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姫騎士と蛸(下)

 直人はパトリシアにまな板を持たせて、その上でタコの足をぶつ切りにしていった。

 不思議空間から「生えている」パトリシアが手で持っているが外見から想像もつかないぐらい安定している、下手な台に乗せている時よりもがっちりしているくらいだ。

 なれた手つきでタコを切り分けていく直人に、ソフィアがちょっと拗ねた様な顔で話しかけてきた。


「ナオト、わたしまえから思っていたのだが……」

「うん?」

「おまえ、わたしの嫌がる事を進んでしているのではないか」


 直人の手が一瞬止まり、ソフィアをみた。

 彼女のきりっとした顔をみて、少し考えてから答えた。


「あのワンコさ、みかん箱に入ってるときと、縁側でへたってる時ってすっごい可愛いだろ」

「え? ああ、そうだな」


 兵士を率いて大軍に立ち向かうような頼もしい顔から一変、何をいいだすんだ、というきょとん顔をするソフィア。


「おれの(せかい)に『鬼に金棒』ってことわざがある、それと同じで『ワンコにみかん箱』ということわざがあってもいいと思う」

「『スライムと貴婦人』みたいなものか?」

「意味はわからないけど相当違うと思う、それは『蛸と海女』みたいなものだろう。たぶんだけどな」


 直人はタコを切り分けながら、更に言う。


「それと『姫騎士とこたつ』というのもあっていいとおもうな、『鬼に金棒』と『蛸と海女』の中間くらいの意味で」

「何をいってるのか分からないぞナオト」

「つまりだ、『姫騎士とタコ』みたいなのもあって言いと思う」

「そんなものは必要ないぞ!」

「『ワンコとみかん箱』も?」

「それはあった方がいい」

「なら『姫騎士とタコ』もあった方がいいな」

「それは詭弁だ!」


 ソフィアはもういい! といって子供達の方に向かっていった。

 途中でミミに呼ばれて、一緒に遊ぼうと声をかけられた。

 その時の横顔はものすごく優しげに見えた。

 怒った顔、呆れた顔、微笑んだ顔。

 直情的で、表情がころころ変わる彼女をみて、直人はクスリと笑みをこぼした。

 そんな彼に、まな板を持ったままのパトリシアが話しかけてきた。


「マスター、今回は失敗でしたね」

「ああ、言わなかったな。『くっ殺せ』」

「『姫騎士にくっ殺せ』、確率がまたさがりました、現在19.35パーセントです」

「わりかし低いんだよなあ、それを言う確率」

「そうですか? わたしは意外と高いと思いました」

「約二割弱、高いって言えば高いし、低いって言えば低いかもなあ」


 包丁を持つ手を動かしながら、彼はそんな事を言った。

 昔やっていた仕事、そしてキャンピングカーにつけた計器類の数々。

 直人は何かにつけて、統計をとってそれを眺める癖がある。

 特に意味はない、通帳の中でふえていく預金残高を「ただ見ている」のと同じ楽しみ方だ。

 次は上がるのかな、それとも下がるのかな。

 そんな事を考えているうちに、タコの下処理がすべて終わった。

 彼は少し考えて、パトリシアに言った。


「パトリシア、冷蔵庫から肉を出してくれ」

「はい、どうぞ」


 あらかじめ用意していたようで、パトリシアは彼の前に肉の塊を出した。

 一行が気に入って、パトリシアが定期的に狩ってくる恐竜シーイーリウスのしっぽ肉だ。

 直人はありがとうといって、更にパトリシアにふきんを用意させてそれでまな板からタコの汁をきっちり拭いてから、しっぽ肉を同じようにぶつ切りにしていった。

 たちまちに切り分けられるしっぽ肉。

 生地、タコ、肉。

 材料が入った三つのボウルを見て、直人は満足げにうなずいた。

 その横で、鉄板がいい感じに熱くなっていた。

 直人はさてやるかとつぶやき、鉄板のくぼみに生地を流し込んだ。さらにタコと肉をそれぞれ半分ずつ、くぼみの中に投入した。

 焼ける生地とタコと肉の香りがたちまち辺りに充満し、それに子供達とソフィアが引き寄せられた。


「出来たのか?」

「もうちょっとだ。こうして……串でひっくり返して、と」


 竹とんぼを作ったときの材料でついでに作っておいた竹串をつかい、慣れた手つきでたこ焼きをひっくり返して、丸く形を整えていく。

 鮮やかな手つきに、子供達から歓声が上がる。

 できあがったものソースなどの調味料を塗りつけると、直人は顔を上げ、みんなに向かって言った。


「みんな並んで、一人ずつあげるから」


 ミミを含む、子供達は「はーい」と声を揃えていって、直人と鉄板の前に綺麗な列を作った。

 ソフィアは横で見ていたが、ミミに引っ張られて、最後尾に並んだ。

 それを尻目に、直人は一番前の列の女の子に言った。


「ちょっとゲームをしようか」

「ゲーム?」

「うん、じゃんけんってしってるか?」

「うん!」

「今回は具が二種類あるから、おにいちゃんとじゃんけんして、勝ったらタコの方を、負けたらお肉の方をあげる」

「えー、どっちも食べたいよー」

「じゃあ何回か並び直して。それと、一回もらったものは絶対食べなきゃだめってルールだからな」

「うーん、わかった」


 あどけない口調でうなずく女の子、その後ろにいる他の子供達も口々に了解した。

 そのやりとりを見て、最後尾のソフィアが感心した様にいう。


「いつもながら、遊びのルールを考えるのが本当に上手いな」

「オゴ♪ お兄ちゃんって面白いよね!」

「それじゃあ行くぞ、じゃんけん――」

「ぽい!」


 直人はグーを出し、女の子はパーをだした。

 直人は串でたこ焼きを一個刺して、女の子に渡した。


「はい、勝ったからタコの方ね。次、じゃんけんぽい! はい肉ね。次、じゃんけん――」


 直人は子供達とじゃんけんしていった。

 勝った子にはたこ入りのたこ焼き、負けた子には肉のたこ焼きをあげた。


「あれ? お兄ちゃん、グーしか出してないよ?」

「ああ、そうだな」


 ミミが不思議そうに言って、ソフィアが得心顔でうなずいた。

 そんな二人のやりとりを聞いて、直人はにこりと微笑んだ、

 ゲームというていだが、勝敗はどうでもいいのだ。

 そういう体裁を取っているだけで、実質子供達に自由に選択させる権利を与えた、という事である。

 次第に子供達も直人がグーしか出していないことに気付き、全員がパーとチョキで、好きな方のたこ焼きを選んだ。

 ミミはパーをだした、直人から受け取ったたこ入りのたこ焼きを大喜びでほおばった。

 そして、ソフィアの番。


「ナオト、わたしは肉の方だ」

「だめだよお姉ちゃん、じゃんけんしないと」


 ミミが言った。子供達もそーだそーだという。


「そうか? そうだな。じゃあナオト、じゃんけんだ」

「……ああ」

「じゃんけん……」

「ぽい!」


 ソフィアは負けるために、チョキをだした。

 そしてナオトは――はじめてパーをだした。


「なっ――」

「はい、あんたの勝ち」


 ナオトはたこ入りのたこ焼きをソフィアにあげた。

 差し出される串とたこ焼き、受け取ったソフィアは愕然となった。


「な、ナオト、なんだ今のは」

「なんだ今のはって、普通にじゃんけんだが?」

「しかし、ナオトはグーしか出さないはずじゃ」

「おれはそんな事一言もいってないぞ。じゃんけんで勝ったらタコ、負けたら肉としか言ってない」

「しかし」

「ほらほら、後がつっかえてるから。肉のを食べたかったらそれを食べたらまた並んで。あっ、ちゃんと全部食ってからな」

「くっ!」


 うめき声をもらし、ソフィアはそこをどいた。

 ソフィアのあと、たこ焼きを焼きながら、子供たちとじゃんけんをする直人。

 彼はグーしか出さなかった。

 それをじっと見つめるソフィア、彼女は決意した顔で――おそらくは壊滅させるべき大軍に立ち向かっていく時と同じ顔で、たこ焼きを丸呑みしてから再び列に並んだ。

 順番がやってきて、彼は直人の顔を見つめた。

 その顔は、「わかったぞ」という顔だった。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「『おれはグーしかださないぞ』という心理戦です」


 ミミの疑問に、パトリシアが答えた。

 パトリシアはにこりとしていたが、ミミはきょとん、となっていた。


「行くぞ直人」

「ああ」

「じゃんけん――」

「――ぽい!」


 あいこなしに、勝負がついた。

 裏の裏を読まれたソフィアが、またしても負けてしまう。

 直人はタコ入りのたこ焼きを彼女に渡す。


「はいどうぞ」

「……くっ」


 呻くソフィア、直人は子供達に目を向けながら、ソフィアに向かって言う。


「次からダブルチャンスなー。二回連続でやって、二回目に負けたら同じのをもう一個おまけでつくってルールね、負けたら今まで通りね」

「どういうこと?」


 こどもの一人が首をかしげていった。


「じゃあお手本を見せよう。ソフィア、もう一回じゃんけんだ、今度は本当にグーしか出さない」


 直人はそう言って、拳をすぅとだした。

 そこれはぐう、腕を振らないように、グーをし続ける。

 ソフィアは半ば思考停止して、負ける(肉の)ためにチョキをだした。


「はいダブルチャンス、負けたから同じのをもう一個な」


 負けたのに、タコの方をもらったソフィア。

 両手にタコのたこ焼きを持つソフィア。

 呆け顔に、ダブルたこ焼き。

 彼女はおそるおそる、それを交互に見比べる。

 たこ焼きとたこ焼き、片方からは足の先端が飛び出している。


「食べないのお姉ちゃん、お兄ちゃんのお料理、いつもより美味しいよ?」

「好き嫌いはだめだぞー」


 直人は子供や子犬と接する時の口調で迫った。優しげで、子供に言って聞かせるような口調。

 ソフィアは意を決して、口の中に入れた。

 二つを、同時に。


「熱っ、あちちち……」


 たこ焼きの熱さに、ソフィアは口を押さえてはふはふ(、、、、、)した。

 涙目なのは、どっちが原因だろうか。直人はクスリとなった口元を隠した。


 その後も、子供達にはグーだけを、ソフィアとは心理戦を繰り広げた直人。

 ソフィアはこの日、最後までタコしか食べさせてもらえなかった。

 直人も最後まで、「くっ殺せ」が聞けなかった。


 引き分けである。

試合に勝って勝負に負けた、そんなお話。


昔住んでいた所に、週一で改造ワゴン車のたこ焼き屋がやってくるんですが、基本は3つで100円なのですが、じゃんけんでかったら一個おまけのルールだったんです。

でもって子供相手だとグーしかださず、知らないで負けた子供にも「じゃあもう一回」ってグーを出し続ける素敵なおっちゃんでした。


そのおっちゃんの事を思い出しながら書きました。

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