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姫騎士と朝ご飯

 朝の湖畔、キャンピングカーの中。

 六畳間の和室にソフィアはこたつの前に座っていて、直人はキッチンの前で動いていた。

 IHクッキングヒーター、電子レンジ、炊飯器。パトリシアの内装をフルに活用して、朝ご飯を作っていた。


「ナオト、それはどんな魔法なのだ?」

「うん? 魔法って何の事だ?」


 手元のフライパンに視線を落としつつ、肩越しにソフィアに聞き返した。


「ナオトはいま何かを焼いているが、見たところ火は使っていないし、そもそも火をおこした様子がない。どうやって焼いてるのだ?」

「ああ、これはIHヒーターっていってな。えっと……」


 言いかけ、ふと、首をかしげてしまう直人。


「そういえばIHヒーターってどういう原理で熱くなってるんだ?」


 天井を見上げたポーズで考える。

 同じく調理器具の一種だが、ガスコンロとも電気コンロとも違って、見た目何がどうなっているのかまったく分からないのがIHクッキングヒーターだ。

 言われてみれば、当たり前の様に使っているが、それをまったく知らないで生きてきた。


「ま、どうでもいっか」

「うん?」

「いやなんでもない。まあ、ためた電気を熱にかえる道具だと思えばいい」

「電気?」

「そう、この車は全部電気で、雷の力……のようなもので動くように作られているんだ」

「なるほど、たしかに雷なら熱をだすな」


 うなずき、納得するソフィア。


「その雷を消えさせないで、貯めて、好きな時に取り出して使えるのがこの車だ。ああ、太陽の力も借りてるな」

「なるほど、確かに太陽も熱いな」


 ソフィアはいともあっさり納得した。


「……ええ子や」


 思わず、そうつぶやいてしまう直人。

 しばらくして、焼いていたものができあがって、料理が完成した。

 直人は作ったものを、一品ずつこたつに運んで、並べた。


「お待たせ」

「これは……みた事のない料理ばかりだな」

「そうなのか」

「ああ」


 うなずくソフィアに、それならばと、直人は用意したものを一つずつ説明してやった。

 つやつやに炊きあがった白いご飯、湯気立ちこめる大根のみそ汁、皮をかりかりに焼き上げた鮭の切り身に、さわやかなゆずの香りが漂うお新香。

 そして――。


「これは……豆なのか?」

「ああ、納豆って言うんだ」

「ナットー」

「そう、納豆」


 白いご飯に一汁三菜、それが二人分、こたつの上に並んでいる。

これまで海外に一度も出たことのない直人にとって、家庭的で、みただけで心安まる光景だ。

 直人はソフィアの向かいに座り、「いただきます」、と手を合わせた。

 一方、和室に膳とは死ぬほどそぐわない鎧姿の姫騎士は、直人の料理を前に唸っていた。


「むぅ……」

「どうしたんだ? 食べなよ」

「むぅ……これは、いやしかし……」


 なにやら難色を示しているソフィアは料理を、自分のものと直人のものを交互に見比べた。


「同じものだ……」

「ああ、まったく同じなのを二人分作ったからな」

「つまり、ナオトもこれをたべる……」

「……そりゃそうだ?」


 さっきから一体何を、と訝しむ直人。

 気になって彼女をよく見ると、その視線が朝食全体にではなく、ある一点に集中している事がわかった。

 日本人である直人にとって、国民食といっても過言ではない納豆。

 が、ソフィアは異世界の姫騎士なのだ。


「ああ、納豆の食べ方が分からないのか」

「え、あ、ああ」

「貸して」


 そう言って、直人はソフィアの分の納豆を入れた器をとって、箸でかき混ぜてやった。


「まぜるのか」

「ああ、よく混ぜなきゃダメだ」

「糸、ひいてる……」

「このねばねばが命なんだ」


 柔らかく発酵した納豆が割れないように、優しく、しかし遠慮のない手つきで混ぜてやる。

 シャカシャカ、シャカシャカ。

 一分も経たない内に、納豆の表面が白い糸に覆われるようになった。

 そこから立ちこめる独特な匂いが、遺伝子に刻み込まれた美味の記憶を呼び起こした。直人の口の中にじゅわり、と唾液があふれ出してくる。

 直人は混ぜきったそれを、ソフィアの前につきだした。


「はい、どうぞ」

「うっ……」


 彼女はうけとったが、眉をひそめた。


「臭い……糸引いてる……」

「あっ、食べる時は気をつけてな。ねばねばが顔についたら匂いとるの大変だから」

「ねばねば……臭い……」

「あはは、そう言う食べ物なんだ」


 ソフィアが難色を示していると、匂いに誘われたのか、子犬が起き出して、ポテポテとやってきた。

 寝起きらしく、犬特有のとぼけた顔で直人に甘えてくる。


「くぅーん」

「起きたかわんこ、飯食うかー」

「わん!」

「ちょっとまってな」


 子犬の後頭部を揉むように撫でてやってから、立ち上がり、キッチン横の冷蔵庫を開けた。

 ついてきた子犬は直人の足元で、パタパタとしっぽを振っている。


「わんこも魚でいいよな」

「わん!」


 まだ残ってる鮭の切り身を一切れ出して、フライパンでじっくり焼く。

 焼き上げた後、骨をとってから、皿に盛って子犬に出してやる。


「ほえ、食えー」


 子犬がガツガツと食べ出すのをみてから、こたつの前に戻ってくる。

 そこで、ソフィアが未だに納豆を持ったまま、唸っていることに気づいた。


「あれ? どうしたんだソフィア、食べないのか?」

「あ、ああ」

「納豆の食べ方まだ分からないのか。そこにあるご飯の上にかけてたべるんだ」

「こ、この白いのにかけて食べるのか」

「ああ、実際にやって見せたほうが早いかな?」


 直人はそう思い、自分の納豆をさっきと同じようにかき混ぜて、ご飯の上にのせた。

 それをパクッ、と口いっぱいにほおばった。

 納豆の独特な苦みと、白いご飯の甘みが糸によって絡まり、一つとなって口の中に広がった。


「くぅーーーー」


 思わず、感激してしまう直人である。


「やっぱり朝はこういう朝ご飯じゃきゃ! ここ数年間まともなもの食ってなかったからなあ」


 変哲のない味だというのに、涙が出るくらい嬉しかった。

 今度は鮭の切り身を一口かじった。脂ののった、ほどよい甘みと塩加減が舌の上に転がる。

 みそ汁をずずず、と音を立ててすする。だしのきいた味噌の味がさく切りの大根によく染みこんでて、体にも染み渡った。

 数年ぶりのまともな朝食に感動し、それに舌鼓をうっていると、子犬がやってきて、しっぽをふって直人を見上げてきた。


「わんわん!」

「どうしたわんこ、なんだもう食べちまったのか」

「わん!」

「まだほしいのか? しょうがないな、ちょっとだけだぞ」


 直人は自分の分から鮭を箸で切り分けて、手の平にのせて子犬に出した。

 子犬は大喜びで、直人の手の上から直接食べた。

 ガツガツと魚をむさぼる子犬に、直人も少しほっこりした。


「わん!」

「もうだめだぞー、残りはおれの分だ」

「くぅーん」

「また昼に作ってやるから」

「わん!」


 後ろ頭をもみもみしてやり、視線を戻した。


「あれ? またそうしてる」

「こんなもの……こんな臭いモノ……」

「あー、納豆苦手なのか」


 しばらく眺めていると、ソフィアがパッと顔を上げて、意を決した顔で納豆を直人につきだしてきた。


「すまないナオト、これは――」

「いいよ、ってか悪い。こっちも考えなしに納豆なんか出して。おれの故郷でも好き嫌いがわかれる食べ物なんだよ」

「そ、そうなのか」

「ああ、だからごめん」


 直人が納豆を受け取ると、ソフィアは見るからにほっとした。

 それに微笑み返しながら、受け取った納豆を――子犬に差し出した。


「わんこ、これはたべるか? 納豆だぞー、ミネラル豊富だぞー」

「わん!」


 パタパタしっぽを振る子犬に納豆を与えた。

 子犬は大喜びで、口の周りがべたつくのも構わず、納豆にパクリつく。


「えっ?」


 それをみて、驚くソフィア。


「た、食べた……」

「犬って結構納豆が好きなんだよ、醤油で味付けしたりネギを入れたやつは毒だからあげちゃいけないけどな。あと人間には匂いきついけど、犬はそういうの好きみたい」

「なぜそれを早く言わない!」

「えっ?」

「言ってくれたらわたくしがあげたのに」

「ああ、そうか、そうすれば良かったのか」

「もういい! ナットーがダメでも、この野菜を――」

「あ、お新香は塩分強いから犬にはよくないぞ」

「なに? じゃあこの汁を――」

「みそ汁も塩分マシマシだ」

「この魚――」

「ゴメン、人間用だから塩振ってあるんだ。おれがもう一切れ自分のをあげちゃったしこれ以上は」

「じゃあこの白いの――」

「穀物はあまり消化によくないんだよな、肉食動物だから」

「だったら何で餌付けすれば良いんだ!」

「餌付けって言い切るのか……」


 涙を溜めて、恨めしそうににらみつけてくるソフィアに、直人はかける言葉が見つからなかったのだった。

今日もキャンピングカーの中は平和です

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― 新着の感想 ―
[一言]  そこまで厳しく食管理せんでもいいと思うけどな。雑食だし
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