姫騎士と相撲
キャンピングカーの中、こたつの横。
姫騎士ソフィアが、頭上に両腕を縛り付けられた状態で、畳の上に座らされていた。
目の前に直人が立っている。いわれのないいきなりの事にソフィアは眉を逆立てた。
「ナオト! これは一体どういう事だ!? 何故わたしが縛りあげられている」
「わるいな、いきなり。でもこれもあんたのためなんだ」
「わたしのためだと? 何を言っている!」
「まあまあ、そんなに声を荒げるな。すぐにすむからじっとしてて」
「すぐにすむ……だと?」
「お兄ちゃん! お姉ちゃん! ただいま!」
ミミが帰って来た。
「おー、ただいま。はい、、冷たいお茶。ゆっくり飲みなー」
「うん! ごくっ……ごくっ……ぷはー!」
ミミは氷の入ったお茶を一気に飲み干した。
「ごちそうさま! お兄ちゃん」
「もう一杯、いるか?」
「大丈夫! それよりお兄ちゃん、あれ、取ってきたよ。みんなが今持って来てくれてるよ」
「そうか」
「みんな……?」
訝しむソフィア。
「あれ? お姉ちゃん何してるの? 新しい遊び?」
「違う! これはナオトがいきなり」
「ああ、おれが縛りあげた、放っておいて突っ走って、姫騎士ホイホイに引っかかって勝手に『くっ、殺せ』って暴れられたら大変だろ」
「それもそうだね」
ミミは無邪気に言った。
「一体どういう事だナオト、説明しろ」
「ミミ、みんなはもう来てるのか」
「うん! お外で準備してるよ」
ミミは車の後方を指さした。
「わかった、先にいってて」
「うん!」
ミミが大喜びで車から飛び出した。直人はソフィアに向き直って、言った。
「と言うことだから、今日は我慢してくれ」
「なにがどういう事なのか全然わからないぞ」
「ご飯はここに置いとくから、腹が減ったときに食べれ。今日も暑いからそーめんにしてやった、みかんもつけたからうまいぞ」
そういい、ソフィアのすぐ横、こたつの上にゆでたソーメンとみかんをトッピングした器をおき、その横に冷えたつゆをおいた。
「そーめんにみかんだって?」
「ああ、意外な組み合わせだろ? でもうまいぞ。と言うことでそれをたべて大人しくしててくれ、おれは向こう見てくる」
「待てナオト、何がどうなってるのか教えてくれ。というかそれじゃ食べられないだろ、せめて片方の手だけでもはずしていけ」
ソフィアは言うが、直人は構わずキャンピングカーから出た。
「ナオト! 待てナオト。くっ、この縄をほどけ! ナオトー」
外に出たナオトが見えたのは、いつぞやの村で見かけた様なオークで、それが大勢いた。ほとんどが鎧を着けていて兵士の様にみえるが、顔は妙に愛嬌があり、物々しさはなかった。
その中で、一匹だけ明らかに格好の違うオークがいた。仕立てのいい服を着ていて、他のオークにくらべて威厳を感じさせる。
オークはミミの前に立ち、何かを話していた。
「オゴオゴ」
「オゴゴ」
ミミに近づいていった直人、オークは直人の事に気づき、会釈してきた。
直人は目礼を返して、ミミに聞く。
「何を話してたんだ?」
「えっとね、儀式を始めてもいいの? って聞いてきたの。お兄ちゃんに聞くって返事した」
「儀式か」
「うん、儀式。それをやってね、おねいちゃんをひほーと合体させるんだって」
「なるほど。じゃあお願いしますって伝えてくれるか?」
「うん! オゴオゴ♪」
「オゴッ」
エプロンオークは恭しくミミに頭をさげて、他のオークの元に戻っていき、身振り手振りで何やら指揮を執り始めた。
オークたちが祭壇を作りあげていく。
「ミミにすっごいぺこぺこしてたな」
「ぺこぺこ?」
「当然ね」
何の事かわからないと言った様子のミミ。その横にティアが並んできた。
「驚いたわ、まさかこの子がオークの王女だったなんて」
「あれ? 言ってなかったっけ」
「聞いてないわ。オークとエルフのハーフだとしか聞いてない」
ティアは責めるような目を向けてきた。少しばかりいじけている様に見えなくもない。
「わるい、言い忘れた」
「悪いと思ったら料理人になって」
「絶対に働きたくないでござる」
直人がいい、ティアがひきさがった。最近こういうジャブ的な勧誘が増えてきた。
「なあミミ、おれは何かする事はないのか?」
「うーんとね。ちょっと聞いて来るね」
ミミは走って行き、エプロンオークから何かを聞いて、戻ってきた。
「んとね、大事な儀式だから、こっち任せてくれって」
「そうか、まあそういう系だったら手出ししない方がいいよな」
「そうね。オークの秘宝だから」
「それにしても、さっきからあの人にみんな指示を聞いてるよな。もしかして結構偉い人なのか?」
「うんとね、せっしょーってお仕事の人だよ。お父さんとすごく仲がいい人なの」
「せっしょー?」
直人は首をひねって考えた。ミミの言葉を何度も繰り返しつぶやく。
「摂政なんじゃないの? 王に代って政治をする」
「ってめちゃくちゃ偉い人やんけ!」
直人が盛大に突っ込んだ。まさかそれほどのものが出向いてくるとは思いもしなかった。
「偉い人なの?」
「えらいよ! そりゃ!」
「そうなんだ」
ミミはとたたたとかけていき、摂政オークに話しかけた。
オークはミミの頭を優しく撫でた。
ミミは戻ってきて、いった。
「撫でられた」
「なんて言ったんだ?」
「お姉ちゃん偉い人なの? って聞いたら、ミミ様はもっと偉くて、立派な方になってください。って言われた」
「へえ」
「決してお父上のようにはなられませぬよう、決してね」
「大事なことなんだな」
直人は苦笑いした、決してという言葉を二度も繰り返す摂政オークの苦労がしのばれる。
「お父さんのようになっちゃだめなの」
「そりゃあなあ、国をほっぽって二度目のハネムーンに行くような人だしな」
「苦労してるわね」
「陛下も若かりし頃は千年に一人の賢王だと言われてたのに。って」
「何があったんだよおいおい」
「……苦労してるわね」
ティアが言った。直人もそう思った。
瞬間、摂政オークがとても哀れに見えてくる。
儀式の準備が進む。兵士オークたちがキャンピングカーのまわりに様々なオブジェクトを配置していく。
もっとも目につくのはオークの姿をした三十センチほどの石像だった。
直人の感覚ではクレーンゲームの景品になりそうなくらい、愛らしく作られた石像がキャンピングカーの前に並べられる。石像はくるりと五メートル弱のサークルを作り、それから少し離れた所に一際大きくて立派な格好をしたオークの石像が置かれた。
「神像、って事なのか、あれ」
「でしょうね、長いオークの歴史のなかで、唯一魔人に勝ったことのあるコロンコロンの石像がみえるわね」
「へえ」
「まあ、九百九十九敗したあとの一勝だけどね」
ティアがの説明を聞き流しながら、儀式を見つめた。
やがて、儀式が始まる。
まず摂政オークがサークルの中にはいり、それから鎧を脱いで腰布一枚になった兵士オークが二匹つづいた。兵士オークはサークルの中央でにらみあってから、互いに一歩ずつ下がり、前屈みで両手を地面につけた。
「……おい、まさか」
それになんだか見覚えのある直人が言った。
「オゴッ!」
直後、摂政オークの合図と共に、兵士オークがトンと手で地面を叩いて、互いに突進して、ぶつかり合った。
そして、おたがいの腰布をがっしと掴む。
「相撲か!」
「すもう?」
ミミが天真爛漫な目で見上げてくる。相撲というものがわからない様子だ。
ティアも同じような顔をしていたが、直人の目には、それは相撲にしかうつらなかった。
「お兄ちゃん、すもうってなに?」
「こういう風に、太ってる人が組み合って、お互いを押したり投げたりするのを相撲っていうんだ。足が土俵――円の外に出るか倒れたりしたら負けってルールだな」
「そうなんだ」
「オゴッ! オゴオゴッ!」
「あの人なんていってるの」
「えっとね、のこったのこった! だって」
「やっぱ相撲やないかい!」
「そっかー、相撲っていうんだ、これ」
ミミが無邪気にいう。直後、兵士オークの一匹がごろんと転がった。決まり手は二丁投げだ。
「……珍しい大技使ってるし」
「なるほど、これがオークたちの儀式ね。確かにこれは直人には無理」
「いやいやそれ以前の問題だし。というか儀式っていえば儀式だけど……こんなのでいいのかな」
「いいんじゃないの?」
「いいのかな」
直人は首をかしげつつ、オークたちの儀式を見守った。
腰布一枚のオークたちが見合ってからのぶつかり合い、押したり組んだり、投げたりするその光景は驚くくらい似合っている。土俵が土俵になっていない点を除けば、子供の頃からHNKで見てきた相撲の中継とほとんど変わらない。
行司役の摂政オークが唯一いい身なりをしているのもそれに拍車をかけている。
注意深く見ていると、オークたちはトーナメントの勝ち抜き戦をしているようだ、負けたオークが次々と脱落していく、円の中にはいるオークは全員が無傷――土をついていないオークばかり。
やがて、最後の一人が勝って――優勝者が決まった瞬間。
石像が一斉に光り始めて、それにと同時にキャンピングカーも淡い光を帯び始める。
「お、おお」
感嘆する直人。直後、光がはじけて、収まった。
「オゴ」
「終わったって」
「終わったって言っても、なにも変わってないように見えるけど」
「マスター」
背後から声が聞こえてきた。振り向くと、そこにパトリシアの姿があった。
ニコニコしているその姿を見た瞬間、直人は成功だと理解した。
笑顔ではない、夢がさらに詰め込まれた、大きくなった、美しいオッパイで成功を確信したのだった。