が一斉に後ろを見た。
縁側が開いていて、そこから綺麗な紅葉が見えている。
この旅を始めてから幾度なくしてきたこと、こたつにはいって、開け放った縁側越しに景色をみて、まったりする。
後ろにトレーラーをくっつけてしまったら、それが出来なくなってしまうのだ。
「そうか……そうだよな。くっ、なんでそれに気づかなかったんだおれは」
悔しそうに下唇をかみしめる直人。
指摘された事もさることながら、その事をナチュラルに忘れてしまっていた自分が情けないと思った。
縁側、それはこのキャンピングカーで一番こだわったところ。
オプションになく、オーダーメイドで作らせたこだわりの箇所だ。
それをないがしろにしてしまう提案をしてしまった自分が許せなかった。
「だが、ナオトの気持ちはわかる」
「え?」
「後ろにもう一つきゃんぴんぐかーを牽引する。こっちはまったく動力がついていない、自分で動くことが出来ないタダの箱みたいなものなのだろう?」
「あ、ああ。馬車みたいなものだ」
「牽引すれば一緒に走れるし、ギミックが少ない分、同じ大きさでパトリシアよりも部屋の中を広く使えそうだ」
「そう、そこがいいんだ!」
テンションが再び上がる直人。
紙をひっくり返して、裏に見取図を書いていく。
パトリシアと、それを牽引させるトレーラーハウスの内装だ。
同じ大きさの二つだが、明らかにトレーラーの方が居住性が高く、広々としているように感じられる。
「エンジンとかバッテリーとか、タンクとかこっちに積み込む必要はないから、ものすごく広く使える。こっちの1.5倍は使えるんじゃないかな」
「すごいわね、それは」
「あと、二階建てにできる」
「二階!」
声を上げるソフィア。
「そうだ、今もソフィア達は運転席の上に寝てるだろ?」
「ああ」
「あれはいろんな制限で天井がすぐそこにあるけど、トレーラーだとそこもかなりの高さを確保できる。普通に二階として機能させる事もできるんだ」
「それは……すごいわね」
「それだけじゃない、バルコニーも出来る」
「バルコニー!?」
今度はティアが食いついた。
「ああ、こんな感じだ」
直人は頷き、紙の上に絵を描いた。
トレーラーを後ろから見た絵で、下にドアがあり、上半分は手すりのついたバルコニーがある。
そこにティアがよく使っている、魔法陣で出し入れしているテーブルと椅子のセットを書き込んだ。
やはり多少狭いので、旅館などにみられる、二人用の小さなバルコニーに見える。
ティアは目を輝かせて、いった。
「こんなことも出来るのね!」
「ああ、これもやってる人がいる。普通に作れるはずだ。変形できてガラスもなんとかなるんなら上の方に変形させてラウンジっぽいのもつくりたいけど、それはおれの腕じゃどうしようもなさそうだから、あきらめた」
「これを自分で作るつもりだったのか」
驚くソフィア、直人はあっけらかんと頷く。
「当たり前だろ?」
「そ、そうか」
「手伝うわ直人。その代わりバルコニーは絶対に入れて」
「しかし、これをやると縁側がな……」
「切り離し出来る様にすればいいわ。縁側を開くときに分離すればいいのよ」
「うん、それもそうだな。切り離しありだと連結部分の難易度があがるけど……変形するラウンジ程じゃない」
直人は紙を新しく出して、その上に細かい文字を書き込んでいった。
「せっかくだからこっちは暖炉をつけるか」
「暖炉?」
「ロッキングチェアつきだ。暖炉の火、くつろげるロッキングチェア、膝の上に乗っている子犬」
「か、かわいい……」
「さらにミミが暖炉の前で遊んでる、絵描きしててもいい」
「はわぁ……」
ソフィアの顔がほっこりした。
直人が言った光景を想像して、そのほっこりさに思わず顔がとろけたのだ。
「そうするとじゅうたんがほしいな」
「じゅうたん?」
ティアが首をかしげた。
「床に敷くものって以外と重要なんだ。下手すると家具の中で一番な。ここも、この畳はこだわってちゃんとしたものにしてもらったし。ほら、今でもまだうっすらとい草の香りがするだろ」
「そうね。言われてみればまったくそうだわ」
「ナオト、ここから少し行ったところにじゅうたんの産地があるぞ」
「おっ? そうなのか」
「暖炉は……いい職人を知っているわ。ガンコだけど、仕事は確かな人間よ」
「ほうほう」
ナオトとソフィア、そしてティア。
三人は意見を出し合い、これからの旅の方向性を決めていく。
すごく、楽しかった。
その夜、直人は夢を見た。
雪がしんしんと降る冬の日に、暖炉とこたつに迷うソフィアの事を夢に見た。
アメリカでは本当に、バスでトレーラーを牽引するタイプのキャンピングカーが存在します。バルコニーがついたものも、最上階がガラス張りでラウンジになって夜景を見れるキャンピングカーも存在します。
恐ろしい国ですよね……夢いっぱいわくわくの国です。
そして姫騎士とキャンピングカー第一巻好評発売中です。
こちらは「春」の物語で、来月に発売を控えております二巻は「夏」の物語です。
それぞれの季節を満喫するキャンピングカーライフをどうぞご堪能下さい。




