姫騎士と全滅した一味
雨の中とまっているキャンピングカー。
三日連続で降り続いた雨は、移動する秘密基地をその場に足止めしていた。
「雨、やまないな」
「そうだな」
窓の外を見てつぶやくソフィアに、直人は平然と答えつつパネルを見る。
太陽光発電の数値がほとんどゼロを示している。ガソリンスタンドのない異世界では動力を全てソーラーパネルでまかなっていたが、雨の日でそれによる発電が出来なくて、動けないでいるのだ。
「まあこんな日もあるだろう」
発電量ゼロなのを直人はまったく気にしていない。雨で足止めされるのものんびりできていい、とさえ思っている。
「ただいまー」
「わんわん!」
ドアを開け放ち、ミミと子犬が帰ってきた。
車の中でじっとしていられず、雨の中外に出て遊びにいっていた。雨の中を駆け回っていたので、一人と一匹はびしょ濡れである。
「ミミ様待ってください、今タオルを出しますから」
「うん!」
子犬を抱きかかえたミミは入り口の所に立ち止まり、足元に大きな水たまりを作る。
まだ遊び足りていないのか、ミミはうずうずした様子で、水たまりをパシャパシャ踏みしめている。
その時、窓の外がピカっと光った。
数秒遅れて、ゴロゴロゴロ、と空が鳴った。落雷である。
「キャン!」
子犬が怯えて、濡れたまま車の中に飛び込んで、こたつの下に潜った。
こたつは布団を外してタダのテーブルとして使っているので、子犬のすがたが丸見えだ。
「わんちゃん、雷がこわいの?」
「くぅーん」
子犬は隠れたまま、か細い声でなった。
「わんちゃん。こっちおいで」
「くぅーん」
「おいでー」
ミミの誘いに、子犬が乗った。
こたつから飛び出て、ミミの懐に戻っていった。
微笑ましい光景を眺める直人はあることが気になって、ソフィアの方を向いた。
「そういえば、あんたは大丈夫なのか?」
「なにが?」
「雷」
女の子は雷を怖がる者が多いので、直人はそれを聞いてみたのだが。
「大丈夫だ、わたし自身も、そしてこの鎧も雷に対する耐性がある。神罰級の雷でもない限り問題はない」
ソフィアははっきりと答えた。
「いや、そういう話じゃないんだが……まあわかった、ありがとう」
「? 変なナオト」
首をかしげ、不思議そうな顔をするソフィア。
その直後にもう一度雷がさっきより近い場所で落ちた。子犬がまた悲鳴をあげて、よりミミにしがみついた。
それでもソフィアは顔色一つ変えず平然としている。怖くないというのは本当のようだ。
「すこし期待したんだけどな」
「うん? なんの話だ」
「いや、暇だからなんか変化がほしいな、って話」
「ああ、それは同感だ」
ソフィアがうなずく。
そんな彼女をちらっと見て、直人は大きなあくびをした。
あくびは伝染した、まずミミが同じように人目をはばからずにあくびして、それからソフィアが涙を浮かべてつつ、かみ殺す様なあくびをした。
「そういえば、梅雨ってあるのか?」
この世界にもそれがあるのかどうか分からない直人は、ソフィアに聞いた。
「あるぞ。そういえばそろそろそんな季節か」
「あるのか」
直人はうなずき、窓の外を見る。
「梅雨のあいだはどこか街の近くにいた方がいいよな。こんな風に足止め喰らってたら色々不便だ」
「たしかにそうだな。それなら次の街でしばらく滞在していこう」
「そうだな」
うなずきあう直人とソフィア。
「マスター」
そこに、パトリシアが話しかけてきた。
どうしたんだろうかと目を向けると、ミミを拭き終わった後のパトリシアが半透明になっているのが見えて、直人は驚いた。
「パトリシア? あんたどうしんだ? なんか薄く――透明になってないか?」
「すみませんマスター、もう限界のようです」
「限界?」
「はい」
パトリシアはそう言い、壁にあるパネルを見た。
視線に釣られてそっちを見ると、パネルの中にあるバッテリーのアイコンが赤くなっていて、すっからかんな表示をしている。
電力切れ、ということだ。
「あんた、電力で存在していたのか」
「そのようです」
「そっか……」
申し訳なさそうな顔をするパトリシア。その体は急速に透明になっていく。
「すみませんマスター、雨が上がった後に」
「気にするな。またな」
そう言った直後に、パトリシアが完全に消えてしまった。
横からソフィアが聞いてきた。
「太陽の力がなくなったから、消えたのか?」
「そうみたいだ」
「そうなのか……」
ソフィアが言った瞬間、窓の外がまた、ピカッ、ゴロゴロゴロとなった。
「雷の力ではだめなのか? 似たような力だと前に聞いたことがある気がするが」
「無理だな」
直人は即答する。
大金を積んで様々な最新鋭のオプションを搭載したキャンピングカーだが、雷からエネルギーを得るシステムは積んでいない。
「まあ、晴れたらまた出てくるさ」
「そうだな――あっ、明かりが消えた」
「完全にバッテリーがなくなったんだな」
そういって、天井を同時に見上げる直人とソフィア。
LEDの照明までが消えて、車内が一気に暗くなる。
子犬がますます怯えてしまっている。
「子供の頃、台風の日のことを思い出すよ」
「台風の日? どういう事だ?」
「子供の頃住んでたのは結構な田舎でさ、台風が来る度に停電するんだ」
「テイデン……今みたいな状況のことか」
「そうだ」
「お兄ちゃん、台風って何?」
子犬を抱いたまま
「台風ってのは今よりもっと強い雨がふって、風が吹く天気の事だ」
「風、強いの?」
「ああ、ミミくらいなら吹っ飛ばされるくらい強いぞ」
「うわー、なんか怖いね」
「それも慣れれば楽しいぞ」
「楽しいの?」
「ああ、楽しいぞ……そうだ」
直人はポンと手を叩いて、立ち上がった。
車体後方にある貯蔵室に行って、そこからロウソクを取り出して、戻ってきた。
「ロウソクをつけるのかナオト? まだ明るいから大丈夫だと思うが」
いぶかしむソフィア、直人はほほえんだまま答えることなく、ロウソクに火をつけて、こたつの上に立てた。
キャンピングカーの中で揺らめく炎が、三人と一匹を照らし出す。
暖かみのある炎に直人は満足して、ソフィアに聞いた。
「どうだ?」
「どうだ、といわれても」
ソフィアは首を傾げた、が。
「オゴオゴ♪ なんか楽しそう」
「だろ?」
直人はうなずき、得意げな顔でいった。
「停電したときのロウソクってなんか楽しいんだよな。この頼りない感じとか、揺れる感じとかさ」
「これじゃだめなのか?」
ソフィアはそういって、炎髪になって、手のひらを上にして炎の玉をだした。
「これも炎だぞ」
「うーん、なんか違うんだよな」
「うん、なんかちがうよねお兄ちゃん」
「なにが違うのだ?」
ソフィアは首をかしげて、炎髪と炎の玉をしまった。
「説明は難しいけど、とにかく違うんだ」
「ちがうよねー」
「むぅ、まったくわからないぞ。わたしにもわかる様に説明してほしい」
「といわれてもなあ……」
さてどう説明したものか、と直人が頭を悩ませていたが。
そこで、ある事に気づく。
ついさっきまで怯えていた子犬が、いつの間にかミミから離れて、からだを丸めて畳の上に眠りに落ちていた。
ロウソクの炎に、温かい光に包まれる小さな体。
彼はそれを指さして、ソフィアに言った。
「こんな感じだ」
「むぅ……」
それでも分からない、という顔をするソフィア。
「ふあーあ」
その横で、大あくびをするミミ。
「ミミも眠くなったか」
「うん、ちょっとだけねるね……」
「ああ、お休み」
「おやすみなさい……」
ミミはそう言って、子犬の横に寝そべって、そのまままぶたを閉じた。
彼女に薄手の毛布を掛けてやってから、窓の外を眺めた。
しとしと降る雨の音、ゆらめくロウソクの炎。
大きな何か包まれたような、そんな安心感の中。
「そうだ、次の――」
視線を戻し、話しかけようとした直人。
しかし、話しかける相手はいなかった。
分からない分からないと言っていたソフィアは、いつの前にか、うつら、うつらとしていた。
子犬、ミミ、ソフィア。
全員が、夢の世界に誘われていた。
直人はクスリと笑って、子犬を抱き上げてみかん箱に戻す。
もう一枚毛布をだして、ソフィアにかけてやり、ついでに口元につー、と垂れているよだれも拭いてやった。
そして、ついさっきまで座っていた場所に戻り、壁をポンポン、と触れて。
「お休みなさい」
そう、パトリシアに言う。
ロウソクの揺らめく炎、しとしと降りしきる雨の音。
それに包まれて、直人も、ゆっくりと眠りに眠りに落ちていくのだった。
停電ではないが、子供の頃、しめ切った倉庫の中にロウソクを持ち込んで秘密基地ごっごをするのが大好きでした。
真っ暗な場所だとちょっと頼りない炎だけど、逆に安心感を与えてくれる頼もしい存在でもあります。
ちょっと矛盾していますかね(汗)。