姫騎士と武士の情け
「なんか人が集まってないか?」
運転席で直人が首をかしげていた。
フロントガラスの向こうに見えている道の先に、数十人という人間が一点に固まっていた。
そのある一点を中心に、放射線状に広がっている人々。
なんなんだ、と直人は不思議に思った。
「あれは……例のユニコーンではないか?」
「ユニコーン?」
助手席に座るソフィアがそう言い、直人は目を凝らしてみた。
「言われて見れば、確かにユニコーンだ。そか、ここで待たしてたんだっけ。それはいいけど……あの人たかりはなんだ?」
「近づいてみよう」
直人はソフィアの言葉にうなずき、車を進めていった。
徐々に思い出してくる、そこは数日前、ティアがユニコーンに「お座り」「待て」と言った場所だ。
「ああ」
あのときの光景を思い出して、直人は声を漏らした。
ついて来ようとしたユニコーンにティアが一喝して、「お座り」と命じたのだ。
それ以来まったく動いていないのだろう、馬座りのユニコーンの周りに、うっすらと草が生えて来ている。
きっとここ数日動いてなかったんだろうな、と何となく思った。
そして、そのユニコーンの周りを取り囲んでいるのは中年の女達。
様々な格好の、いわゆる「おばちゃん」たちがユニコーンを囲んでいた。
「やっぱり聖獣様だよね」
「まちがいない、わたし若い頃に一回だけあったことある」
「まさか聖獣様にあえるとは……ありがたやありがたや」
おばちゃんたちは手を合わせて、ユニコーンを拝んだ。
中には両手両膝をつけて、まるで仏像相手ににするかのように、オーバーな拝み方をしているものもいた。
本質はタダの頑固親父だが、そこはやはり人間からは聖獣だとあがめられているようだ。
なんとなくおかしさを覚える直人である。
「ねっ、聖獣様のお角を触らせてもらいなさいよ」
「お角を? どういうこと?」
「聖獣様のお角にさわると、娘が美しく清らかに育つのよ。聞いたことない? 聖獣様は乙女の守護者なのよ」
「あっ、聞いたことある。それって本当の話?」
「当たり前でしょ」
「ねえ、あんたん所の娘、来年で十歳になるんでしょう。ご加護をもらっときなさいよ」
「そうね!」
「うちにも娘がいるんだわ。聖獣様わたしもいいですか」
「わたしもわたしも」
「うちもうちも」
「……」
ユニコーンに群がるおばちゃん達。
おばちゃん達は一応「聞いた」が、ユニコーンが答えるのを待たないで、ぺたぺたとその角に触った。
触るだけじゃなく、なで回すおばちゃんもいる。
手の平の上で滑らせるかのように、粘土をこねくりまわす手つきでユニコーンの角に触った。
ユニコーンはものすごく嫌そうな顔をした。
当然だ、動けないのをいいことに知らない人間からベタベタと触られたらそりゃいやだと直人は思った。
それが処女にしか触れさせないユニコーンならなおのことだろう。
見慣れたエロ顔じゃなくて、心底嫌で嫌でたまらない顔をするユニコーンを不憫に思い始めてきた。
そう思う一方で、直人は首をかしげて、ソフィアに聞いた。
「あれって、本当なのか? ユニコーンに触ったら加護があるって」
「ああ」
ソフィアははっきりとうなずいた。
「そういう言い伝えがあるのだ、聖獣にあうと御利益がある、角にふれると娘が清らかにそだつ、と。ユニコーンは乙女の守護者なのだからな」
「へえ」
直人は腕組みして唸った。
「カナマラ様みたいなもんだな」
「カナマラ様?」
「……触ると御利益のある神像だ」
「なるほど。そうだな、そういうものだ」
ソフィアはうなずいた。カナマラ様の実体を知らないからあっさりうなずいたんだろうな……とおもいつつも、おばちゃんに群がられているユニコーンの角をみていると、知っていたとしても同じ感想を持っただろうと思った。
「まあしかし、未だかつて、実際にユニコーンの角に触ったことのある人間はいないそうだ。少なくとも母親は」
「処女厨だからな。だけどいま大量に発生してる」
「避けないのは……」
「あれのせい……だよな」
直人とソフィアはそういい、同時にキャンピングカーの奥に目を向けた。
冷房を効かせた六畳間和室、稼働しているこたつのなか。
そこから亀のごとく、にょき、と顔を出した状態で寝ているティア。
あり得ない程だらけて、緩みきった顔を見て、直人はユニコーンの事をかわいそうだと思ってしまった。
「『待て』と『お座り』だからなあ、動けないんだよなあ」
「うごけないのだな、かわいそうに」
「たすけてやるか?」
「……一説には、ユニコーンに触れた人間の娘は無病息災で、健やかに成長するそうだ。ユニコーンは縁のある清らかな乙女を全力で、命がけで守るとか」
「つまり、あのおばちゃん達の娘さんたちは本気でユニコーンの加護があるわけか」
「言い伝えが本当なら、な」
「……それなら、だれも損しないし、別にいっか」
「うむ、そうだな。子供が清らかに育つのはいいことだ」
直人とソフィアはそう言い、うなずきあった。
その瞬間こっちに気づいたユニコーンと目が合って、ものすごい勢いで救いの視線を向けられたが……直人はそれを全力で無視した。
エロ親父一匹の犠牲で将来ある女の子の幸せが保証されるのならば、と。
「あいつだって本望だろう、今我慢すれば将来多くの清らかな乙女を守れるんだからな」
「うむ、そうだな」
二人はそうして、完全に放置する事にした。
が、ようやく戻ってきた直人たちをユニコーンが放っておく訳がなかった。
お座りさせられる一角の害獣はキャンピングカーに向かっていなないた。
ぶるぅ、ひひひぃーん。と。
ミミの通訳無しでも何を言ってるのかわかった。
てめえら早く助けろさもなくばぶっ殺すぞ。
きっとそう言ってるんだろう。
それを直人とソフィアは無視した、今夜の夕食は冷麺にしようか、と日曜のやりとりをした。
無視されたユニコーンのいななきは続いた。
おばちゃん達がキャンピングカーの存在に気づいて、ユニコーンの異変に戸惑うくらい続いた。
「もう、うるさいわねえ」
それに耐えかねて、ティアがこたつから這い出た。
こたつでの安眠を邪魔された魔人はいかにも不機嫌な顔をした。
まるで一ヶ月ぶりの休暇を邪魔された働くお父さんの様な顔だ。
彼女はフロント硝子越しにユニコーンをみて、それで全て理解した。
ユニコーンが更にいなないた、哀れみを誘うような声だ。
「うるさいわね……ハウス」
「――!」
ティアが言った瞬間、ユニコーンはまるで赦しのようにパッと飛び上がって、脱兎の如くおばちゃんたちから逃げていった。
「もう、せっかくこたつで休んでたのに、台無しよ!」
憤慨しながらも、ほっこりがおでこたつに戻っていくティア。
「……ハウスだって」
「ハウスだったな」
互いをみる直人とソフィア。
直人は車の後ろを向いて、子犬を呼んだ。
「わんこー、おいで」
「わん!」
トタタとやってきて、膝に乗ってくる子犬の頭を撫でた。
「わんこー、お手」
「わん!」
「ちんちん」
「わん!」
「ハウス」
「わんわん」
子犬は可愛らしい鳴き声を残して、みかん箱に戻っていった。
直人とソフィアは互いをみて、それからフロントガラスの向こうを見た。
「今夜はエアコンをきって、縁側で冷麺にしようか」
「ほう、それはどういう食べ物なんだ?」
ご飯の話に戻っていく直人とソフィア。
ハウスの事をこれ以上触れないでやろうと、二人は同時に思ったのだった。
新しい連載を始めました。
クラスごと転移して、チートスキルを使って異世界JKリフレを開く主人公の話です。
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