姫騎士と電子レンジと卵
カラッと晴れた昼下がり、走行中のキャンピングカー。
「これくらいの天気なら、予定の十分間を走っても電気は余るな」
「はい、マスター。現在理論値の九割で発電しています」
「毎日がこんないい天気だといいんだけどな」
「それでは、今度は水が足りなくなる恐れがございます」
「水か……」
直人はパネルについてる、水の貯蔵量ゲージを見た。
その辺りはキャンピングカーの化身であるパトリシアが全て把握していて、聞けば確実な数字を教えてくれるのだが、直人はよほど危機的な状況じゃない限り、自分でメーターを見るようにしている。
理由は簡単、オプションで取り付けたパネル、そこにある大量のメーターは男の子のロマンだからだ。
彼の夢をたっぷり詰め込んだパトリシア、その象徴的なものの一つであるメーター類。
それを自分で見ることは、夢に包まれることと同義である。
「つまりおっぱいを見るってことだな」
「うん? なんかいったかナオト」
六畳間和室でミミとお絵かきしていたソフィアが聞いてきた。
「いや、なんでもない」
「うふふ」
直人が平然と否定し、パトリシアが穏やかに微笑んだ。
今夜もおっぱい枕で寝よう、彼はそう決めた。
昼はたくさんのメーターを見て、夜はオッパイに包まれて寝る。
昼間も夜も夢心地の日々である。
「お姉ちゃん、お腹空いたー」
「うむ? そうか。ナオト、レイゾウコの中のものを借りるぞ」
「おー、適当にやってくれー」
直人は適当に返事をした。
適当にやらせて、ダメなら手伝ってやればいいか、と思った。
冷蔵庫の開け閉めの音がして、それから電子レンジの開け閉めの音がした。
「そういえば、電子レンジの使い方わかるのか?」
そういって、バックミラーからソフィアを確認する。
彼女はちょうど、電子レンジのスタートボタンに手をかけている所だ。
「ちゃんと覚えたさナオト、わたしをあまり見くびらない方がいい」
「ほう?」
「ここをおせばいいのだろう? 下手な事をするよりも、ここをおして全部任せた方がいい、そうだろ」
ソフィアは胸を張って、得意げに言った。
時と場合によってはツッコミ満載の台詞だが、電子レンジ相手ならそれは最適解かもしれない。
それで安心した直人は電子レンジの稼働音を聞きながら、バックミラーから目をそらし、再び前を向いた。
「もうちょっと待てミミ、すぐに卵焼きができあがるぞ」
「……卵焼き?」
瞬間、直人はびくっと硬直した。
それは、あり得ない程の不吉さを孕んだ響き。
卵自体は問題ない、プリンを作ったときの残りがある。
卵焼き自体も問題ない、目玉焼きでも卵焼きでも直人は醤油をかける派でそれはまだ充分に残っている。
問題は、いまキャンピングカー内に響くこの音。
「ソフィアあんた――」
直人が聞こうとした、その瞬間。
ど――――ん!
爆発音が車内に響き渡った。
車体が揺れる、思わずブレーキを踏んで、ぎぎぎぎぎと音を鳴らした。
車体が完全に止まり、シートベルトを外してシートごと後ろを向く。
そこに茫然自失としているソフィアと、頭を抱えて爆発から身を守ったミミの姿が見える。
そして、二人の体にも、こたつの上にある書きかけの絵も、天井や畳にも。
あらゆる所に、卵が飛び散っていた。
「ソフィア……あんた……」
直人は呆れた目をした。
「あんた、何をした」
「わ、わたしは何もしてないぞ」
「そんなパソコンを壊した女子の様ないいわけはいいから。何をしたのか言ってみろ」
「卵を焼こうと思っただけだ」
「……卵をレンジでチーンしたんだな」
「そ、そうだ、それだけだ。何もしてないぞわたしは」
「そうだよな……何もしてないよな」
「ああ、そうだ」
胸をはるソフィア。
直人の口調が一変する。
「だけど、実際こうなった。お前は卵をレンジでチーンした、卵は爆発した。なら、これからはどうすればいい」
「もっと新鮮な卵を使う」
「ちがーう! 卵はレンジでチーンしない! そうだろ」
「あ、ああ……」
直人の剣幕におされて、しょんぼりするソフィア。
「ミミ」
「なあに、お兄ちゃん」
「あたらしい紙をだして、今からおれが言った言葉を書いてくれないか」
「オゴ!」
ミミははっきりとうなずいて、言われた通り真新しい紙をこたつの上に出して、ペンを手に取って直人を見た。
「わたしは卵を爆発させた」
「それをかけばいいの?」
「ああ」
うなずく直人、するとミミは紙の上に字を書いた。
子供らしい、大きかったり小さかったりと安定しない字だ。
「これでいい? お兄ちゃん」
「どうだ、ソフィア、ちゃんとかけてるか」
「ああ、ちゃんとかけてる」
「よし、じゃあこれをもってみろ。両手で持って、胸の前で掲げるように」
「こ、こうか」
ソフィアは言われた通り紙を持つ、まるで囚人が写真を撮るときに持つ名札の様な感じになる。
それをみて、直人はうなずき、ドアを開けた。
「おりてくれ?」
「おりるのか?」
ソフィアは言われた通り車から降りた。
「しばらくそこでたってろ」
直人がそう言うと、ソフィアは愕然として、紙と外の道を交互に見比べた。
徐々に、愕然となっていく。
鎧姿の姫騎士、子供の字で「わたしはたまごを爆発させた」の紙を持つ。
「なっ、何を言ってるんだ直人。こんな場所にいたら往来の人間に見られるぞ」
「ああ見られるな、それがどうした?」
直人はきょとん、と言う感じで首をかしげた。
「ど、どうしたって……」
「その紙になにか間違ったことでもかいてるのか?」
「そ、それはないが……」
「なら、問題ないだろ?」
「くっ……」
ぐうの音も出ないという感じのソフィアを置いて、直人は車内に戻る。
「くっ、こんな屈辱をうけるなんて……」
背後から何か聞こえてきたけど、気にしなかった。
「パトリシア、雑巾を出してくれ。とりあえず片付けよう」
「はい、お兄ちゃん」
パトリシアに言ったのだが、先に準備していたミミが雑巾を出してきた。
「ありがとう」
直人は優しげな声で言って、ミミの頭を撫でた。
受け取った雑巾を使って、あっちこっちに飛び散った卵を拭いていった。
ミミはもう一枚雑巾をもって、掃除のてつだいをした。
車外から、パカラ、パカラと馬の蹄の音がする。
音は近づいてきて、キャンピングカーの真横にとまった。
「み、見るな! わたしをみるなああ」
「……プッ」
小さく吹き出す声が聞こえて、直後に馬が遠ざかっていく音が聞こえた。
「くっ……なんたる屈辱、このわたしがこんな屈辱を受けるなど」
「いやならやめてもいいんだぞー」
直人はソフィアにいった。
「……見くびるなナオト、わたしはソフィア・ペイン・エクスシア、自分がやったことに責任くらい持つ」
「なら、そうしてろ」
「くっ」
更に車内の掃除を続けていると、今度はがらがらがら、と馬車の音が聞こえた。
馬車はやはり横で止まった。
「ねーままー、この人がもってる紙になんてかいてあるの?」
「わたしは卵を爆発させた、だって」
「卵って爆発するのー?」
「普通はしないわね」
「へー、そうなんだ」
「……かわいそうに」
がらがらがら、と馬車が去って行く音が聞こえる。
「――――ッ」
ソフィアのぐぬぬ声が聞こえてくる。
声にならない声、うめき声。
よほど恥ずかしく、悔しいようだ。
「我慢だ、我慢するんだソフィア……少しだけの辛抱だ」
またまた、馬の蹄が聞こえてきた。
「これはソフィア殿下、いつぞやの三王会議以来ですな。おや、これは」
「もう殺せえええええ」
どうやら運悪く知りあいに出くわしたようで、我慢を続けていたソフィアの絶叫が辺り一帯に響き渡ったのだった。
大変お待たせしました、「くっ殺」系姫騎士のいっちょあがりです。
昨晩LINEで「なにもしてないのにパソコンが壊れた」というやりとりをリアルタイムでやった時に、このネタが浮かびました。