姫騎士と姫の父親
太陽が真上を通過してしばらく立つ、昼過ぎのキャンピングカー。
王宮の中庭に駐まっているそれに、珍しく人が大勢いた。
様々なものを運んでくる使用人に、一人身なりのいい、立派な髭を蓄えているいかにも大臣風な男が、紙に書かれたリストを読みあげていた。
「オリハルコンの包丁、アブソリュート岩のどんぶり、竜鱗のキッチンミトン、黒き九天の夜光珠――」
「わあー、なんかすごいものばかりだね」
「……」
わくわくした目で、運ばれてくるものをマジマジと見つめたり、積み上げられたものの横に駆け寄るミミ。
一方で、直人は微笑みをたたえたまま、大臣が読みあげるのを聞いていた。
「以上が王女殿下の御下賜である」
「ありがとうございます」
礼を言うと、大臣と使用人達がぞろぞろと立ち去った。
積み上げられたものを眺めつつ、直人は縁側に座った。
そこに、パトリシアが車の中から大分切なくなった上半身をだして、聞いてきた。
「色々もらっちゃったな、後で礼を言わないと」
「中に運びますか?」
「いいよ、後でゆっくりやろう」
「はい」
「にしてもオリハルコンの包丁か。子供のころ石器でナイフつくってのを考えると、すごいものを手に入れたもんだ」
「石でナイフ作るの?」
品々の数々を見て回っていたミミが、キョトンと小首をかしげた。
「作れるよ」
「どうやって?」
「そうだな……ミミ、あそこにある石を二つ拾ってきて。片方は平べったいのでなー」
「うん!」
パタパタと走って行って、パタパタと戻ってきた。
「これで良い?」
「うん。これを二つ持って、左ので右のを叩くと……ほら割れただろ。で、割れたここ鋭いだろ?」
「うん」
「これを繰り返していくと――」
直人はカチ、カチッと石をたたきつけ合った。
右手に持っている平ぺったい石が少しずつ割れて、やがて、鋭利な縁ができあがった。
それをミミに見せた。
「ほら」
「すっごい、ナイフになった。お兄ちゃん、これちょーだい?」
「ほら。危ないから気をつけなー」
「うん!」
ミミは石のナイフを持って、とたたとかけていった。
それを使って、庭の草や花を切ったりしている。
明らかに手入れされた花もある。
「こらーミミ、お花を切ると怒られるぞー」
「かまわんよ」
ふと、横から声をかけられた。
穏やかで、落ち着いている男の声だ。
顔を上げると、人当たりの良さそうな、中年の男がそこにいるのが見えた。
年は四十くらいといった所か、声と同じく、人の良さそうな、温和な顔月をしている。
「ここ、いいかな」
「どうぞ」
「粗茶ですが」
男が縁側にすわると、横からパトリシアがすい、と湯飲みを出してきた。
男はそれを受け取って、スン、と匂いを嗅いでみた。
「ありがとう。おや、これは珍しい香りのする茶だね」
「笹の葉を乾燥して、煎ってつくったお茶です」
直人が疑問に答えた。
「笹の茶とは、聞いたことがないね」
「手作りですよ、こどもの頃によく作って飲んでたものです、サバイバルの本に載ってたのを覚えてます」
「ほう」
なるほど、とうなずく中年男。
笹の茶に口をつけて、直人をじっと見つめてきた。
「キミは何かを作るのがすきなようだね、さっきの石のナイフもそうだ。磨くのではなく打つ、実に面白いやり方だと思ったよ」
「見てたんですか。ええまあ、子供の頃に色々やりました。秘密基地を作るために、あれこれ覚えました」
「秘密基地か、わくわくする響きだね」
「男の子のあこがれです」
「よく分かるよ、余も城下町の外れにそういうのを作っているのでね」
「へえ?」
二重の意味で、直人はうなずき、男を見た。
「余は彫刻が趣味でね、暇があるとそこにいって、木像を掘っているのだよ」
「木像ですか、どういうものを掘るんですか?」
「建物や人だね。ここ数年は余が妻と出会った想い出の街の事を思い出しながら、色々と彫って、それを再現しようとしているのだ」
「ジオラマですか、いいですね、そういうの」
「暇な時にしかしないのだが、ついつい時間が経つのを忘れるほどのめりこんで、それで大臣に怒られているよ」
「わかります、おれもここでのんびりしてるとつい時間が経つのを忘れてしまいます。怒られはしませんが」
男がやってること、その緩やかな空気を想像する。
ふと、男が話題を変えてきた。
「キミが、あの子を送り届けてくれたのだね」
「……ええ」
「父親として、礼を言うよ」
あの子、そして父親として。
もしかしたらと思ったが、やはり横に座っているのはこの国の国王のようだ。
慌てて頭を下げる空気でもなかったので、直人は今まで通り振る舞うことにした。
「お礼ならいっぱいもらいました」
と言って、横に積んである品々をみる。
「それは王としてのものだ、今の余はあの子の父親としてここに来ている」
「なるほど」
「と言うわけで。改めて、ありがとう」
会釈程度に頭を下げてから、王はため息をつきつつ、話を続けた。
「あの子は昔から一本気でね、こうと決めたら引き下がらない性格だった」
「なんとなく分かります」
「先日も『オークの国を壊滅してくる』などという書き置きを残していなくなったのだ」
「……ものすごい分かります」
そふぃあじゅうななさい、とくぎはかいめつ。
直人はそれを思い出した。
「それで帰って来たと思ったら、今度はオークたちの味方をするようになった。何があったのかと思ったのだけど……」
王は直人と、キャンピングカーを見た。
「なんとなく、わかった様な気がするよ」
「なんとなく、分かった理由がわかります」
通じ合う男同士。
「いい道具だ、余もこういう風に、隠れ屋を動かせるように作りたいと思う」
「では、一つだけアドバイスを」
同じ男の子として、と言外に匂わせながら。
「なんだろう」
「狭すぎず、広すぎずの方がいいです、他人を入れるにしても、一人で使う事を想定して作って下さい。なぜなら――」
「――秘密基地だから」
直人の言葉を引き継ぐかのように、王がそれを言った。
直人はにやりとした。
男の子同士、なんとなく通じ合った瞬間だ。
「ふむ、キミと話せてよかった。おかげでいろいろやりたい事ができたよ」
「夢が膨らみますね」
「余も、可能なら時間を気にしないでのんびり秘密基地に籠もりたいもの」
「逆に時間制限をつけてみては? 長い休暇を取る感じで、ここからここまで全力でのんびりするぞ、と」
「ほう?」
「なにか作ってるんでしたね、今作ってるものを……三ヶ月以内に完成させちゃいけないって自分ルールにして」
「なるほど、逆にする、と言う事だな」
「はい、無理矢理のんびりするんです」
会社を辞めた瞬間の事を思い出した。
あれから、彼は無理矢理のんびりしている。
てこでも働かないぞ、少なくともキャンピングカーが壊れるまでは働かないぞ、と決めて。
「そうだな」
王は何かを考えて、うなずき、立ち上がった。
茶を一気飲みして、湯飲みをパトリシアに返す。
「キミと話せて良かった。必要なものがあったらなんでも言ってくれたまえ、キミの夢のために協力したい」
「ありがとうございます」
「あれ? おじちゃんだれ?」
そこに、ミミが戻ってきた。
オークとエルフのハーフの子は愛らしい顔そのままで王を見上げる。
「余は――」
「あっ、お父さんと同じ話し方だ! そっか、この国の王様なんだね」
「そういうことだ」
「ソフィアお姉ちゃんのお父さんなんだね」
「うむ」
「じゃあ、これ、あげる!」
ミミはそう言って、石のナイフで切って作ったと思しき、花のブレスレットを国王に差し出した。
シロツメクサではないが、同じ作り方のブレスレットだ。
「おお、これはありがとう」
それを受け取った国王はミミの頭を撫でて、ブレスレットを受け取った。
最後にキャンピングカーの方を向いて、じっと見つめてから、今度こそ立ち去った。
「おにいちゃんの分も作ってくるね」
「ああ」
国王がいなくなったあと、ミミはそういって、またとたたたと去って行った。
貧乳の精霊が出してくれた茶をすすって、直人は日が暮れるまでのんびりした。
「御下賜の品である」
翌日。
呆れた顔の大臣は、キャンピングカーに直人、そしてミミの木彫りを運んで来てくれたのだった。
男の子・ミーツ・男の子、な話でした。
大人になっても秘密基地を作りたがる「男の子」っていますよね。
そういう風な発想が出来て、実行に移せる人って素敵だな、って思うのですがみなさんどう思われるのでしょうか?