姫騎士と魔人のよだれ
夜、キャンピングカーの中。
こたつの上でロウソクの炎が揺れていて、その周りを全員で囲んでいる。
ミミはロウソクの揺らめく炎を眺めながら、穏やかな表情で突っ伏して眠ってしまった。
ミミ程ではないが、直人もソフィアもパトリシアも穏やかな表情をしている。
停電時のロウソクはそれほどの魔力がある。
が、その魔力も万全ではない。
少なくとも徐々に上がっていく車内の温度と湿度には勝てなかった。
「蒸し暑いな」
直人はシャツの襟をパタパタさせた。
ドアと縁側が開いているが、無風のため不快指数はどんどん上がっている。
「えあこん、を使えないのかナオト」
「無理だな、あれはこの車のオプションで一番電気を食う装備だ。普通は無駄だけど、贅沢するためにあえてつけたルームエアコンだから、今の電力量じゃ使えない」
「贅沢? 快適に過ごすためのものではないのか?」
「夏でもこたつに入りたいときがあるんだ」
直人がいう「こたつ」に、ソフィアの眉がびくりと跳ねた。
「冬に暖かい部屋であえてアイスを食べたいのと同じでさ、ガンガンに冷房をきかせた部屋でこたつに入りたいっておもう時があるんだ。そのためにつけたんだよ」
「それは……いい、のか?」
「うん? おれは好きだよ。冬にアイス、夏に鍋、冷房にこたつ。どれも甲乙つけがたい贅沢だな」
「夏に鍋はわかる!」
「あらあら」
ソフィアが食いつき、パトリシアが頬に手を当てて微笑んだ。
「そうか、冬までこたつを我慢しなければと思ったが、えあこんを使えば夏でもこたつでまったり出来るのだな」
「今は無理だぞ、電気がないんだから」
「ねえ、そのこたつって……なに?」
仏頂面していたティアだったが、ソフィアのテンションの上がり方に興味を示したのか、会話に参加してきた。
「ああ、このテーブルの事だよ、これに布団をかぶせて、中で発熱して温める暖房器具だ」
「これがなんなの?」
「ふっ」
ソフィアは鼻で笑った。
「こたつの良さもわからないとは、モグリめ」
「なっ――」
ティアは一瞬言葉を失い、それから顔を赤くして反論した。
「し、知ってるわよ! これくらい。こたつに入ると温かいんでしょ!」
「ソウダナ、アタタカイナ」
「うぅーーーーーー」
勝ち誇ったソフィア、悔しがるティア。
なんだか犬猿の仲な二人だ。
「直人!」
「えっ、あ、はい!」
ティアの剣幕に気圧されて、直人は思わず、背筋を伸ばして返事をした。
「こたつを使わせなさい! このこたつとやらがどれほどのものか、見極めてやるわ」
「いや無理だから、バッテリー残ってないし」
「じゃあそのバッテリーを増やして!」
「無茶言うな、充電はソーラーパネル頼みで、明日の昼間まで待たないといけないんだ。一応回生ブレーキもあるけど、ガソリンがないと事実上無用の長物だからな」
「タイヤを手で回しては如何でしょう?」
パトリシアが穏やかな表情でいった。直人は苦笑いする。
「あんた分かって言ってるだろ。たしかにそれで充電出来るけど――待てよ」
直人は言いかけて、ハッとした。
あごを摘まんで、思索に耽る。
「どうしたんだナオト?」
「ソフィア、あんた……この車を持ち上げられるか?」
「うん? わからないが……やってみようか?」
「頼む」
直人がいうと、ソフィアはうなずき、車から降りた。
それを追って直人もティアも降りて、パトリシアは不思議空間を外の給油口にかえて、そこから出現した。
「アウトレンジペイン」
ソフィアがつぶやき、髪を銀色から炎色に変えた。
炎髪をきらめかせて手をかざすと、地面から十本ほど、炎で出来た手が生えるように出てきた。
その手がキャンピングカーの車体を掴み、持ち上げようとした。
「む、むむ……」
ソフィアの顔が強ばった。
炎の手がぷるぷると震えて車を持ち上げようとする。
が、持ち上がらない。応用がきくソフィアの炎だが、純粋にパワーが足りない様子だ。
「すまないナオト、わたくしには無理だ」
「いや、こっちこそ――」
「ふふん」
横で見ていたティアが鼻をならした。みると、さっきまでとはうってかわって、得意げな顔をしている。
「そんな事もできないなんて、大した事ないわね」
「なんだと!」
「ふっ」
ティアはもう一度得意げに笑い、パチン、と指を鳴らした。
するとキャンピングカーの車体がゆらり、と見えない何かに持ち上げられるように浮かび上がった。
地面から一メートル、子供の身長くらい浮かび上がったところで、止まった。
「これでいいのかしら?」
「あ、ああ。すごいなあんた」
「当然よ、魔人サローティアーズは伊達じゃないわ」
ティアは得意げに胸を張った。
その間も、キャンピングカーは安定して浮いている。まるでそこに見えない地面があるかのように、ものすごく安定していた。
子供が持ち上げられなかった荷物を大人が鼻歌交じりに軽々と持ち上げた、そんなイメージを直人はうけた。
そのティアは得意げな目でソフィアをみた、ソフィアは悔しそうにうなだれた。
「なんたる屈辱。こんなずっこけに劣るとは」
「ずっこけいうな!」
「オークたちに襲われた時以来の屈辱だ」
「そんなに悔しいのかよ」
直人は苦笑いした。
「ふん! 失礼な女。それより直人、これを浮かせてどうするんだ?」
「ああ、このタイヤをまわすことは出来るか?」
「余裕よ」
ティアは手をすぅとだした、また指ぱっちんするつもりのようだ。
「ああ待て、こっちも準備するから」
ティアをとめて、直人は運転席に飛びのった。残った待機電力で車のシステムをスタートさせて、ブレーキを軽く踏み込んだ。
「いいぞ、まわしてくれ」
「うん」
ティアはパチンと指を鳴らした。瞬間、六つあるタイヤが一斉に回り出した。
車が前進する方向で回り出した。
タイヤはティアの力でまわり、直人はそれにブレーキを踏んだ。
ブレーキを踏んでも、時速は80キロを超えている。
「うわ、予想以上に速い」
「マスター、踏み込みすぎるとブレーキパッドに変わります」
「わかってる、半分くらいで止めてる」
「何をしてるの」
ティアが横にやってきた。
キャンピングカーを浮かせて、ブレーキを踏まれても時速80キロに相当するタイヤの回転数をあげているのにも関わらず、ティアは涼しい顔をしていた。
「ああ、回生ブレーキって言ってな……ようはそのタイヤの回転でバッテリーを充電するんだ。タイヤと逆回転で発電機をまわして、発電すると共にタイヤの回転を押さえて実質ブレーキするシステムのことだ」
「よく分からないけど、コレをやってればいいのね」
「ああ」
「わかったわ」
ティアはうなずき、ソフィアに振り向いた。
ソフィアは未だに悔しそうな顔をしているので、ティアは彼女に向かっていった。
ニヤニヤ顔をしているので、挑発をするつもりなんだろう。
それがソフィアにも伝わった、炎髪の姫騎士は顔を更に強ばらせ、身構えた。
すると。
ピターン!
ティアが転んだ。
「いったーい」
「くっ、こんなずっこけに劣るなんて……もういっそ殺せ!」
「ずっこけいうな! 殺すわよ本当に!」
「お二人はいいのですか? 充電出来たのですから、エアコンもこたつも使える様になりましたよ」
「そんなのどうでもいいわよ」
パトリシアが二人の間に割って入って、取りなした。
すると、ソフィアは髪が銀色に戻って、今度は勝ち誇ったような顔をした。
「どうでもいい? ぷっ」
「なによ!」
「こたつをどうでもいいと切り捨てるなど……やはりモグリだな魔人は」
「なんですって! そんなにいうならこたつの良さを教えてみなさいよ!」
「いいだろう、吠え面をかくなよ」
ソフィアとティアがそう言って、二人してキャンピングカーに戻って、ドアを閉め切った。
「……お前達、仲いいな」
直人はそうつぶやきながら、ドアと縁側をしめて、冷房を最大にして、エアコンをつけてやった。
――十分後。
「あらあら、吠え面じゃなく寝相を晒しましたわね」
「しかも二人してな」
ソフィアとティア、二人揃って、こたつでマッタリして、よだれを垂らす寝顔を晒したのだった。
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