姫騎士と実質ドジッ子
空が白みはじめたばかりの朝、ユニコーンの小屋。
朝早く起きたミミが小屋の前にやってきて、ドアの前に立った。
小屋のすぐそばで寝そべっていたユニコーンが立ち上がり、ミミのそばにやってきた。
「おはよーつのうまちゃん」
「ひひぃーん」
ユニコーンは首を下げて、ミミにほおずりしてきた。
ミミはくすぐったそうにしながらも、お返しとばかりにユニコーンの首の周りを撫でてやった。
親愛を表す仕草で、見ていて微笑ましい光景だ。
……ユニコーンが微妙に鼻の下さえ伸ばしていなければ、だが。
「ひひぃーん」
「うん、ティアちゃんを誘いに来たの。ラジオ体操、と言うのを一緒にやろうって。つのうまちゃんも一緒にやる?」
「ひひぃーん」
「わかった、じゃあちょっとまってねー」
明らかに会話が成立しているミミとユニコーン。
ミミはユニコーンを待たせて、小屋のドアをコンコンコン、とノックした。
シーン、と静まりかえる、中から返事がしない。
もう一度コンコンコン、とノックし。
「おーはーよー」
と、あどけない声で呼びかけた。
コンコンコン、コンコンコン。
ミミは木製の様に見えて、木ではない何かで作られたドアを叩きつづけた。
そうしてしばし、ようやく、中から物音がした。
「せばすたん……? あさのたまごははんじゅくで……」
ドアを開けて、姿を現わしたのは寝ぼけた目で三角帽子つきのパジャマ姿のティアだった。
ずれた帽子からのぞかせる髪はぼさぼさで、はだけたパジャマからへそが見える。口元によだれの痕跡があって、抱えているぬいぐるみはいかにも年季が入っていて、長年夜のお供だというのが一目でわかる代物だ。
一つ一つは残念な感じがするが、全部合わせれば高いレベルで残念可愛いという次元に到達する見た目である。
そんな彼女に、ミミが話しかけた。
「あたし、セバスタンじゃないよ?」
「……? じゃあせばすたんをすくらんぶるで……」
明らかに寝ぼけてるティア。
そんな彼女の手を引いて、歩き出すミミ。
寝ぼけている彼女は宙にぷかぷか浮かんだまま、ミミに引かれて、小屋の前にある開けた場所。
「じゃあ、はじめるねー」
「……?」
寝ぼけたまま、小首をかしげる。
直後、音楽が流れ出して、ミミが体操をし出した。
ラジオ体操、第一番。
「ティアちゃんも、一緒にやって」
「……うぃ」
促されたティアはミミのまねをはじめた。
音楽のリズムに乗って、慣れた様子でラジオ体操をするミミ。
それに一拍遅れて、それっぽいが微妙に間違っている動きをするティア。
朝のラジオ体操は効果抜群だった。
もとより元気なミミはますます元気になり、寝ぼけていたティアも徐々に目が開き、目が覚めた感じになってきた。
やがて音楽が終わると、ティアは完全に目覚めていた。
「ひひぃーん」
ユニコーンが鳴き声を上げた。鼻の下を伸ばしていた顔から、微妙に驚きの顔になった。
「へー、ティアちゃん、普段は寝起きが悪いんだ」
「ひひん」
「そ、そんな事ないわ! 余計な事言わないで!」
ティアが顔を赤くして反論した。ユニコーンはそれで黙ってしまった。
「おはようティアちゃん」
「お、おはよう……何これ」
「ラジオ体操だよー、これをやると朝はすっごく元気になるんだよ。ねっ、お兄ちゃん」
「らじおたいそう……ってお兄ちゃん?」
「……」
ミミが同意を求めた先に、ティアはおそるおそる目を向けた。
そこにスマホを持って、ラジオ体操の音楽を流していた直人がいた。
直人は少しだけ、あきれ顔をしていた。
理由はいうまでもない、ティアの格好である。
「な、ななな……」
「あー、えっと。そのなんだ」
直人は頬を鈎状にした指で掻きつつ、慎重に言葉を探した。
「おはよう、良い朝だな」
「……」
絶句するティア。彼女は直人とミミを見比べて、やがて自分を見た。
明らかに寝起きの、あられもない格好。
直人を見て、自分を見る。
直人を見て、自分を見る。
直人を見て、自分を……。
顔色が徐々に青ざめていく、言葉通り、寝起きを異性に見られた乙女の様な顔になった。
「ぎゃあああああ!」
色気のない悲鳴を上げて、小屋の中に逃げ込んだ。
「ティアちゃん?」
「あー、ミミ。そっとしといてあげて」
「えー、でもー」
「いいから。そうだ、朝ご飯のお手伝いをしてくれるか?」
「うん! 何すればいいの?」
「スクランブルって言ったよな」
ティアの寝言を思い出して、ミミにお手伝いの内容をいった。ミミはお手伝いするために、キャンピングカーの中に戻っていく。
しばらくして、ティアが姿を見せた。
さっきまでのパジャマ姿ではなく、出会った時と同じ黒をベースにしたドレス姿だ。
三角帽子も外されて、綺麗に梳られた髪に羽根飾りがつけられている。
ここだけみると文句のつけようがない美少女で、さっき見たのが幻に思えたが、恥ずかしさと怒りで真っ赤になっている顔だけが、それが真実であったと雄弁している。
「や、やあ」
「……屈辱よ」
「え?」
「211年生きてきた人生のなかで一番の屈辱よ」
「そ、そうか。それは悪かった」
「何だったのよさっきのは!」
「えっと、ミミが毎朝ラジオ体操をするんだ。前にちょっと教えたらそれ以降はまってさ。で、それをあんたと一緒にやろうって」
「……そんな事で」
「えっ?」
「そんな事で……わたしを、この魔人サローティアーズを辱めたのか」
ごごごごご、という空気が重さを増した音が聞こえてきたような気がした。
ティアの体から光の粒子が立ちこめ、足元に魔方陣が現われる。
「ちょっ、ちょっと待って」
「その罪、万死に値する」
「待て待て待て、落ち着いて話し合おう。そうだ、オレはなにも見なかった。見てないぞ、うん!」
「嘘をつくな! 鼻の下が伸びてる!」
「伸びてないから! パジャマ姿だぞ! そんなので鼻の下なんか伸ばすか!」
「なっ――」
ティアは絶句した。
「なんで伸ばさないのよ!」
「えええええ?」
「そいつを見なさいよ! わたしのあんな姿を見たら普通ああなるでしょ!」
ティアはユニコーンを指さし、やけくその様に叫んだ。
小屋の影にいるユニコーンは彼女が言ったとおり、一段と鼻の下を伸ばしたエロ顔になっている。
「オレをそのエロ馬と一緒にするな!」
「許さない……絶対に許さない……」
「いやいや待て待て」
「こんな仕打ちはじめて……汚点よ、汚点……汚点は……消さないと」
ぶつぶつ言うティア、ちょっとだけ涙目だ。
彼女の周りの景色がゆがむ。ゆがみながら、紫の毒々しい色に染まっていく。
「その罪、万死に――」
「ねえお兄ちゃん」
ティアが手をかざして、何かをしようとした所に、ミミがキャンピングカーの中から姿を見せた。
その手にはボウルと、かき混ぜた黄色い卵がある。
「卵、これでいーい?」
「卵?」
びくっとなって、動きが止まるティア。
毒々しい色の景色もぴたっとやみ、元に戻る。
彼女の視線はミミが持っている卵に釘付けになった。
ナイス! と直人はミミに感謝し、彼女の元に駆け寄った。
ボウルを受け取って、礼を言った。
「ありがとうミミ。うん、いい感じだ」
「ほんとー?」
「ああ本当だ、よし後は任せろ」
直人はそう言って、ティアに向かっていった。
「スクランブルエッグがいいんだろ? 今から作るからちょっと待っててくれ」
「ティアちゃん、こっちで一緒に食べよ?」
ミミはそう言って、ティアの手を取って、キャンピングカーの中に招こうと引っ張った。
直後、思いもよらない事が起きる。
――ピタン!
ミミに手を引かれたティアが、よろめいて一歩踏み出した直後、そのまま前のめりになって転んでしまった。
顔から盛大に地面に突っ込んでいく、ヘッドスライディングかと思うほどのすっころびかたをした。
「……」
「……」
「……」
瞬間、辺りの空気が凍りついた。
天真爛漫なミミでさえ、いきなりの事に言葉を失う。
「ひひぃーん」
唯一、ユニコーンだけが鼻の下を更に伸ばすエロ顔をしていた。
まるで、いつも見ている光景を楽しんでいるかのような、そんな顔だった。
昔やったゲームに、歩けるけどダッシュしたらすぐにすっころぶキャラが居るのを思いだして、ティアをそんな風にしてみました。
基本は軽く浮いて(飛んで)いるのだけど、足を地面につけると何故かすっころんでしまう、そんなキャラにしてみました。