姫騎士と蛸(上)
街外れのキャンピングカー、直人は縁側の先にレンガを使ってかまどを作っていた。
積み木の要領で、「コ」の字型にレンガを積み上げていく。
一層積み上げていくごとに、間に粘着性の高い泥をセメント代わりに塗り込む。
そうしてできあがった簡易的なかまど。それほど頑丈ではないが、一度や二度の使用ならば耐えられる程度の作りだ。
「マスター、かまどにする必要はあるのでしょうか」
「おれの予想じゃ下はデコボコだろうから、IHヒーターはつかえない。直火でやるしかないなら、かまどを作ってやった方が楽しいだろ」
「楽しい、ですか」
「ああ、楽しいね」
「わかりました」
納得するパトリシア。そのままトレードマークの穏やかな微笑みを浮かべ、直人を見守った。
直人は出来あがったかまどの中に薪をくべていきながら、頭の中にあるイメージにそって微調整する。
そうしているうちにソフィアが戻ってきた。
昨日はプリンセスドレス姿で馬車を乗って行き来した街から、今日は鎧姿で大きな鉄板を抱えて、自前の炎の馬にのって戻ってきた。
彼女は直人の前で下馬し、彼に鉄板を差し出し、炎の馬を消した。
「戻ったぞナオト、これでいいのか?」
「どれどれ……うん、ばっちりだ。ありがとう」
「そうか、ナオトの説明で作らせたのだが、鉄匠がいうにはこんな特殊な形で作るのはじめてだそうだ」
「あんたも見た事ないのか?」
「そうだ」
「そっか、なら、これから作る料理も食べた事が無いんだな」
「多分そうだと思う」
直人は受け取った鉄板をかまどの上にのせて、ソフィアにいう。
「戻ってきて早々で悪いけど、火を起こしてくれないか」
「たやすいことだ」
それを予想していたのだろうか、ソフィアは乗ってきた炎の馬は消したが、炎髪をきらめかせたままだった。
直人に言われて、かまどの薪に火をつけてから、今度こそ銀色の髪に戻った。
薪は一瞬で火がついて、パチパチと燃えはじめた。
十分な火力に。鉄板の上から陽炎が揺らめくようになった。
「これで何を作るのだ?」
「たこ焼きだ」
「タコヤキ?」
首をかしげるソフィア、彼女はイントネーションの怪しい発音でいう。
彼女が持ち帰ったのはただの鉄板ではない、ある程度の厚さをもち、同じ間隔で丸いくぼみが五×五の二十五個が作られている鉄板だ。
作りは甘いが、たこ焼きを作る機能を充分に備わっているようにみえる一品だ。
その鉄板と直人を交互に見つめ、眉をひそめるソフィア。
「ナオト……もしかしてそれはタコを焼くのか?」
「そうだ、厳密には違うけどな。直には焼かないんだ」
「そ、そうか」
何故か歯切れの悪いソフィア。
どうしたんだろうと思いつつも、直人はいったんキャンピングカーの中に戻って、あらかじめ作っておいた生地とタコをもってきた。
両方ともボウルに入っているが、タコの足はまだ切り分けられていない状態で、にょーん、とボウルの端に引っかかって半分くらいはみ出ていた。
「こういう料理はまだ調味料が残ってる内に作っとかないとな。ソースは切れたらどうしようもないかもなあ、カツオ節とか余裕で作れるけど、ソースはなあ。ソフィア、あんたソースってのをしってるか?」
「……」
「ソフィア?」
返事がないソフィアを訝しんで、直人は彼女の方を見た。
そこに、青ざめた顔の姫騎士がいた。
「どうしたんだ、一体?」
「……」
「マスター、タコ、なのではありませんか?」
答えないソフィアの代わりに、横からパトリシアがプルン、とおっぱいを揺らしながら言ってきた。
「タコ?」
直人は訝しみながら、ソフィアの視線を追いかけた。
確かに彼女はじっとタコの入ったボウルを見つめている。まるっきり怯えている目だ。
まさか、と直人は思い、ソフィアに聞く。
「ソフィア、あんたタコが怖いのか?」
「……」
「おーい」
あまりにも返事がないので、試しに、タコ入りのボウルを彼女の目の前に突きつけた。
「ひぃ」
ソフィアの口から悲鳴が漏れた。
確実にタコが嫌い……いや怖いんだなと直人は理解する。
「ダメなのか、タコ」
「そ、そんなこと――」
「ほれ」
直人は足を一本摘まんで、ソフィアにひょいと投げた。
タコの足は放物線を描いて、ソフィアの首に絡みついた。
彼女はビクッとなって、そのまま固まってしまった。
「やっぱり怖いんじゃないか」
「くっ……こ、こんなの」
「タコが怖いのか、デビルフィッシュ的に? それとも北斎的に?」
「ほ、ほくさい?」
「わからないよな……姫騎士ホイホイかオゴオゴ的にっていうのと同じ意味だ」
「うっ」
「そっちか」
直人はクスリとなった、いつか触手型のモンスターに出会ったら自分が何とかしなきゃダメかもなと思った。
「まあ、そういうことなら仕方ない」
「べ、別に怖くないぞ。こんなの生臭いだけでべつに――きゃん」
意地をはるソフィアに、直人はもう一本、タコの足を投げつけた。
タコの足は汁とともに、ソフィアの顔に絡みつく。
彼女は更に弱々しくなった口調で抗議した。
「な、何をするんだナオト……」
「いや、なんとなく」
「なんとなくって……ひゃん!」
「ほらも一本」
「や、やめ――」
「それもういっ――」
直人が調子にのって、一本くらいは口の中にねじり込んでやろうか、と思っていたその時。
「お兄ちゃん!」
遠くから、ちょっと怒った様子のミミの声が聞こえてきた。
はじめて聞くそんな声、振り向くと、街の方から五人くらいの子供と一緒にやってきたミミが、途中からトタタ、と小走りでやってくる姿がみえた。
愛らしい動きはいつも通りだが、顔はが怒っているように見える。
「ミミか、おかえり――」
「お兄ちゃん、めっ」
「え?」
「食べ物で遊んだらめっ、だよ」
「……」
ミミは人差し指を直人の鼻先に突きつけてきた。
全くの正論、逆転した立場。
直人はばつが悪くなった。
姫騎士の触手責めに盛り上がってしまって、そんな当たり前の事を忘れてしまっていた。
「ごめん」
直人は素直に謝った。
片膝を立ててしゃがみ込んで、目線の高さを合わせてから、頭をさげて謝った。
「ごめんな、もう、食べ物で遊ばないから」
「うん! お兄ちゃんいい子いい子」
ミミは頭を撫でてきた、それでますます恥ずかしくなった。
彼は気を取り直して、ミミに聞いた。
「それよりも、あの子達がミミのこの街の友達なのか?」
「うん!」
「そっか、ここでもいっぱい友達作ったな。すごいな」
直人は心底そう思った。
新しい街につくたびに、ミミは短い滞在期間ですぐに友達を作ってしまう。
昼過ぎに到着して街の中に入ったと思ったら、夕方には大量の友達を連れて遊びに来る。
直人にはとてもまねできないような事だ。
そんなミミとその友達に、次の街に旅立つ前日に招待し、料理を振る舞うのが直人のくせになっている。
まるっきり保護者である。
「さて、そろそろはじめよう。今日はたこ焼きパーティーだ」
「オゴ♪」
ミミは大きくうなずいて、子供達の所に戻っていった。
お兄ちゃんのお料理すごく美味しいんだよ、という台詞が聞こえてきて、ちょっとだけ背中がむずむずした。
そうしてさあたこ焼きを作り始めようかとした彼に、ソフィアが弱々しく話しかけてきた。
タコの足に絡まれたままで。
「な、ナオト……これ、取ってくれ」
「うん? ああごめん、今取ってやるから。本当ごめん」
直人は謝りつつ、たこの足を取ってやった。
それをパトリシアが受け取って、キャンピングカーの中に戻っていき、洗ってきてくれた。
タコ責めにあい、顔中べたべたにしたソフィアが、力なく地面にへたり込んだ。
「タコに……またタコに汚されしまった……」
譫言の様に繰り返すソフィア。
(過去に何かあったのかな、まあ大した事はなかったんだろうな)
彼女の事だ。直人は最後にそう、頭の中で付け加える。
なんとなくそう思いながら、熱した鉄板のくぼみに油を塗り込んでいく。
『蛸と海女』を別窓で眺めながら書いてたら長くなってしまったので、初の前後編になります。
タコの話はもうちょっと続きます。