姫騎士とゼロヨンニート
初夏の荒野、夢のキャンピングカーと炎髪の姫騎士。
直人は車に乗ってハンドルを握っていて、ソフィアは炎髪をきらめかせて、車の外で炎の馬にまたがっていた。
「負けないぞ、ナオト」
「……どうしてもやらないといけないのか」
「そうだ」
「……気が進まないけど、しかたない」
直人はうなずき、ハンドルを握り直した。
その横で、ダッシュボード下のボックスから生えているパトリシアが豊かなオッパイをゆらしつつ説明する。
「では、ルールの確認をします。マスターとソフィア様が同時にスタートして、四百メートル先にある一本木に先に到達した方が勝利となります。それでよろしいでしょうか」
「うむ、それでいい」
「判定は、ミミ様にお願いします」
「うん! わんちゃんと一緒に木の下で待ってるね」
「わん!」
審判になったミミは子犬と一緒にキャンピングカーから降りて、トタタタ、とゴールに指定された木に向かって駆けていく。
「では、準備してください」
パトリシアがそういい、炎髪のソフィアがまっすぐ前を見つめた。
遠く遠く、明日を見据えるような眼差しと、きりっとした横顔。
もはやこっちの声など届きそうにない、集中している様子である。
それを見た直人が微苦笑し、パトリシアが念押しする様な口調で確認してきた。
「どうしますか、マスター」
「そうだな。勝つのか負けるのかは別として、とにかく全力を出そう、そうしないと後でうるさそうだ」
「わかりました。ではマスターはとにかくアクセルをめいっぱい踏み込んでください。あとはわたしが何とかします」
「なんとかって、何をどうするんだ?」
直人は訝しむ表情で、パトリシアを見つめた。
今からソフィアとするのは直線でのスピード勝負、いわば百メートルダッシュの短距離走だ。
彼からすればスタートからアクセルをとにかく踏み込めば全力を出したことになるというイメージなので、パトリシアの「任せて」が何を意味してるのか分からなかった。
「ギアチェンジをします」
「ギアチェンジ?」
「はい、オートマチックですが、直線加速に合わせてギアチェンジを更に最適化します」
「なるほど……わかった、任せる」
「はい」
直人がいうと、パトリシアは穏やかな微笑みに力強い声で返事をした。
あなたに勝利を。
直人はまるで、そんな台詞が聞こえた様な気がした。
「お兄ちゃーん、お姉ちゃーん。もーいーよー」
「わん! わんわん!」
400メートル先から、木の下にたどりついたミミが手を振って大声で呼びかけた。その横にいる子犬もしっぽがはち切れんばかりに振っている。
野外なので、声がよく通る。
審判の準備が出来たようなので、直人はソフィアに声をかける。
「それじゃ、はじめようか」
「問題ない」
「このコインが合図だ、地面に落ちた瞬間スタートな」
そういい、彼女にコインを見せる。
無言で頷くソフィア。それを確認して、親指を使ってコインを親指で真上にはじく。
くるくるくると回るコイン、それが地面に落ちた瞬間、キャンピングカーと炎の馬が一斉にスタートした。
猛スピード同士で激突する四百メートル、結果は、直人の勝利に終わった。
序盤はソフィアと炎の馬がすばらしい出足で先頭に立った。しかしスピードはすぐに頭打ちになって、グングン加速していくキャンピングカーに追いつかれ、やがて追い抜かれてしまう。
四百メートル走りきった所で、キャンピングカーに一車長ほどの差をつけられてのゴールとなった。
一本木の下にとめられたキャンピングカー、変形して出来た縁側。
そこで、ミミが大喜びでプリンを食べていた。
綺麗な山形になっている、てっぺんがキャラメルソースで彩られているプリンだ。
もちろんそれは直人の手作りで、王都から豊富に積み込まれた材料を使って、彼が一晩かけて作りあげた渾身の一品だ。
それを三時のおやつにする予定だったのだが、冷蔵庫からだした時に手違いに気づく。
なんと、人数分作った内の一つだけ、キャラメルソースをつけ忘れたものがあった。
黒と黄色コントラストが完成形なのに、一つだけ黄色いだけのものがある。
その外れを巡って、直人とソフィアがレースで勝負をしたわけだが。
「くっ、まさかわたしが負けるなんて」
悔しそうに言うソフィア。
レースに負けた彼女の手には黄色一色の、アクセントのないプリンがある。
つややかなプリンはそれだけでも美味そうに見えるのだが、やはりキャラメルソースありに比べると何か物足りない感じがする。
直人はキャラメルソースつきのをもって、ソフィアに見せる様にいった。
「こっちをやろうか?」
「いらない! 負けは負けだ、わたしにも意地がある」
「別にこんな事で意地を張らなくてもいいのに」
「いただきます!」
ソフィアは強めにそう言ってから、パトリシアからスプーンをうけとる。
王女を送り届けた礼という名目でもらった、オリハルコン製のスプーンだ。
それをつかって、プルン、とするプリンを一口すくって、口の中に入れた。
「――うっまい!」
瞬間、それまで悔しがっていた表情から一変。見開かれた目が、見るからに輝いていた。
プリンを頬張るやいなや、彼女は鎧をはだけさせそうな勢いで美味と叫んだ。
「なんだこれはナオト、なんなんだこれは」
「いや、ただのプリンだが」
「美味い、美味いぞナオト!」
「そいつはよかった」
「お兄ちゃん! この黒いの、甘くて美味しいよ」
「だろ、それがプリンの一番美味しいところなんだ」
「うん! でもすくないよー」
ころころと、めまぐるしいくらいの勢いで表情を変えながら、言う。
「少ないけど、これくらいが一番美味しい割合なんだ。多すぎても、少なすぎてもだめなんだよ、プリンのキャラメルソースっていうのはそういうものなんだ」
「そーなの?」
「そうだ」
「そっか、うん、お兄ちゃんがいうなら間違いないよね!」
ミミはそういって、無邪気な笑顔のままプリンを更に食べる。スプーンを使って縦に、キャラメルソースを丁度いい割合で口に入れる。
それを、ソフィアがじっと見つめていた。
直人がそれに気づき、聞いた。
「どうしたソフィア」
「……キャラメルソースがつくともっと美味しいのか?」
「うん、まあプリンはそうだな」
「……これよりもか?」
「……まあ、まったくないのよりは確実に美味しいだろうな」
「これよりも……美味しい」
ソフィアは自分の――キャラメルがついてないシンプルなプリンをじっと見つめた。
大絶賛したこれよりも――。
ゴクリ、と喉が鳴る。
「……おれのを食べるか?」
それを見た直人が自分のプリンを、まだ手をつけていないプリンをソフィアの目の前に差し出した。
ソフィアはうっ、と更に息を飲んだ。
「まだ手をつけてないから、食べてもいいぞ」
「……い、いや、わたしは負けたんだ。勝負に負けた以上潔くあきらめなければならない」
そんな事を言いながらも、ソフィアの目はプリンに釘つけになっている。
「いいのか? キャラメルなしに比べると十倍は美味しいぞ」
「じ、十倍だと!?」
「いや、ちゃんとプリンの黄金比に基づいて作ったから、百倍くらいはひらいてるかもな」
「ひゃ、百倍!!!」
「さあどうする?」
「うっ……い、いい。負けたのだから、潔くあきらめる!」
意地を張るソフィア。そんなに意地をはることはないのに、と直人はおもった。
が、その直後彼女はほっこりと顔をほころばせた。
自分のプリンを食べて、またほっこりとなったのだ。
「おいひぃ……」
「そいつは良かった」
直人はそれを見て、勝ち取ったプリンを口に運ぶ。
「うーん、プリン美味い」
「オゴオゴ♪ ごちそうさま、お兄ちゃん。わんちゃんもごちそうさま?」
「わん!」
ミミ、子犬、そしてソフィア。
全員がプリンにほっこりする顔を見て、直人はにこりと笑って、言った。
「そういえば、バケツプリンというものがあってな」
「バケツプリン?」
「くぅーん?」
首をかしげるミミと子犬のコンビ。
「なんだその夢の様なものは!」
直人の言葉に、一番食いついたのはソフィアだった。
この後めちゃくちゃバケツプリンした、そんな話。
みなさんはバケツプリンのような夢の様な食べ物を実際に作った事ありますか? わたしは丼ゼリーまでなら実際に作ったことがあります。