姫騎士とオークナイト(下)
「なに?」
オークの表情は直人にはわからないけど、好意から程遠いと言うことだけはわかる。
やさぐれた休日のOL、直人はなんとなくそんな感じがした。
「えっと……」
「何かするんでしょ、勝手にすれば?」
「もしかして……それが素?」
「べーつにぃ」
リリはそっぽ向き、鼻をほじる。いかにもどうでもいい、と思っているような振る舞いだ。
直人は少し考えて、不思議空間に向かって呼びかけた。
「……ミミー」
「なあにお兄ちゃん」
ミミが顔を出す。ふてくされていたリリがシュッ、となる。ふてくされていた空気が一瞬でどこかに飛んでいった。
「ミミのお姉ちゃんが話あるって」
「オゴ?」
「オ、オゴオゴ」
「オゴ♪」
オークの言葉で何かをやりとりしたあと、ミミは大喜びで不思議空間にひっこんだ。
リリは直人を睨む、オークの顔でもはっきりとわかるくらい不機嫌な顔だ。
「あんた性格悪いわよ!」
「いや、ミミを呼んだだけなんだけど」
「こんな性格悪い男だったなんて……聞いてた話と違うわよ。摂政のくせに人を見る目もないわけ?」
リリがぶつぶつ何かを言った。独り言だけど、直人の耳にはっきりとそれが伝わった。
どんな話を聞いてきたんだかと直人は思った。
「ミミがおれと一緒にいるのが気にくわないのか?」
「当たり前よ!」
リリが大声を出した。するとミミが再び顔を出して、今度は人間の言葉で聞いた。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「な、なんでもない」
「そか」
再び引っ込むミミ。いよいよ涙目になってしまうリリ、直人をにらみつけた。
「あなたのせいよ!」
「今のは自業自得だろ」
「とにかくあなたのせいなの! あなたのせいなの!」
「まあまあ、とりあえず甘いものでも食べておちつけ?」
直人は冷蔵庫から手作りのプリンをとって、リリの前に出した。
「子供扱いしないで!」
「大声出すとまたミミが出てくるぞ」
「うっ――」
行き場の無い怒りを抱えたかのように、リリは呻いた。
さてどうしたもんかな、と直人が考えていると。
「オゴ」
外からオークの声が聞こえた。直人はドアから顔を出す。そこに立派な鎧をつけた、大人っぽい顔のオークの姿が見えた。
オークは直人の顔を見るなりペコリとお辞儀した。
「あっ、ども……」
「オゴオゴ」
「えっと……」
言葉が通じない。ミミを呼んで通訳してもらおうか、と思った時。
「あなた!」
リリの驚きの声が聞こえる。同じように顔を出した彼女が鎧オークを見てそう言った。
「あなた?」
「オゴ」
「どうしてここに、まさか、国境線に何か動きが?」
「……オゴオゴ」
「うっ……」
鎧オークがいい、リリが言葉を詰まらせる。直人の目にはまるで教師と生徒、親と子みたいに見えた。
悪いことをして叱られている、そんな光景に見える。
ますます謎が深まるが、騒ぎを聞きつけて出てきたミミがそれを解決してくれた。
「どうした……あっ、お兄ちゃんだ」
「お兄ちゃん?」
「うん、お姉ちゃんの旦那様、だからお兄ちゃん」
「ああ、そういうことか」
直人は少し考えて、立ち話もなんだから、といって全員をキャンピングカーの中に招いた。畳の上に座らせ、茶を出して、改めて自己紹介をかわしあった。
そこでわかったこと、鎧オークの名前はトト、オークの国の騎士で王女リリの夫でもある。
リリとミミに家族として長く付き合ってきたこともあり、片言ながら人間の言葉も話せるという。
「迷惑カケタ、スマナイ」
「ああいえ、ミミはいい子ですよ。むしろこっちが毎日一緒に楽しく過ごしてもらってます」
大人な相手に、直人もついつい丁寧な口調になる。
「違ウ、家内ダ」
「……ああ、まあ、大丈夫ですよ」
苦笑いする直人。なるほどそっちかと思った。
「家内、妹煩悩、ヨク暴走スル」
「それは何となくわかってました」
「ちょ、なに言ってるのよあなた! わたしはそんな――」
「オゴ」
トトは静かに言う。威厳のある一言、リリは黙ってしまう。
常識人の夫、わがままだがそれに頭が上がらない妻。なるほどそういう関係性なんだなと直人は理解する。
「うぅ……ミミ、遊びにいきましょう」
「でも、リンゴが……」
「いいから。わたしの神輿に乗せてあげる」
「本当?」
ミミは瞳を輝かせた。
「ええ、せっかくだからミミが操縦してみる?」
「みるー」
リリとミミ、姉妹は連れだってキャンピングカーから出た。そこだけ切り出すと微笑ましい姉妹のやりとりだけど。
「逃げたか」
「スマナイ」
「いや、いいですよ。気持ちはわかります。というかこっちも考えが足りませんでした。楽しかったので、ついついミミを連れ回したりなんかして」
「妹離レ、必要。姉離レ、モウシタ」
「ミミはたしかにそうっぽいですね。考えて見たらはじめて出会った時も一人で旅してる途中だったんだっけ」
「ダカラ、コレカラモ、ヨロシク」
トトが頭を下げた。
「ソレト、コレ」
包みを取り出し、こたつの上に置く。
「これは?」
「冬ノ服。寒クナル、カラ」
「なるほど、替えの冬服ですね」
直人は壁をちらっと見た。微かにリリとミミの声が聞こえる。主にミミがはしゃいでる声だけど、リリも楽しそうだ。
「食事を用意しますね」
「オ構イナク」
「すぐに出来ますから」
トトの遠慮を振り切って、直人はキッチンに立ち、料理の用意をした。
リリとミミが戻ってくる頃にはそれが出来て、四人で一緒に食卓を囲んだ。
いつも無邪気に笑うミミは言うに及ばず、リリも久しぶりに妹と食事が出来て嬉しそうな顔をした。さらにトトもわかりにくいが、目尻が下がっていた。
食事が終わって、トトはそろそろ帰ると切り出した。渋るリリを連れて外にでて、直人とミミはそれを見送るため一緒に外に出た。
向き合う四人。リリは直人を見つめた。
「ミミ、ちょっと耳を塞いでて」
「耳? こう?」
ミミは素直に自分の耳を塞いだ。
「あーもう、可愛い!」
姉煩悩を発揮する、ミミはきょとんとした。聞こえていないみたいだ。
リリはそんなミミを抱き寄せながら、直人をキッとにらみつけて。
「ばーかーばーかー、お前なんか大っ嫌いだ」
「オゴッ」
トトが少し怒った様子でリリをたしなめる。
「ふんだ! お前のかーちゃんでーべそ」
捨て台詞を残して、リリはオークたちが担ぐ神輿に飛び乗って、風の如く去っていった。
残されたトトは申し訳なさそうに直人に頭をさげた。
「スマナイ」
「いや、いいですよ。それよりもいつでも遊びに来て下さい。彼女にもそう伝えて下さい」
「イイノカ?」
「ええ、その方がミミも喜ぶと思いますから。なっ、ミミ」
水をむけるが、ミミはきょとんと首をかしげた。まだ耳を塞いでいた。
それを可愛いと思いながら、手を離すようにジェスチャーした。
「ミミはお姉ちゃんが遊びに来てくれる方がうれしいよな」
「うん!」
「と言う事みたいなので。まあ、いつでも」
「アリガトウ」
トトはもう一度頭を下げて、それから妻の後を追いかけて去っていった。
見送る直人、ミミにいう。
「さっ、中に入ろうか。そろそろ夜も寒くなってきたからな」
「うん!」
「そういえばミミのお兄さんが冬服を持ってきてくれたけど、着てみるか?」
「うん! 着てみる!」
二人一緒にキャンピングカーの中に戻る。
翌日、リリはミミのための布団を持ってきた、という理由で遊びに来た。
その翌日、枕カバーを作った、と言う理由でやってきた。
さらにその翌日、今度は替えのスカーフを作ってみた、と子犬をダシにして遊びにきた。
旅を続けるキャンピングカーを、妹離れできない姉がしばらくの間追いかけ続けたのだった。
ちょっと宣伝。
9/1に姫騎士とキャンピングカー第一巻が出ます。
そして明日8/28、スニーカー文庫のニコ生「なますに!」にでます。
新たな発表もありますので、是非いらしてください。