姫騎士と専業主夫
晴れた昼下がり。街がみえて、小川のせせらぎが聞こえる場所。
止まったキャンピングカーの入り口に、直人とソフィアがいた。
直人はドア側に立っていて、寝起きのぼさぼさ頭をしている。
ソフィアは彼とキャンピングカーと向かいあうように立っていて、プリンセスドレスを着ている。
離れたところに馬車が止まっていて、御者がこっちをみている。
「では、いってくる」
「昼飯は要らないんだな」
「ああ、帰りは夕方くらいになる」
「大変だな。地方貴族とのお茶会だっけ?」
「これもお勤めだ、大した事ではない」
そう話すソフィア。言葉通り、大変だとは思っていない顔だ。
「そうか、かんばれよ」
「はあっ」
彼女は気合いを入れて、銀髪から炎髪に変化させた。
純白のプリンセスドレスに、火の粉を纏いきらめく炎髪。
威厳と気品を同時に感じさせる格好である。
「いってくる」
「いってらっしゃーい」
休日出勤の女房を送り出すダメ旦那のごとく、直人はひらひらと手を振って、馬車に乗り込んで去っていく彼女を見送った。
馬車がゆっくりと街の方に向かっていき、見えなくなるのを待ってから。
「さて、はじめるか」
直人はぼさぼさ頭で半分寝ぼけたような口調のままいって、キャンピングカーからすこし離れた場所に向かった。
そこに何本も、太股ほどの太さを持つ、青々しい竹が何本も積み上げられている。 この街に到着し、王の計らいで補給を受けたときに別途要求したものだ。
直人はそのうちの一本と、これまた用意してもらったのこぎりを一緒に持ち上げた。
「お兄ちゃんおはよー。なにしてるのー」
そこに、今起きたばかりのミミが声をかけてきた、オークとエルフの間に生まれたハーフの少女は今日も元気いっぱいの様子である。
「ああ、おはよう。そうだなー」
直人は持っている青竹とミミ、そして空を見上げる。
すこし考えて、ミミにいった。
「竹とんぼ、作ってあげる」
「竹とんぼ?」
「ああ、みてて」
直人は運転席で「変形」ボタンを押して、縁側をあけた。
そこに座って、竹を斜めに立てかけた。
まずは、のこぎりを使って竹から節を落として、大きな、両側が貫通している筒状にした。
次に同じく用意してもらった鉈を使って、竹を一センチ幅、十センチほどの長さに切り分けていく。
「ここから削っていくんだけど、おれが作る竹とんぼは普通の奴とはちがうぞー」
「どう違うの?」
「普通は皮の面も削るんだけど、おれのは皮の面を丸ごと残すんだ」
説明をしつつ、ナイフを使って小分けした竹の裏を削っていく。
通常竹とんぼを作る際は裏と表を交互に削って、それで斜めにしてプロペラの構造を作っていくのだが、直人は裏だけをひたすら削っていった。
しばらくすると、湾曲のない、薄っぺらいほとんど皮だけの竹ができあがった。
竹とんぼと言うよりは、定規か短冊のような感じだ。
「ミミ、ロウソクをとってきて、パトリシアに火をつけてもらってな」
「オゴ!」
ミミはキャンピングカーの中に飛び込んで、しばらくして小皿の上に載せたロウソクをもって戻ってきた。
「はい、お兄ちゃん」
「ありがとう」
直人はそれを受け取って、縁側の上においた。
「それをどうするの?」
「ああ、コレをな、皮の部分の真ん中をロウソクであぶりながら……ゆっくりまげる」
直人はそういい、言葉とおり定規っぽいの竹真ん中をロウソクであぶりつつ、ひねりを加えていった。
皮はロウソクの火に耐えて、燃えなかった。
しかし熱に耐えきれず、徐々にねじられていく。
しばらくすると、定規状だった竹がねじれて、プロペラになっていった。
「おー、すごい」
「最後に真ん中に竹串をとおして……はいできあがり」
「すっごいー」
「ほら、とばしてみなー」
「うん!」
ミミはできあがった竹とんぼを受け取って、かわいらしい手でこすって、とばした。
竹とんぼはブーン、という音を立てて、まっすぐと上に飛んでいった。
一秒、二秒、三秒……。
実に十秒という滞空時間のあと、ゆっくりと落ちてくる竹とんぼ。
そのことに、ミミは大興奮した。
「すっごい! お兄ちゃんの竹とんぼすっごいとぶね」
「削るだけの竹とんぼに比べて真ん中の肉も落とすから、軽いんだ。あと均等に削ってから湾曲をつくるから、角度も調整しやすくて、まっすぐ上に飛びやすい」
「なんかよくわからないけど、すっごいね!」
「あはは、そーだな」
「もう一回とばしていい?」
「おー、いいぞー」
直人がいうと、ミミは再び竹とんぼをとばした。
今度は斜めに飛ばしたので、竹とんぼは前方に向かって飛んでいった。
「わん!」
それに本能が刺激され、今まで縁側の下に寝そべっていた子犬が駆け出し、竹とんぼを追いかけていった。
地面に落ちた竹とんぼをくわえて、戻ってくる。
座ってしっぽを振る子犬から竹とんぼを受け取って、ミミはさらにとばした。
子犬がそれを追いかけていく。
戯れる一人と一匹を見つめ、直人はほっこりとさせられた。
子供の頃竹とんぼの全国大会にでた思い出も、この光景の前には色あせって感じる。
「……さて、本来の奴を作るか」
直人はのびをして、新しい竹を運んできて、一つずつきりわけていった。
パーツをいくつも作って、それを組み上げていく。
昼をだいぶ過ぎたころ、キャンピングカーのシステムが三時って表示する頃には、竹の桶ができあがっていた。
そこに水を張っても、漏れないほどのすばらしい出来である。
「お兄ちゃん、それは?」
竹とんぼで一通り遊んだミミがもどってきて、直人に聞いた。
「竹の桶だ、今はただのね」
「これをどうするの?」
「ミミ、パトリシアの中にスイカあったよな」
「うん、お畑っぽいところにあったよ」
「それを一個とってきてくれ。持てるか?」
「オゴ!」
ミミは大きくうなずき、キャンピングカーの中に駆け込む。
パトリシアが生えてくる不思議空間に飛び込み、しばらくしてスイカを抱えて戻ってきた。
直人はそれをうけとって、水を張った桶にいれる。
桶のなかで、スイカがぷかぷか浮かんだ。
「これなに?」
「ひやしてるんだよ、こうやって水でな」
「後で食べるの?」
「そうだ」
「そっかー、じゃあ冷えたらよんでね」
ミミはそう言って、竹とんぼをまたを飛ばして、自分でそれを追いかけていった。
「くぅーん?」
子犬は一緒に行かないで、その場に残って、スイカをじっと見つめた。
「あはは、これが気になるかわんこー」
「わん!」
「そかそか。お手」
「わん!」
「お座り」
「わんわん!」
「わんこ、シバドリルだ!」
「わう?」
仕込まれたしつけを忠実に守って命令通りにした子犬だったが、最後のは理解出来ずにちょこんと小首をかしげた。
「あはは、さすがにこれはわからないよな」
「くぅーん」
子犬は可愛らしく鳴いて、桶に更に近づき、あごを縁にのせた。
ゆらゆらと水に漂うスイカと、そこにもたれるようにしている子犬。
直人は愛らしい子犬の首元をわっしゃわっしゃと撫でてやった。そのまま縁側に倒れ込んで、陽気に誘われて昼寝した。
ミミが竹とんぼで遊んでいる声を聞きながらうとうとした。
やがて日が暮れて、一日が終えようとした頃。
街の方から馬車がガラガラガラとやってきて、直人はその音に起こされた。
立ち上がって、キャンピングカーの中にはいって、包丁を持って戻ってくる。
その間、到着したソフィアが馬車からしめやかに降りてきた。
純白のプリンセスドレスに、きらめく炎髪。
出かけた時と変わらない姿だが、戻ってくる足取りはどことなく重かった。
何かがあったわけではないが、純粋に疲れたという顔。
直人はそれをよく知っている、一日中働いて、終電で帰宅したときに窓ガラスに映った自分と同じような顔だ。
「はい、マスター」
直人の意を汲んだパトリシアが白い皿を差し出した。
直人はよく冷えたスイカを切り分けて、皿に載せて、戻ってきたソフィアに差し出した。
「お帰り、お疲れさま」
ソフィアは一瞬キョトンとなったが、炎髪から銀髪にもどるころには、穏やかな笑顔になっていたのだった。
日曜出勤する妻と家を守る専業主夫、そんなお話。