姫騎士となくなった夢
走行中のキャンピングカー、よく晴れた昼下がり。
運転手の直人、助手席に座っているソフィア。
二人の視線の先、フロントガラスの向こうに城が見えてくる。
白亜の宮殿と呼ぶに相応しい、華やかな都に彩られた建築物。
それがまだ目測で十キロ以上離れているのに、周りは既に人でごった返していた。
王都に伸びていく街道、そこは様々な人々が行き交っている。
男や女、商人や旅人、大人から子供。様々な人間がいた。
「珍しがられてるな」
「そうだな」
「……でも、驚かれないんだな」
その事に、逆に驚く直人。
キャンピングカーの周りは歩行する人々だけではなく、馬車や人力車などといった原始的な乗り物がある。
その中に混じって20キロ以下の速度で走行しているキャンピングカーだが、周りの人間は珍しげに見てくるだけで、さほど驚いた様子はない。
「驚く? なぜ?」
「うーん」
少し考える直人。
こういうときにあるお約束として、「鉄の箱が走ってる!」という驚かれ方があるのだが、そうされる気配はまるでない。
ほぼ全員が珍しい乗り物がある、というレベルの雰囲気で、予想していた驚きはない。
「こういう乗り物は他にもあるのか? えっと……馬とか人間とか、そういうのに引かれないで自走する乗り物が」
「移動要塞ほどではないが、似た様なものは王家が保有しているぞ。。ほとんどが見かけ倒しで、式典くらいにしか使えないが」
「なるほど、王家レベルなら似た様なものがある、ってレベルか」
ならば珍しがられるだけで驚かないのもうなずける、と直人は思った。
「にしても、ここまで長かったな」
「一ヶ月くらい共に旅を続けたな」
「そうか、あんたとあってからもう一ヶ月も経つのか」
片手でハンドルを握って、右肘を窓にかけて、今までの事を思いだす。
様々な光景が、想い出が。
直人の脳裏を駆け巡った。
「色々あったな」
「ああ、色々あった。こたつにでみかんを食べたり」
「こたつみかんは正義だからな」
「ナットーというものを無理矢理食べさせられそうになったり」
「わんこが美味しく頂きました」
「しっぽ肉の泥包み焼きをしたり」
「……あの料理法は覚えておくとサバイバルに役立つぞ」
「変な鍋を使った煮込み料理を作ったり」
「……」
「釣った魚を焼いたり」
助手席で、数え上げていくソフィア。
最初は相づちをうっていたのだが、次第に、直人は白い目で彼女を見るようになった。
「食べ物の事ばかりだな、あんた」
「なっ――」
絶句して、顔を真っ赤に染めるソフィア。
「そこまで腹ぺこキャラだったか」
「はら――違うぞナオト! わたくしは腹ぺこ女ではない!」
「いやだって、今食い物の話ばっかじゃないか」
「そんなことない! 他にも……他にも……」
必死に何かを思い出そうと唸るソフィアだが、一向に思い出す気配がない。
「シロツメクサのブレスレットと冠」
「そう! それ」
「……さくらの花びら」
「ちゃんととってあるぞ!」
「…………そふぃあじゅうななさいとくぎはかいめつ」
「うわああああ、それは忘れろぉぉ!」
頭を抱えて絶叫するソフィア。
しばらくして、冷静を取り戻して、言った。
「ほ、ほら、色々あるじゃないか」
「……食べ物以外全部おれが思い出させたんだがな」
「そ、それは――もういい、ナオトなんかもう知らん!」
ぷい、と顔を背けるソフィア。
「パトリシア、アレとってくれアレ」
「どうぞ、マスター」
パトリシアが横からすい、としっぽの干し肉を差し出してきた。
それを受け取って、ソフィアに差し出す。
「ほらソフィア」
「なんだ――あむっ」
目の前に出された干し肉に、反射的にかぶりついた。
「もぐもぐ……美味しいー」
「……」
「はっ、ち、ちがうぞこれは!」
「パトリシア、みかん」
「どうぞ、マスター」
「ほい」
「もう騙されないぞナオト、お前の手口はもう――」
「そういえばみかんってもうなくなるよなパトリシア」
「はい、それが最後の一個です、マスター」
「だってさ」
「くっ、た、たかがみかん程度で」
「そうか、じゃあパトリシア。それを剥いて」
「はい」
「わ、わたくしは食べないぞ」
「あーん」
直人は運転したまま、口を大きく開けて、横に向けた。
そこに、パトリシアがみかんを一切れ差し出してきた。
「はい、あーん」
「あむっ……うん、うまい!」
「うふふ」
「あっ……」
さも美味しそうに、食べさせられたみかんをほおばる直人。
それを見たソフィアが息を漏らす。
そこに、ミミがおねだりしてきた。
「おねいちゃん、あたしもあたしも」
「どうぞ」
「あーむ。うん美味しい!」
「あぁ!」
「パトリシア、おれにも」
「あたしもあたしも」
「はいどうぞ」
「パトリシアも一個くらい食っとけ」
「ありがとうございます、いただきます」
「あ、ああ、あああ……」
直人、ミミ、パトリシアらがみかんをほおばっていく。
徐々になくなっていくみかんと三人の顔を交互に見比べ、徐々に絶望的な顔になっていく。
それでも言い出せない、一度意地を張ってしまった以上、今更言い出せないという顔をしている。
「……そうだ、最後のみかんだから、わんこにも食べさせないとな。わんこー、みかん食べるか。まだ3分の1残ってるぞ」
「くぅーん」
みかん箱の子犬はシュンとして、鼻の先と目だけを残して、みかん箱に潜り込んでしまう。
当然だ、魚は美味しく食べられても、柑橘類は死ぬほど苦手なのが犬である。
それでも、直人はみかんをすすめた。
「よしパトリシア、わんこのところにもってってあげなー」
「はい」
「――ま、待ってくれ」
パトリシアがみかんを持って子犬の所に向かって行くのを、ソフィアが慌てて呼び止めた。
「どうした」
「み、みかんは子犬に毒なんだぞ」
「そうだっけ? まあ大丈夫だろ、食べてみたら意外といけるかもしれないし」
「ど、どうしても子犬に食べさせたいのなら……わたくしが代わりに食べる」
「あんたが?」
「そうだ、わ、わたくしが身替わりになる」
「うーん」
直人は少しだけ考えて、やがてうなずいた。
「そこまでいうなら……くく、願いを叶えてやろうじゃないか」
直人はわざとらしく、芝居がかった口調で言った。
一方でナチュラルに芝居っぽいソフィアはぱああ、と顔をほころばせた。
「じゃあパトリシア、残りの全部渡してあげて」
「わかりました。どうぞ」
「やっ――ごほん、し、仕方ないから食べてやる」
「ああ、残さず食え-」
残った3分の1のみかんを受け取ったソフィア。
心なしか、顔がほっこりしている。
「お兄ちゃん……わざと?」
ミミが小声で耳打ちしてきた。
直人は彼女の頭を撫でて、無言で返事をした。
「くぅーん」
みかんをほおばる姫騎士。その横に、子犬がやってきて、直人を見上げた。
直人はゆっくりと車を走らせながら、子犬をちらっと見て。
「わんこもたべたいのか?」
「くぅーん」
「みかんはダメだから、干し肉でいいかー?」
「わん!」
「パトリシア」
「はい、どうぞ」
ほとんどノータイムで干し肉を差し出すパトリシア。
つーといえばかー、直人とは以心伝心で、まるで熟年夫婦の様なコンビだ。
そうして、直人、ソフィア、子犬、ミミ、パトリシア。
一緒に旅をしてきた者達が、まるで宴会のようにのんで、たべて、喋って――まったりした。
やがて、キャンピングカーが城下町の外周、城壁にたどりつく。
直人はそこで車を止めた。
「さ、ついたぞ」
ソフィアは車を降りて、運転席の直人を見上げる。
「直人はおりないのか?」
「あんたはこれから一働きしてくるんだろ? これからの人間とオークのために」
「ああ、そうか」
キリッ、と凜々しい顔でうなずくソフィア。
直人はほとんどはじめて、彼女の事を姫騎士らしいと思った。
「おれは働くのいやだから、ここにいるよ」
「……働きたくないでござる、だったか」
「ああ、死んでも働きたくないね」
もう二度と、直人はそう思い、にっこりと微笑った。
「……わかった」
うなずくソフィア、ちょっとだけ、寂しそうな。
「ああ、じゃあな――」
分かってくれた彼女に、直人はもう一度微笑んで、手を振ろうと腕を上げた、その時。
ぴっ、と言う音が手元から聞こえてきた。
みると、ミミがプッシュスタートを押して、モーターを再起動させたのが見えた。
「こらミミ、悪戯は――」
「行こう、お兄ちゃん」
「いや行こうって――」
「あの白くておっきいのがお姉ちゃんのおうちだよね? あたし、お姉ちゃんのおうちの中がみたい」
「いやおうちの中がって」
「わん!」
「わんちゃんもみたいの? みたいって、お兄ちゃん!」
「いやその……」
「大変ですマスター、おっぱいが縮みました」
パトリシアが、言葉とは裏腹に緊張感のない口調で言う。
が、言葉通り、はち切れんばかりのオッパイが縮んでいる。
「な、なんで縮んだんだ?」
「積載したものがほとんど食べ尽くされてしまいましたので、今すぐに補給しないといけません」
「びっくり人間かアンタは!」
「精霊ですから」
おっとりとした微笑みとともに言った。
「それに、なんか夢がなくなりました」
「……」
「ソフィア様、食料と水の補給、それに太陽がよくあたる場所は王宮にありませんか」
「あ、ああ」
きょとんとしてから、答えるソフィア。
「あるぞ、とびっきりいい場所が。食料も水も用意させる」
「と言うわけです、マスター」
パトリシアはにこりと笑った。
「ここは一つ、わたしのオッパイのために一肌ぬいでくれませんか?」
「……」
「マスター、みかん」
「分かった分かった」
苦笑いする直人。
まさか、自分の方がお膳立てされる方になるとは思いもしなかった。
「乗って、ソフィア。それと案内して」
「わかった!」
ソフィアは再び、助手席に飛び乗った。
もうちょっとだけ付き合うか。
直人はそう思って、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。
お膳立てしたとおもったら逆にされてたでござる、そんな話。
もうちょっとだけ続くんじゃ。




