姫騎士とキャンピングカー
オークたちが去った後、夜のキャンピングカー。
縁側を開放し、風鈴が音色を奏でる移動する秘密基地に、更なる彩りが添えられた。
「マスター、もう大丈夫ですよ」
「おう、どれどれ」
パトリシアに呼ばれて、車の外で待っていた直人が縁側から上がって、六畳間和室の方に戻ってきた。そこで見たのは、浴衣に着替えた女性陣の姿だった。
銀色の髪のソフィア、背中に大きな羽根を生やしているティア、そしてハーフであるミミ。
三人は直人とパトリシアが仕立てた浴衣で身を包んでいる。
風鈴がチリン、と涼しげな音を鳴らした。それが風情に華を添え、彼女達の綺麗さ、愛らしさをより強く演出した。
「ど、どうだろうかナオト。変なところはないか?」
「どうかな、お兄ちゃん」
「このわたしが着るのだから、似合うに決まっていますわ」
ソフィア、ミミ、ティアの三人が口々に言う。彼女達の浴衣姿を見て、直人は全員分仕立てて良かったと思った。
浴衣を着ていないのは直人と、ミミの足元で座っている子犬だけだ。
「ああ、とても似合ってる。サイズとか、合わない所はないか」
「むしろぴったりすぎるくらいだ。ナオト、どうやってわたしたちの服の寸法を知った」
「パトリシアから聞いた。あんたらのデータは一通り彼女が把握してるからな」
「そうなのか!?」
驚くソフィアに、パトリシアはいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべたまま、答える。
「現在、小麦粉などの貯蔵量が七千九百九十二グラム、葉物野菜が三千四百グラム、根菜が二千九百八十七グラムとなっております」
「うむ? それがどうしたのだ?」
「バカねあなた」
「なんだと」
「……あ、わかった。ねえねえおねいちゃん、あたしは?」
「ミミ様は一万九千八百三十五グラムでございます」
「わんちゃんは?」
「八千七百十二グラムです」
「おー」
「……と言う事よ」
ティアが冷ややかな目でソフィアを見る。ソフィアはしばらくきょとんとして、それから意味に気づいた。
「体重を把握しているのか」
「そういうことだな」
直人はあっさり認めた。
「パトリシアはあんた達の身体データをかなりの精度で把握してる。それを元に浴衣を仕立てたんだ。むしろ気づかない方がどうかしてる」
「そうだったのか」
「ちなみにな」
直人は呆れ気味に、ソフィアを見る。
「たまに冷蔵庫の中から食べ物が減る事があるんだ。で、大抵は減った分誰かの体重がそのままふえるんだ」
「……ななななんのことなのかさっぱりわからないぞナオト」
ソフィアは激しく動揺した。
だれかとしか言ってないのにな、と直人は密かに苦笑いした。
「まあ、ほどほどに」
「食べてないぞ! 夜中の盗み食いなんてしてないぞナオト!」
「はいはい」
そんなやりとりをしていると、部屋の向こう、キッチンで電子レンジが鳴った。長い電子音が二回、調理が完了した事を告げる音だ。
「おっ、出来たな」
「今日はどんな料理なの!?」
ソフィア以上に、料理に食いついたのはティアだった。
「海鮮と、あとサラダだな。それと肉をちょっと焼くつもりだ」
「ナオトにしては変哲のないメニューですわね」
「まあ、メニューはな」
直人はキッチンに入り、そこからパトリシアに指示をだした。
「パトリシア、コタツの上に例のものを敷いてくれ」
「わかりました」
「ナオト、例のものって何だ?」
「さっきミミに頼んで用意してもらった獣の皮だ。撥水性が高い、傘とかカッパ――雨具に使われるものだ」
「新しいものをもらってきたよー」
ミミが満面の笑顔で言った。その横で、パトリシアが薄い皮をコタツの上に敷いた。
「おお、ファームバードの皮じゃないか。確かにこれは水をよくはじく」
「さあ、みんなこたつのまわりに座ってくれ。今料理を出す」
女達は直人に言われて、こたつをくるりと取り囲むように座った。運転席に一番近い所にソフィア、そこから時計回りにミミ、ティア、パトリシアと、くるりとこたつを囲んで座った。
そこに、直人がキッチンからボウルと小瓶を持ってやってきた。ボウルはレタスが山盛りで、半分に割ったプチトマトと、フライパンで焼いた手作りのクルトンが添えられていて、食欲がそそる見た目だ。
「おにいちゃん、フォークをもってくるね」
「まてミミ、それはいらないから」
てつだいをしようとするミミを呼び止める。
「いらないの?」
「ああ、いらない」
「どういう事だナオト」
「まあ見てろ」
直人はそういい、こたつの上、水をはじく皮のうえにサラダを出した。
ボウルから出して、こたつの上に器なしの状態で置いた。
そして小瓶の中に入ったドレッシングをくるりと、サラダを囲むように円を描いていく。
「どうぞ、召し上がれ」
「召し上がれって、ナオト?」
「まさか、手づかみで食べろというの?」
ティアが先に理解した。
「そう、こんな風に」
直人はレタスを一枚摘まんで、こたつの上にかけたドレッシングをまるで拭うようにつけて、それを口に入れた。クルトンも一切れ摘まんで、やはりドレッシングにつけて、そのまま食べた。
「手づかみで食べるんだ」
「それはお行儀が悪くないかナオト?」
ソフィアはそう言ったが、その横でミミが早速実践した。
「おいしいし、楽しいよお姉ちゃん」
「楽しい……」
「へえ」
ソフィアとティア、二人はサラダを手づかみで食べてみたが、今ひとつピンとこない顔をしていた。
計算通りだと直人は思いながら、キッチンから今度は違う器に入っていた、湯気立ちこめる海鮮料理を持ってきた。
エビや貝、イカやタコなどをベースに、ニンジンやジャガイモを一緒にソースで焼いた一品だ。
その料理も、こたつの上にどさっ、とのせた。
まるで箱からだした将棋の駒のように、ぶつ切りにした具材が小山の様に積み上がって、湯気を放っていた。
「はい、こっちもたべてー」
「これもなのかナオト!?」
「うーん」
ソフィアとティアはまだ受け入れられないでいるようだ。そしてやはり、子供のミミが真っ先に料理に飛びついた。
ミミが取ったのはエビだ。手で掴んで、殻をおぼつかない手つきで剥いて、そのまま食べた。
「お兄ちゃん! これ楽しい!」
「だろ? むかし友達とポテチとかそういうのをパーティー開きでやったので思いついた食べ方なんだ。たのしいぞ」
「うん! 楽しい!」
にこりと微笑む直人。小さな手と口元をソースでベタベタにさせながら無邪気に笑うミミ。
そんな二人をみて、ソフィアとティアが互いをみた。
そして、どちらからともなくおそるおそる手を伸ばして、海鮮を一切れ摘まんで、口に入れた。
「これは……」
「なるほど……」
「そろそろわかってきたな? 最後にこれだ!」
直人は悪戯っぽい笑みをうかべつつ、二人の前にポンと、やはりこたつの上に直接パンをおいた。
それをおいて、二人をみる。
「これも手づかみ……だが」
「パンは元々手で食べるものよね」
「ふふ、甘いな。ミミはわかったか?」
「うん!」
大きく頷いて、ミミはパンをとって、海鮮の山から横に広がっていくソースにつけて、食べた。
「「あっ!」」
ソフィアとティアが同時に声を上げた。そうだったのか! という反応だ。
「こうでしょ、お兄ちゃん!」
「正解だ」
「えへへ」
直人が頭を撫でて、ミミがにへらあ、と笑った。
「くぅーん」
こたつのよこで、子犬が切なそうな目で見上げてきた。
「わんちゃんも食べたいの?」
「わん!」
「おう、いいぞわんこ。ほら」
直人はそう言って、子犬を抱き上げて、こたつの隅っこに載せてやった。その子犬の前に、ミミが海鮮の山からいくつかとって、置いてやった。すると子犬がガツガツとたべだして、口のまわりをソースでべっとりさせた。
それをみたソフィアとティアの二人はミミのお手本を見習って、手づかみで海鮮をたべて、パンでソースを、レタスでドレッシングを拭って食べた。
二人とも、指をベタベタにさせてしまう。料理を食べて、指をチュパチュパと舐める。
「これは……たしかに楽しい」
「すごいわナオト……よくこんなのおもいつくものね」
みんなが料理を食べていく中、ふと、直人はあることに気づいた。
パトリシアが、食べていないのだ。
「パトリシア、あんた食べないのか?」
「はい、わたしは食事は――」
いいかけて、口をつぐむパトリシア。
気づいたのだ、思い出したのだ。
オークの秘宝と儀式によって、自分がものを食べられるように改造された事に。
そして、直人がまっすぐ自分を見つめていることに。
「食べてみなよ」
直人の声は、この車に乗り込んでからで一番やさしげだった。
全員が手を止めて、パトリシアを見つめた。
ソフィアも、ティアも、ミミも――そして子犬までもが。
全員が、パトリシアを見つめた。
「はい、いただきます」
手を合わせたパトリシア、レタスを一切れ摘まんで、ドレッシングをつけて、口元に運んだ。
ためらう、本当に大丈夫なのか、と。
やがて、全員の視線に後押しされて、パトリシアはパクッ、とサラダを食べた。
咀嚼して、飲み込む。
「美味しい……です」
「そうか、よかったな」
「ナオト! 壁をみろ」
ソフィアが声を上げた。ソースがついている彼女が指さす壁のパネルを見ると、わずかに、ガソリンの残量が上がっているのがわかった。
ほんのわずかだが、上がっていた。
「パトリシア、もっと食べてみな」
「はい!」
興奮気味にうなずいて、今度はエビをとったパトリシア。舞い上がっていたからか、殻を剥かず、そのまま口の中にいれ、ボリボリと噛んで、食べた。
「増えてるぞナオト」
「ああ」
「良かったわね」
「オゴオゴ♪」
「わん!」
その場にいる面々が祝福の言葉をかけた。
「皆さん……ありがとうございます」
「よし、ドンドンたべようか。次は肉をだすぞ」
「肉も手づかみなのかナオト」
「当然! むしろ手でちぎって食べるんだ」
「それは楽しそうだわ」
「お兄ちゃん、はやくはやく!」
「わん!」
みんなに急かされて、直人はキッチンに向かう。
「マスター」
呼びかけるパトリシアに振り向き、見つめる。
「大盛りで、お願いしますね」
「……ああっ」
頷く直人。この晩、彼はいつになくノリノリで、料理をつくって全員に――パトリシアに振る舞った。
キャンピングカーの中は、ひたすら楽しい夜だった。
キャンピングカーの旅は、明日も続く。
この料理の食べ方は、先月にいったとあるレストランの体験をそのまま使わせてもらいました。あれを大人数でわいわいやったらキッと楽しいだろうな、と思って書きました。
気になった方はダンシングクラブでググってみて下さい。