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姫騎士と腹ぺこキャラ

 道なりに、次の目的地を目指して走るキャンピングカー。

 直人が運転席にいて、横の助手席にソフィアが座っている。

 いつものポジションから、ソフィアが聞いてきた。


「今晩の食事はなにをつくるのだ?」


 彼女の質問を聞いて、直人はちらっとバックミラーをみた。

 二人の背後の六畳間和室ではミミが小さな台の上にのって、シンクで洗い物している。

 直人が食事を作って、ミミが洗い物をする。

 ここ最近、自然と出来た役割分担。ミミは食べ終わったら自然と体が動くようになっている。

 進んで家事の手伝いをする愛くるしい女の子、それはとてもいい(、、)

 いいのだが。


 バックミラーから視線を手元の計器類に戻し、それから窓の外、空を見上げた。


「まだ昼過ぎくらいだな」

「ああ、そうだな」


 ソフィアは頷いた。


「昼飯をたべたばかりだ」

「そうだな」

「……あんた口元、食べかけがついてるぞ」

「なっ!」


 指摘されたソフィアはあわてて口を拭いた。直人の指摘通り昼ご飯の食べかけがついていた。

 しっかりとれた事をバックミラーで確認してから、ソフィアは咳払いを挟んで、何事もなかったかのように振る舞った。

 それをみた直人はハンドルを握ったままくすくすと笑った。


「あんた、すっかり腹ぺこキャラに定着しちゃったよな」

「キャラ……? ―ーッ」


 理解が一瞬遅れたソフィア、聞き慣れない言葉だったからなのだろう。

 次の瞬間、彼女は耳の付け根まで血の色にして、反論した。


「ち、ちがうぞナオト、わたくしは腹ぺこきゃら(、、、)などではない!」

「だけど、昼飯をたべた直後から晩飯の話をしてる」

「それは――それはっ」


 ソフィアは口を金魚のようにパクパクとさせる。

 必死にいいわけを探している様子だ。


「も……」

「も?」

「も、もしも必要ならわたくしが材料を狩ってくるぞ、といおうとしたのだ」

「狩りか」

「そうだ。いいかナオト、ミミは食べ盛りだ」

「ああ」

「そしてナオトは……料理がうまい」

「恐縮」


 直人はわざと大仰な言い方をした。


「食べ盛りのミミにうまいものを食べさせるなら、わたくしは喜んで一狩り行ってくるぞ、そう言おうとしたのだ」

「その言い回しはおれのいた(せかい)じゃ違う意味をもつ」

「え?」


 きょとんとするソフィア、当然その言い回しの出典は知らない。


「いやなんでもない。うん、そういうことにしておこう」

「そういうことなのだ」

「はいはい」


 直人はほほえんだまま、ゆっくりとキャンピングカーを進ませた。


 最近、彼はますます安全運転をするようになった。

 時速にすれば二十キロ未満、自転車(この世界にはないが)にも抜かれてしまうであろうレベル。


 そんなふうにソフィアを横にのせたまま、ゆっくり運転するのがとても好きだ。

 エアコンをつけず、パワーウィンドウを下ろしている。

 初夏の風に吹かれながら、ゆっくりと進んでいく。

 ふと、ソフィアが何かに気づいたように、声を上げる。


「むっ」

「どうした」

「ナオト、後ろだ」

「後ろ?」

「後ろをみろ」


 直人はナビを手早く操作した。

 ナビモード、全周囲モニターモード、そして後方カメラモードと切り替えていく。

 車両後方を映し出す液晶ディスプレイ、そこに、一頭の白い馬が映し出された。


 瞬間、直人はソフィアが反応した理由がわかった。

 厳密に言えば、それは馬ではなかった。

 馬のように見えたそれは、よく見えたら頭から角を生えている違う生物だった。


「ユニコーン?」

「珍しいな、こんなところでみるとは」

「……珍しいですむレベルか」


 そう、独りごちる直人。

 彼がいた現代日本なら現れただけとんでもない大騒ぎになる生き物だが、ソフィアの反応はまるで観光地の街中で猿を見たという程度の薄い反応だ。

 まれによくある(、、、、、、、)のだろう、と直人は思い、車を走らせ続けるが。


「おっと」


 ユニコーンが彼を追い越していったあと、道をふさぐように足を止めた。

 直人はあわててブレーキを踏んだ。時速二十キロ以下なので、苦もなく車がとまった。


「きゃあ、泡でべたべたー」

「タオルをお持ちします」


 急なブレーキで背後に()惨事がおきたが、対処できているようなので直人は無視した。

 それよりも、とフロントガラスの向こうをみる。


「どういうつもりだ……って、あれは魔法陣か?」


 直人は驚いた。

 四本脚でたっているユニコーンの足下から光が拡散していき、紋様のついたサークル形のなにかになっていった。それは直人の知識に照らし合わせれば魔法陣のたぐいで、かれは答え合わせのためソフィアに目を向けた。


「召還魔法だ」


 ソフィアは先回りして、一つ先の答えを教えてくれた。

 ごくり、と直人は生唾をのんだ。


「召還魔法……」

「わたくしがいる」


 だから安心しろ、と言わんばかりに、ソフィアは炎髪をきらめかせた。

 凜然と前方だけを見つめている姫騎士。

 頼もしさと安心感を直人は覚えた――彼女からはほぼ初めてとなる経験だ。


 直人も前を向いた。二人そろって、ユニコーンを見つめる。

 しばらくして、魔法陣の中からそれ(、、)が徐々に現れた。浮かび上がるように、地面から現われてきた。

 一言で言えば、それは小屋だった。

 山中のコテージのような、石造りの小屋。


 走るユニコーン、幻獣の召還魔法、せり上がる小屋。

 なにか、ひどくなじみのある光景のように見えた。

 直人には初めて見たはずなのに……間違いなく初めてみた光景なのに、彼は大いに興奮した。


「すげえ……」

「ナオト?」


 ソフィアがいぶかしむ傍ら、直人は運転席から飛び降りて、現れた小屋に駆けていった。

 小屋の扉が内側から開き、そこから一人の女が姿を見せた。

 肩口で切りそろえた、羽根飾りのついたセミロングの髪。

 ところどころ透けて白い肌が見える、黒いレースドレス。

 何より背中に畳んでいる(、、、、、)、一対の羽。

 150センチ弱の少女は、琥珀色の瞳でユニコーンを見つめて、顔を撫でてやった。



「ご苦労、ジークフリード。裏で控えていなさい」


 ユニコーンはいななき、言われた通り小屋の裏に回っていった。

 直前まできりっとしていた顔が、明らかに鼻のしたを伸ばしていた。

 ユニコーンが鼻の下を伸ばす意味、普段なら考察していた所だが、今の直人にとってどうでもいいことだった。


「さて、あなたがナオト・オノ……」

「すっげえ!」


 かれはこちらを向いて、落ち着いた様子で話かけてくる少女を事実上無視した。

 まるでクリスマスの朝、枕元におかれたおもちゃの包みを開く子供のような、そんな無邪気な顔をしている。

 小屋をまじまじに見つめ、べたべたとさわっていた。


「これさ、広さ的に中は一部屋くらいだよな。それともここもやっぱ不思議空間?」

「見た目とおりよ。それよりもわた――」

「丁度いい(ひろ)さだ! で、これってさっきのユニコーンが召還魔法でだしたものなんだよな」

「それよりもわたしの話――」

「ユニコーンが行った場所ならどこでも出せるんだよな、実質建物が移動してるようなものだよな!」

「人の話を聞かんかい小僧があああ!」


 少女が豹変して、直人に怒鳴りつけた。

 びくっとして、我に返った直人。


「わ、わるい。つい興奮してしまった」


 直人は謝った。

 目の前に現れたものがあまりにもすばらしくてつい我を忘れるほど興奮した。

 言うなれば、それは異世界版のキャンピングカー。

 車輪はついてないので車ではないが、キャンピングカーの別名、モーターホームだと思えば問題はない。

 一馬力なのでモーターでもないのだが、そこは無視した。


 それを見てすっかり舞い上がった彼に、少女は呆れた目を向けた。


「こんなもののなにがいいのかさっぱりわからないわ。ほしいのならあげるけど?」

「本当か」

「ひひぃーん」


 小屋の裏からユニコーンのいななきが聞こえた、ひどく悲しげな声だ

 ユニコーンの感情を大きく揺さぶる理由は一つしかないが、興奮している直人にとってはやはりどうでもいいこと。

 かれは、異世界キャンピングカーを手に入れられるかもしれないという事に興奮していた。


「かわりに、一つ条件がある」

「なんでもいってくれ、なんでもするぞ」

「簡単なことよ、あなた、わたしの料理人になりなさい」

「……」


 瞬間、直人の頭が冷えた。

 舞い上がった気持ちが一瞬で冷えた、彼女の台詞がまるでバケツいっぱいの冷や水のように、直人の頭にぶっかけてきた。


「……料理人」

「そう、わたしの料理人。あなたの噂は聞いてる、珍妙だけどおいしい料理をつくる異邦の人だと」

「そうか」

「待遇は悪いようにはしない、これがほしいのならあげるわ」

「……」


 少女はそういった、勝ちを確信したような表情をしている。

 しかし、直人は迷うことなく、答えた。


「断る」

「なっ――」


 少女は愕然とした。

 直前までの勝利を確信した表情からいっぺん、持ち上げられてから突き落とされた表情になる。


「な、なぜだ、この魔人サローティアーズが直々に頼んでるのよ、普通はないことよ」

「そうか」

「条件? 条件面の問題ね。よし、じゃあ王宮料理人の二倍、いや三倍の報酬を――」

「なっ――」「そうだ、このジークフリードをあげる、ワルキューレもつけるわ」

「……ワルキューレもきっとすげえものなんだろうな」


 一馬力のキャンピングカー、似たような名前をもつもう一つのなにか。

 ワルキューレが何なのかとても気になったが。



 直人は、働かないと決めている。



「わるいけど、あんたの料理人にはならない」

「――ッ」


 少女は激上した。

 怒りの形相で、羽根を広げ、鋭い爪を直人に向けて突いてきた。

 空気を裂いて、飛んでくる爪。

 それでも、直人は――。


 直人が覚悟を決めようとした、瞬間。

 少女の腕が止まった、目が横にスライドされる。


「なんのつもり」

「その腕を下ろせ」


 そこにソフィアがいた。

 炎髪をきらめかせ、炎の槍を少女に突きつけている。


「人間ごときが、わたしに勝てると思ってるの?」

「……直人はしたくないといった、だからさせない。それだけだ」

「……」

「……」


 女二人、にらみ合っていた。

 空気が重く、肌にピリピリと突き刺さってくるかのようだ。


 このままではソフィアを巻き込んでしまう。巻き込むだけではなく、命の危険さえあるかも知れない。

 魔人サローティアーズ、物々しい名前とそれに見合った態度と外見。


「待て、オレは――」


 直人が前言を覆そうと口を開いた、瞬間。


 ――ぎゅるるるる。


 辺り一帯に、場違いな音が鳴り響いた。

 どう聞いても、腹の虫が鳴る音。

 直人はあきれ顔で、腹ぺこキャラを見た。


「ソフィア……あんたなあ……」

「わたくしじゃないぞ」

「えっ?」


 ソフィアの返事ははっきりしていた。口籠もったりせず、はっきりと否定していた。

 ソフィアではない、ならば誰だ。

 そう思って辺りを見回すと――。


「ううぅ……」


 直前まで殺戮の化身のようなオーラを出していた少女が真っ赤になって、わなわなと震えていた。


「まさか……あんたが?」

「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」


 少女は手をばたばたさせて、必死にごまかそうとした。

 見た目よりずっと幼い感じだ。


「ジークフリード」

「ひひぃーん」


 小屋の裏からユニコーンが呼ばれて現れた。


「帰るっ」

「ひひぃーん!」


 女は小屋に入って、扉を閉まる前にこっちをみた。

 ますます涙目になっている。


「わたしはあきらめないからね!」

「いや、だから料理くらいなら――」

「ばーかばーか」


 少女は扉をパタン! としめた。

 ユニコーンは魔法陣を展開し、小屋を消して、そのまま走り去っていった。

 去っていくユニコーン、見送る直人とソフィア。


「あれはまたきそうだな」

「そうだな」


 ソフィアは銀色の髪に戻って、同意した。

直人くん@はたらかない、パート2です。

そして異世界キャンピングカー(のようなもの)も出してみました。


※お詫び

本文内に不適切な文章が混入しておりましたが、訂正してお詫び申し上げます。。

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