姫騎士とオークの秘宝
夜、キャンピングカーの中。
ガソリンを取るために無理をしたせいで生活用電にまわすはずだった電力がほぼ使い果たされ、室内のほとんどの家電が使えない状況になっていた。
暗い中、こたつの上に置かれたロウソクがゆらゆらと部屋の中を照らしていた。
そこに、ほぼ全員集結していた。
こたつの周りに直人、ソフィア、ミミ、囲んで座っている。開かれた冷蔵庫の不思議空間からパトリシアが生えていて、子犬はいつも通りみかん箱の中で寝ている。
唯一ここにいないティアだが、彼女は縁側を上がって、部屋の中に入ってきた。
「話をつけてきた、スライムに襲われる事はないから安心し――」
そう話す彼女は、またしても体勢を崩した。盛大にずっこけて、頭から畳に突っ込んでいった。
「キャン!」
「わんちゃん!」
ミミが立ち上がった、ティアが転んだとき、子犬のみかん箱を巻き込んで、押しつぶしたのだ。
突然の惨劇に、すやすやと寝ていた子犬がみかん箱から飛び出て、ミミの腕の中に飛び込んだ。
「いたたた……」
「あんた、わざとやってないか?」
「や、やってない! そんな事するわけないでしょう!」
「それにしては毎回毎回転んでるよな」
「こ、この床が悪いのよ! なにこれ、草じゃないの」
「い草っていうんだ、ついでに言うとこの完成品は畳って言うんだ」
「こんな訳のわからない床、転ぶに決まってるでしょ」
「はいはい」
直人は呆れた顔をして、立ち上がって、貯蔵庫からガムテープを出した。
もう大分少なくなった、現実世界からもってきたものの一つ、ガムテープ。
それをティアにさしだした。
「な、何これ」
「これでみかん箱を直して」
「なっ、なんでわたしがそんな事を!」
「壊したのあんただろ」
「で、でも……」
「くーん」
「ティアちゃん……」
悲しそうに啼く子犬、そしてミミの責める視線。
幼女と子犬。
このコンビに勝てるものはそうそういるものではない。
魔人と言えども、それは例外ではなかった。
ティアはシュンとした様子でガムテープを受け取って、それでみかん箱を直し始めた。
「さて、話が――」
ぐぎゅるるるるる――。
直人が話を始めようとした瞬間、ティアの方から盛大なBGMがなった。
だれが聞いてもはっきりとわかる腹の虫。
そして動きをピタッと止めたティアの反応から、だれが見ても出所が一発でわかってしまう。
「うん、よく分かった」
直人はうなずき、言った。
「あんた、ソフィアの上級互換だな」
「なっ」
それに強く反応したのはソフィアだった。ティアは連続の失態で固まったままだ。
「聞き捨てならないぞナオト」
「あっ、上位互換はわかるのか」
「よくわからないがバカにされてるのはわかる。そもそも今の話で引き合いにだされる事自体耐えがたい屈辱だ」
「なるほど、一理ある」
直人はうなずいた。
「そもそも、わたくしはあんな風にずっこけたり――」
ぐぎゅるるるるる――。
腹の虫が盛大になった。キャンピングカーの中にいる、全員の耳にそれが届いた。
当然、ティアではない。彼女はまだガムテープを持った状態で固まったままだ。
直人は呆れ笑いした。
「腹の虫はなるようだな」
「こ、これは違うのだ」
「はいはい、わかってるから、生理現象だから気にするな」
「ちがうのだあああ」
ソフィアが頭を抱えて暴れ出した。
その後、IHヒーターも電子レンジも使えない中、直人は何とか工夫して夕飯を作り、腹ぺこ姉妹の二人を満足させてから、改めて、話を切り出した。
「パトリシアを改造しようと思う」
「あらあらまあまあ」
改造される当の車は、頬に手を当てて直人に微笑みかけた。
一方で直人の宣言を受け、ソフィアが首をかしげた。
「改造?」
「そうだ、改造だ」
直人はうなずき、言った。
「今のパトリシアはハード的にはガソリンと電気のハイブリッド車だ、そしてその電気を屋根のソーラーパネルに依存しきってしまっている」
「よく分からないが、そうだな」
「正直ちょっとだけ望みを抱いていたんだが、今日のことでガソリンはこの先も期待出来ないことがわかった。なら、改造しなきゃダメだと思う」
「なるほど、それはいいのだが直人、一つ質問がある」
「なんだ」
「その改造というのはどこまでやるのだ?」
ソフィアの質問の真意、直人はそれを正しく把握した。
ここしばらく、直人とソフィアは暇さえあれば――いや暇潰しに「理想のキャンピングカー」について色々と話し合った。
二人で相談して、意見を出し合って、すりあわせて。それで何枚もの図面を書いてきた。
直人はモーターホーム、ソフィアは小型の移動要塞。
二人の意識にちょっとだけのずれがあったけど、それを上手くすりあわせて、何枚もの図面を書いてきた。
が、それには一つ共通点がある。
動力源とは関係のない、内装のみの話なのだ。
武装の話をしたことはある、それは最終的にソフィアが屋根に乗って、炎の槍を投げるだけの存在になればいいと言うことでケリがついた。
そんな風に一緒にやってきたから、ソフィアが何を聞きたいのかがすぐにわかった。
「動力源だけだ」
「そうか、わかった」
ソフィアは微かにほっとした顔でうなずいた。
理想の図を何枚も書いてきたのだが、理想の完成までまだまだ時間が掛かる。
今すぐにそれをする訳ではないとしっての安堵である。
「でもお兄ちゃん、改造って出来るの?」
ミミが至極まともな疑問を呈した。
「それが問題なんだよな。ああ、もちろんおれが出来るかどうかも問題だけど、そもそもの問題がもう一つ」
「パーツ……でございますね」
パトリシアがいい、直人がうなずいた。
この中でもっとも直人の意識に近い存在である、パトリシア。
彼女はキャンピングカーの化身であり、生まれが直人と同じ現代日本だと言うことで、ソフィア達異世界人が理解出来ない、知らないことの多くを知っている。
だから直人がいう「問題」をすぐにわかった。
「一番なんとかなりそうなやり方は発電する方法を作って、それをコンセントにつないで充電するってやり方だな」
「ここでございますね」
パトリシアがそういい、パネルの下にある電源プラグを差した。
それは出力ではなく、入力のための端子。
ソーラーパネルでもなく、ガソリンでもない。
本来、キャンプ地や市街地などで流れているAC 100Vから充電出来るためのプラグだ。
キャンピングカーのほとんどに備え付けられている装置で、パトリシアのあまたある機能の中で、今まで一度も使った事の無いものだ。
「現実的な所だと……でっかい風車を屋根につけて、それをここにつなげるとか」
「現実的でございますね、比較的に」
「そうなんだよな、比較的、なんだよな」
直人の発想ではそこまでが限界である。
彼は色々とものつくりがすきで、実際に創意工夫も出来る人間だ。
だが専門的な事をいえば、彼はソフト屋であり、ハード屋ではない。
多少の工夫では出来るが、それ以上の事は無理だ。
何より、その発想は現実世界、自分がいた世界の常識に引きずられたままである。
もしここに彼とパトリシアしかいなかったら、最終的に風車か水車という話になっただろう。
しかし、彼の周りには今、異世界にやってきてから知り合った者達がいた。
彼の常識にとらわれない発想が出来る者達が集まっていた。
「方法ならあるよ」
「本当かずっこけ」
「なにその名前!」
「ごめんごめん、つい。ごほん、本当かティア」
直人は言い直した、ティアは唇を尖らせながらも、彼に言った。
「そこにいる巨乳、この車の精霊よね」
「ああ、そうみたいだ」
「なら、彼女を介して力を供給すればいいんじゃない?」
「そんな方法があるのか!」
「あるよ」
ティアはあっさり言い放った。
「オークの秘宝で精霊と依り代をもっと強く結びつけるのがあるの。それをすれば精霊が取り込んだ力がそのまま依り代の力になる。魔力をダイレクトに注いでもいいし、精霊が生き物の形をしてたらご飯でも食べさせれば力になるわね」
「ご飯をか!」
「あらあら、わたしでもマスターのご飯を食べられるようになるのですね」
「それはすごいな! 是非それをやるべきだナオト」
「……」
直人は言葉を失っていた。
不意に開かれた可能性に、目を輝かせていた。
それは彼だけではなかった。ソフィアも、ミミも、そして普段は穏やかなパトリシアまでもが興奮気味だった。
「ふふん」
それを見て、ここぞとばかりにティアが得意げに胸を張った。
「しかしそれはオークの秘宝だ、普通なら手に入れる事は難しい。聞いた話によると王家が管理していて門外不出のものだそうよ」
彼女はそういって、ちらちらと直人たちをみた。
「が、この魔人サローティアーズにかかれば、例えオークの秘宝といえども手に入れるのはたやすい」
そういって、更にちらちらと見た。
「そうだな、わたしは寛大だから、部下には秘宝の一つくらい褒賞として与えることもあるかもね。オークの連中をちゃちゃっと倒してちゃちゃっと取ってきてもいいわ」
そういって、更に直人をちらちら。
あからさますぎる言動、何を欲しているのかすぐにわかった。
「かわりに、そうね――」
「ああ、料理人にはならないから」
直人は彼女をばっさり切って捨てた。それを教えてくれた彼女に対するお礼の意味合いを込めて、ばっさりと切って捨てたのだ。
「い、いいの? わたしじゃなきゃオークの秘宝は――」
「ミミ」
「オゴオゴ♪」
ミミの鳴き声に、ティアは言葉を失ったのだった。
新しい連載を始めました。
クラスごと転移して、チートスキル(所持金を十倍にする能力)を使って異世界JKリフレを開く主人公の話です。
是非下のリンクからどうぞ。