姫騎士とキャンピングカー
昼下がり、王都の外。
キャンピングカーの中、直人は運転席に乗って、あれこれチェックししている。
その横で、ダッシュボード下のボックスから、貧乳の妖精が「生える」様に出てきて、秘書の如く直人を補佐している。
「現在の発電量は?」
「2.567kWhです」
「順調だな、食料の備蓄量は?」
「小麦26480グラム、野菜類は7639グラム、肉類2216グラム。そのほか調味料多数」
「主食をいっぱいもらえたのが大きいな、しばらくうどんを打っていろんな食べ方をしてみるか」
「ちなみに乗員マスター他ビジターが二名、マスターの乗車時間は616時間32分、ビジター1は523時間1分、ビジター2は398時間44分です」
「よし、どこにも問題はないな」
「はい。システム、オールグリーン」
パトリシアの台詞を聞いて、直人はニヤリ、と笑った。
「わかってるじゃないか、アンタ」
「マスターの夢の結晶ですから」
パトリシアはうふふ、と笑った。
出会った時から終始一貫として穏やかな彼女。
惜しむらくは、何故か巨乳ではなくなったことだ。
「さて、準備も出来たし、そろそろ出発しようか。ミミ、わんこの事つかまえてて」
「……」
背後に向かって呼びかけたが、返事はない。
ビジターの入室は確認しているので、寝てるのかな、と思って振り返ってみると。
ミミがこたつの上で、白い紙でお絵かきをしているのが見えた。
「ミミ?」
「……」
「集中しているみたいですね」
「みたいだな、何を書いてるんだ?」
直人はシートのロックを外し、運転席をくるっと180度まわして、六畳間の方を向いて身を乗り出した。
目に入ったのは、見覚えのある絵。
長方形の中に内装を配置した、キャンピングカーの見取り図である。
しかも――
「これは、マスターとソフィア様が相談して作りあげた見取り図ですね」
「ああ、そうみたいだ」
うなずく直人。
見覚えのあるそれは、パトリシアが言った通り、彼とソフィアが相談して作りあげたものだ。
こうしたらいい、ああすればもっと良くなる。と、直人とソフィアの感性をいいどこ取りした夢のキャンピングカーの見取り図だ。
そこを使って、ミミはお絵かきしていた。
それはただの落書きではなく、しっかりと、意味のあるものだった。
「なにか、記号を書き込んでいるみたいですね」
「……人生ゲームだな」
「人生ゲーム、ですか」
首をかしげるパトリシア。
直人はミミの書いてるものを見つめながら続けた。
「ああ、ボード版のやつ。家族が増えると、コマになる車に棒を差し込んでいくあれ」
「ああっ」
ハッと得心するパトリシア。精霊ではあるが、キャンピングカーの化身である彼女は直人の世界の知識を持っている。
それで説明をうけて、すぐにピンと来た様だ。
直人は改めて、ミミが書いてるものを読み取ろうと、じっと見つめた。
彼女がそこに書き込んでる記号は、全部で五種類あった。
それぞれ特徴を持つ記号が、都合五種類ある。
「五つか」
「あれ? お兄ちゃんどうしたの?」
つぶやくと、ミミははじめて気づいたかのように顔を上げた。
訝しむ彼女に、直人は優しく聞き返した。
「ミミこそ、なにしてるんだ-」
「うん、足りないものを書いてるの」
「たりないもの?」
「うん! あたしと、わんちゃんとおねいちゃんと、お兄ちゃんと、お姉ちゃん」
「住む人の事は書かないものだぞ」
「大事なことなのに?」
そう言って、キョトン、と小首をかしげるミミ。
たしかに、大事な事なのかも知れないと思った。
「……うん、大事な事かも知れないな」
「でしょー。それでねそれでね、こんな風なおうちにしたら、みんなどこにいるのかな、って想像しながら書いてるの」
「あれだな、不動産のチラシにたまにある、理想の家族イメージってあれだな」
「そういうのがあるの?」
「ああ。みてて結構和むんだよ、あれ」
直人は真っ先に、リビングのソファーに座って新聞を広げてる父親役の姿を思い浮かべた。
見取り図に記号だが、ミミがやっているのはそういう事だ。
直人は見取り図を何枚か手に取った。
「なるほど、ミミはこういうイメージか」
「うん!」
「おれはずっと運転席か」
「うん! だってお兄ちゃんの位置はそこでしょ」
「たしかにな」
「そして、ソフィア様は助手席なのですね」
「……そうだな」
うなずく直人。
どの見取り図をみても、ソフィアは助手席に座っていた。
「こたつのそばじゃないのか」
「うん、お姉ちゃんはそこ」
「なるほどな……」
パラパラとめくっていく、やがて、一番見覚えのある図面が目に入った。
六畳一間の和室、トイレシャワー別に、独立したキッチンシンク、そして変形展開する事ができる縁側。
唯一、紙の上方に「パトリシア」と書かれている、実現しているキャンピングカーの見取り図だ。
そこにも記号が五つ書かれていた。
こたつの横にミミ、冷蔵庫から生えているパトリシア、隅っこのみかん箱にいる子犬。
そして、運転席の直人と、助手席のソフィア。
直人はそれをしばし見つめてから、こたつの上にもどしてやった。
そして、ミミに向かって言う。
「さて、そろそろ出発しよう。お絵かきするのはいいけど、ケガしないようにつかまっててな」
「お姉ちゃんは?」
「彼女は――」
直人が自分の中にある言葉を探そうとした、その瞬間。
それがやってきた、まるで考える暇すら与えまいと、それがやってきた。
開けた窓から熱風が直人の顔を襲う。
やってきたのは、炎髪をきらめかせて、炎の馬に乗っている姫騎士。
彼女は馬から下りて、キャンピングカーの前に立った。
「ソフィア?」
驚く直人を無視して、銀色の髪に戻した彼女は慣れた手つきで助手席側のドアを開けて、車に乗り込んできた。
「間に合ったか」
「アンタ、どうして」
「わたくしをおいていくなんてひどいぞナオト」
ソフィアは直人をにらんだ。
「いやひどいって。アンタは人間とオークの間を取り持つため色々やるんじゃないのか」
「そうだ」
「なら忙しくなるだろ? おれは働きたくないから――」
「父上から勅命を頂いた」
「勅命?」
首をかしげる直人。
「そうだ、まずは下準備として、各国に親書を送ることになった」
「なるほど、よくある流れだな」
「それをわたしが届ける事になった」
「まあ、王女で大使……これもよくあることだな」
「父上の命令は、三ヶ月以内に届けるな、と」
「時間制限か、うん、これもよく――」
言いかけ、ハッとする直人。
「待て待て今なんて言った、三ヶ月以内?」
「そうだ」
「届けろ、だよな」
「いや、届けるな、だった」
「……はい?」
どういう事だ? と首をかしげる直人。
「マスター、昨日の話では?」
「……あっ」
パトリシアに言われて、それを思い出す直人。
昨日、国王と話していた事を。
国王はそれを、そのままソフィアに言った、と言う事だろう。
もっと、娘をのんびりさせるために。
「そうか、そういうことか」
「そうだ、だからナオト、わたくしを帝国につれて行ってほしい。三ヶ月以上かけて」
「帝国か……」
直人はすこし考えて。
「帝国って、あの移動要塞をもってるって国のことだよな」
「そうだ。色々参考になるかもしれないぞ」
「参考か」
「そうだ、参考だ」
見つめ合いながら、うなずき合う直人とソフィア。
なんの参考なのかは、あえて言うまでもない事のように思えた。
「……よし、じゃあ行こうか」
「ああ!」
慣れた手つきで、助手席に乗ったままシートベルトを締めるソフィア。
みかん箱の子犬。
こたつのミミ。
巨乳に戻ったパトリシア。
助手席のソフィア。
そして、元社畜の直人。
姫騎士とキャンピングカー。
旅は、まだ始まったばかりである。