姫騎士と生物兵器
キャンピングカーの中、六畳間の和室。
直人は畳の上に立って、壁に埋め込まれている5インチの液晶型コントロールパネルを見つめている。
画面の中は様々なグラフと数字が表示されている。それも彼がオプションとしてつけさせたもので、このキャンピングカー全体のシステム管理するためのものだ。
そこにガソリンと電気、水の残量はもちろんの事、太陽光発電の現状から、内外の温度や湿度、さらには気圧に至るまであらゆるものを数値化している。
様々な数値の中、電気と水の量だけがハイペースで減っていった。
なぜなら、ソフィアが今シャワーを使っているからだ。
このキャンピングカー……パトリシアで特にこだわったオプションの一つに、大容量のタンクと高性能ボイラーによるシャワー機能があって、それによって通常の建物とほとんどかわらない感覚でシャワーを浴びる事ができる。
そのこだわりのシャワーの初めてをソフィアにささげたのだが、ある意味これでいいと思った。
なぜなら使用中に本来なら自分で確認できない、コントロールパネルを目で確かめられたから、結果オーライというものだ。
そうして全体のシステムが機能している事を確認した直人だったが、二つ、エラーを出している項目を見つけた。
GPSと、ネットワークの現状をしめす項目だ。
GPSはNot Foundとなってて、ネットワークは圏外表示されている。
エラーこそ出ているが、現状を踏まえるとむしろ正常に機能しているとも言える。
「通信系だけ全滅って、やっぱり異世界だからかなあ……」
つぶやき、今度はちゃんと機能してる気圧の項目をみた。
「気圧は950――大体標高500メートルくらいか。元の世界の常識が通用すればだけど」
頭の中でざっくりと計算しつつ、モニターを見つめ続けていた。
ふと、水の残量がが早くも半分を切っている事に微かな驚きを覚えた。
原因はもちろん、ソフィアが使っているシャワーだ。
「……ごくり」
思わず喉が鳴ってしまった。
パネルは運転席側にあって、シャワー室は車体の後方にある。
彼はさっきから、それを見つめることで「シャワー」から意識を反らそうとしていたのだ。
が、そのパネルに示された極端な数字の減りで、結局はその事を思い出してしまう。
思わずチラッ、と背中越しに背後をみた。
シャワー室の前、脱衣カゴ。そこにソフィアが脱いだ服と鎧を見つけて、彼はまた喉を鳴らしてしまう。
「もし」
「――っ!」
水音が止んで、中からソフィアの冷たい声が聞こえてきた。
その声に心臓をわしづかみにされたかのようだ。
「覗いたら……どうなるか分かってるな」
「ののの覗くわけないだろ、会社の中でも草食系男子で有名なんだぞおれは」
「その意味はわからんが、ならいい」
そうとだけいって、またシャワーの水音が聞こえてきた。
このままじゃヤバイ、と直人は慌ててドアを開けて、キャンピングカーの外ににげた。
夕焼けに染まる車の外、モニターに外気温15度と表示されたそこはやはりちょっとだけ肌寒かったが、それが却って良かった。
そこにしばらく立っていると頭が冷えてきたからだ。
冷静になった彼は手をこすりつつ、キャンピングカーの周りをくるっと一周した。
周りに木や草など様々な植物があった。
ほとんどがみた事のないもので異世界の植物かな思ったが、機械とは違って、植物でパッと見て分かるのは子供の頃にさんざん綿毛で遊んだタンポポくらいなので、判断がつかなかった。
「足が生えて歩ける木とか触手がにょろにょろして花とかだったら分かりやすいんだが」
彼は頭の中に持つ、異世界の植物に対する印象をつぶやく。
それくらい突き抜けてたらなあと軽くため息ついた。
「本当、ここはどこなんだろうな」
独りごちて、夕焼けの空を見上げた。
トンネルを抜けると異世界であった――などという大御所が墓場から助走をつけながら殴ってくる突飛すぎる状況。
当然、彼の常識がそれを否定しようと動くが、そこにさっき見たオークを思い出してしまう。
豚の頭と、良くも悪くも相撲取りみたいな体をしている不思議な生き物。
かつてカンガルーの写真をを見た時は「リアル獣人だ!」という感想を持ったことがあるが、さっきのオークはそれ以上に変なリアリティのある獣人に見えた。
何よりその反応である。
「着ぐるみじゃないよなあ……バスにひかれそうになってもオゴオゴって演技できたらすごいわ」
その時の事を思い出し、苦笑いする。
もう少し異世界かどうかを判断出来る材料を求めて、彼はもう少し捜索範囲を広げることにした。
「クゥーン」
今度は見覚えのない植物とは違って、聞き覚えのあるタイプの鳴き声が聞こえた。一発で犬のそれだと分かる鳴き声である。
「豚男の次は犬耳っ娘か?」
的外れな期待を持ちつつ、声の方向に向かっていく。
そこにいたのは期待してた人型の犬ではなく、普通の柴犬によく似た見た目の子犬だった。
その子犬は、モンスターに囲まれていた。
そう、モンスターだ。
植物とは違ってどう見ても、どうひいき目に解釈してもモンスターとしか言いようのない集団。
そこにいたのはこれまたファンタジーによく見かける軟体生物、スライムと呼ばれるようなものだった。
スライムの集団はゆっくりと子犬を追い詰める。
「助けなきゃ」
追い詰められた先どうなるのか分からなかったが、子犬の怯えた瞳を見て分かりたくもないと思った。
直人は足元に転がっていた棒きれを拾い、へっぴり腰ながらも構えた。
「待て」
子犬のため飛び出そうとしたその時、背後から凜々しい声が彼を呼び止めた。
「ソフィア!」
声を上げて振り向く、そこにシャワーを浴びているはずの、鎧姿のソフィアの鎧姿が立っていた。
「わたくしがやる」
彼女はそう言って、直人を追い越し、一歩前に進み出た。
瞬間、ほっとする直人である。手の中にある棒きれなんかより姫騎士の凜々しい姿に安心を覚える。
一方、スライム達はソフィアが現れたのを機に一斉に動きを止めた。そこで一呼吸間をあけた後、今度は一斉にソフィアの方に向かってきた。
直人ではなく、明らかにソフィアの方に。
「やはりこっちに来るか、種族としての摂理を踏み外した者どもめ」
どういう意味だろうか、と直人が思っていると。
直後、彼女の髪の色が変わった。ついさっき炎の魔法を撃ったときと同じ、静かに輝く銀色から燃えるような赤に変わり、風もないのにふわりと火の粉をまき散らしながらなびきだした。
両足を肩幅くらいに広げ、右手を突き出す。火の粉がみるみるうちに集中していった。
そうして放った炎の魔法で、スライムを一掃した。
「おお、すげえ」
一瞬でスライムの大群を焼き尽くした炎の魔法に、直人は感心して思わず手を叩いた。
なんとなくだめな人かも知れないというイメージがつきかけていた彼女だった、さすが姫騎士だと盛大に見直した。
自分が株を上げたことも知らずに、ソフィアは子犬をむいて、手をさしのべた。
「さあ、もうだい――」
話しかけた途中で、子犬は怯えた鳴き声をだし、しっぽを巻いて逃げ出した。
逃げた子犬と、燃え盛る髪の色ソフィア。
「怖かったんだなあ……」
交互に見比べた直人がつぶやく。
助けたは良いものの、やり過ぎて、助けた相手にもどん引きされたというのはままあることだ。
子犬に逃げられたソフィアは手を差し出したまま固まっていた。銀色に戻った綺麗な髪が哀愁を誘う。
やがてその手は力なく垂れ下がり、気持ち肩を落としてしまう。
「ま、まあ気にするな」
「気にしてはいない」
慰めると、ソフィアはキリッ、と表情を作った。顔を上げて、直人をまっすぐ見つめる。
そんな凜々しい姫騎士らしい表情できびすを返し、キャンピングカーに戻っていく。
明らかに意地を張ってる後ろ姿を気の毒に感じた。
彼女を慰めようと思った。
後ろから追いつき、声をかける。
「お茶、飲むか?」
「茶?」
「ああ、お茶。そうだ、せっかくだから縁側で飲もう」
「エンガワ?」
首をかしげて、平坦な発音でオウム返しした。
こたつの時も似た様な事をしていたので、知らないものなんだな、とすぐに理解した。
キャンピングカーに戻ってきた直人は横の入り口ではなく、車体後方に回って、そこのドアを開いた。
メーカーオプションにはない、オーダーメイドの縁側。
その縁側と空を一度見比べてから、今度は運転手席に乗り込んで、車を動かして車体の向きを変えた。
車の後ろを――縁側を夕日の方に向けたのだ。
「これ動くものだったのか?」
キャンピングカーが動いてる所をはじめて見たソフィアは驚いたが、それは今重要な事ではない。
縁側ごしに差し込む夕日。彼はその光景に満足した。
「ナオト?」
「あんたはそこに座って、少しまってて」
「ここか?」
「そうだ、ちょっと待って」
夕焼けに染まる縁側に座った姫騎士を確認してから、直人は中に入って、キッチンスペースで湯を沸かしてパックの緑茶を湯飲みにいれた。それをもって縁側に戻って、訝しむソフィアに手渡す。
「はい、どうぞ」
「これは……文字か?」
「うん? ああ湯飲みに書いてるこれか。寿司文字っていうんだ」
「スシモジ」
「それはどうでもいいから、ここでお茶を飲んでみて? お茶はわかるよな」
「茶は、まあよく飲むが……」
ソフィアは少し迷って、上品に茶を一口飲んだ。
直人のこだわりとしてここはズズズと音を立てて飲んでほしかったが、パスタを食べ慣れた欧米人にラーメンを振る舞うような割り切りであきらめた。
「あぁ……」
ソフィアの口から息が漏れる。
効果あり、と見た直人は更に追撃をかける事にした。
今度はホームセンターで買ったガラス製の風鈴をとりだし、縁側の上に取り付けた。
そこに、ちょうど風が吹く。チリン、と綺麗な音がなった。
「ほわ……」
鎧姿の姫騎士がほげえ、となった。
夕焼けに染まる縁側、熱々の日本茶、風鈴が奏でる音色。
シナジーを生む3コンボ。
姫騎士にとってもはやオーバーキルも同然で、さっきまでの凜々しさをすっかりなくしてしまった。
「ふっ」
「――はっ!」
我に返ったソフィア、彼女は顔を真っ赤にして、微笑んでいる直人をにらんだ。
「き、貴様、また妙な魔法を使ったな」
「空間魔法ってやつかもな」
「くっ、この卑劣漢め」
「ちなみに言っとくけど、まだまだこんなもんじゃないぞ。この縁側は夏になってからが本番だからな」
「なっ――」
絶句してしまうソフィア、今し方体感したことで、夏になった時の事を想像したのだろう。
こたつの時もそうだが、彼女の反応がいちいち面白くて、からかいたくなってしまう。
「その時どうなるのか、くく、楽しみだな」
「くっ……こ、こんな所にいられるか!」
湯飲みを縁側において、立ち上がって立ち去ろうとする。
「くぅーん」
彼女を呼び止めようとしたが、その前に聞き覚えのある鳴き声が割り込んできた。
声の方に目をむけると、さっきの子犬が木の陰から顔をだして、こっちの様子を伺っているのが見えた。
「さっきの子犬だな、戻ってきたんだ」
「あっ、こっちに来る」
柴犬のような子犬はソフィアの横を通り、縁側に登ってきた。体が小さくて苦労したが、何とか自力で登る事ができた。
夕焼けに染まる縁側に、子犬はそのまま伏せた。
縁側デビューした異世界子犬。
その姿はとてつもなく可愛かった。
「ほにゃん……」
ソフィアの顔がだらしなくにやけてしまうくらいには可愛らしかった。
「ソフィア」
「……はっ」
「こんな所にいられるか、だったよな」
「うっ」
「なら、部屋の中に戻ってもいいんだぞ」
「いあ、いや。この子犬がまた狙われるかもしれん。一度助けたのだから、最後まで責任を持つ」
「……つまり?」
「ここにいてこの子を守る」
そう言って縁側に座り直したソフィア。
意地っ張りなソフィアに、今度は直人がほっこりさせられた。
直人も縁側に座った。
二人と、一匹。
チリン、と風鈴が鳴った。