姫騎士と天岩戸(あまのいわと)
この日も朝から、直人は縁側でのんびりしていた。
鳥がさえずり、春風が葉擦れを奏でる。
うららかな陽気は、二日目になっても直人を浅い眠りの連続から捕らえて放さない。
文句どころか進んで頭にオッパイをのせてくるパトリシアと一緒にのんびりしていた。
虫が顔に止まるのさえ気にならないくらい、のんびりしていた。
「オゴ」
野太い鳴き声が聞こえた、目を開けるとと長鼻のおじいちゃんオークが見えた。
おじいちゃんは肩に木材を担いでいる。
「ども」
直人は体を起こして、縁側であぐらを組む。
会釈して、こんにちはと言うと、向こうもオゴ、とそれっぽい言葉を返してくれた。
通訳無しでも、これくらいの事なら出来る。
どことなく仏頂面に見える顔で、オークは辺りをきょろきょろと見回す、何かを探しているみたいだ。
「ミミを探してるんですか? えっと……」
そういえばミミの姿が見えないな、と中を見る。
「おはよー」
そこに丁度、ミミが出てきた。
寝起きだからか、手の甲で目をこすっている。
「おはよー、おじいちゃん」
「オゴ」
「そっか……オゴゴ」
オークの言葉に切り替えて返事をする。
「うん……わかった、おばあちゃんには言わない」
まだちょっと寝ぼけているのか、ミミはたまに人間の言葉になる。
その直後におじいちゃんオークに何か言われて、オークの言葉で言い直す。
「本当に?」
瞬間、ミミの目がカッと見開かれた。
何かに期待するような、ワクワクした笑顔。
どうしたんだろうか、と直人が思っていると、オークは振り向き、村の奥に向かってオゴオゴと呼びかけた。
すると、何人かのオークが現れる。
全員が直人にとって初対面で、おじいちゃんオークと同じように木材や、麻縄を肩に担いでいる。
オーク達はキャンピングカーから数メートル離れた所で、木材を下ろし、器用な手つきでそれをくみ上げていく。
瞬く間に、そこに手作りのブランコが現れた。
「それは?」
直人がミミに聞く。
「ブランコだって」
「それは見ればわかる」
「おじいちゃんの子供が遊んでたものを、倉庫の中から見つけたから、貸してくれるって」
「見つけたって……」
直人は苦笑いした。
「木材の断面が新しいですね」
パトリシアが言って、直人がうなずいた。
おじいちゃんの子供がいくつなのかは分からないが、今担いできたブランコに使われた木材はどれも断面が真新しい。
今にも樹液が滴ってきそうなくらい新しい。
「今日作ったんだろうな、ミミのために」
「そう思います」
「わん!」
直人とパトリシアの横で子犬が鳴いた。
「どうしたわんこー、散歩行きたいのか」
「わん!」
「うーん」
しっぽを振りながら見上げてくる子犬。
散歩かー、と直人は渋った。
子犬を連れて散歩に行くのもいいけど、もうちょっとのんびりしていたい気分だ。
「昼ご飯の後でいいかー」
「くぅーん」
「うーん、じゃあ今行くか」
直人が重い腰を上げようとすると、オゴ、とおじいちゃんオークが鳴いた。
「本当に? あのねお兄ちゃん、おじいちゃんが、散歩ならおれが連れて行くって」
それをすかさず、ミミが通訳してくれた。
「いいんですか?」
直人が聞くと、オークは厳つい顔でうなずいた。
「分かりました、お願いします」
直人はそういって、子犬に手作りのリードをつけて、オークに手渡す。
オークはそれを引いて、無言できびすを返して歩き出した。
「わん!」
最初は訳が分からずオークと直人の顔を交互に見比べてい子犬だったけど、代わりに散歩に行ってくれると理解したのか、しっぽを振って大喜びで駆け出した。
「ォゴ」
子犬はおじいちゃんオークを追い越し、引っ張った。引っ張られたおじいちゃんオークは危うくバランスを崩しかけた。
「おご」
「わんわん!」
しっぽを振って駆け回る子犬と、のっしのっし歩くおじいちゃんオーク。
一緒にやってきた仲間(?)達と笑い合いながら、ゆっくりと歩いて、去って行った。
「お兄ちゃん、見てみて」
「ブランコの上に立つと危ないよー」
「だーいじょーぶ」
おじいちゃん達が作ってくれたブランコをこぐミミ。
オークの血を引いてるからか、それとも適応力の高い子供だからか。
ミミは立ち乗りで、前後に180度振るくらいの勢いでブランコにのった。
鳥のさえずりに、春風が奏でる葉擦れ音。
そこに加わる、女の子の笑い声。
直人は再び、うとうとした。
「おご?」
どれくらい時間が経っただろうか、直人は再び、オークの鳴き声におこされた。
目を開けると、今度は糸目のおばあちゃんの方だった。
おばあちゃんはブランコに乗ってるミミと会話し、なにやらブランコの事を聞いているようだ。
そこに、おじいちゃんが戻ってきた。
おじいちゃんはおばあちゃんをみて、直人の目にも分かる位ぎょっとして、動揺した。
「おご……?」
「オゴオゴ」
「オゴ」
「オゴォ!」
「……」
急に怒鳴りだすおじいちゃんに、じっと見つめるおばあちゃん。
二人はしばしにらみあって、やがておじいちゃんのほうがしゅんと肩を落とした。
なんとなく身に覚えのある光景だなと思っていると、ミミが横にやってきた。
ミミが隣にやってきて。
「なあミミ、おじいちゃんとおばあちゃんは何をはなしたの?」
「えっと、みんなに迷惑かけてどうするんですか、だって」
「村人のみんなを巻き込んでつくったんだな、おばあちゃんに内緒で」
直人は子供の頃、田舎に帰ったときおじいちゃんにオモチャを買ってもらい、そのおじいちゃんがおばあちゃんに怒られた時の事を思い出した。
孫娘の様なミミのために、知り合いの村人を集めてブランコを作ったはいいけど、それを怒られた。
「頑固オヤジと亭主関白やってる人って、意外と奥さんに弱いんだよな、年取るとなおさらだ」
「どーいう意味?」
「おじいちゃんが怒られてかわいそうだって意味だ。……そうだ、ミミはブランコのお礼を言ったか?」
「あっ、まだー」
「じゃあお礼を言ってきなー。作ってくれたおじいちゃんと、後おばあちゃんにもな」
「うん!」
ミミは走って行った。直人は「両方にだぞー」と大声で付け加えた。
ミミは二人の前に立ち、ぺこり、とお辞儀して何かを言った。
するとおばあちゃんがたじろぎ、おじいちゃんがフフン、と鼻をならした。
「あっ、そこで調子にのると――」
直人の危惧通り、おじいちゃんはまたしてもおばあちゃんに怒鳴られて、シュンとなってしまった。
そこに、さっきのオークたちがやってきた。
今度は木材ではなく、肉や野菜、そして大きな鍋を担いでやってきた。
そこでわいわいと設置をはじめる。
「ミミー、それはなんだー」
「お昼ごはんー、みんなで食べようだってー。おじいちゃんのおごりで-」
「また怒られますね」
パトリシアがいう。
「もう怒られてるな」
おじいちゃんはおばあちゃんに耳をつねられた、周りがそれを見て笑いつつも、取りなしている。
ちょっとした宴会になりそうな光景、直人は期待した。
ミミがいるからかもしれないが、オークの村のみんなは温かく、良い人ばかりのように思えた。
ふと、キャンピングカーの奥から「ガタッ」という音が聞こえた。
見ると、トイレのドアがちょっと開いていて、ソフィアがそこから顔をだして、様子をのぞているのが見えた。
「ソフィア、お前もくるか?」
「お、オークなんかと一緒にメシが食えるか」
「そっか」
直人は振り向き、鍋の準備をするオークたちを見た。
ソフィアに何も言わないが、何とかできないものかと思った。
それであれこれ考えていると。
「わんわん」
子犬がキャンピングカーの中に入り、トイレの前で鳴いた。
「くぅーん、くぅーん」
見ると、トイレの中に潜り込んで、小さな体でソフィアの足を押しているのが見えた。
ナイス子犬、と直人は思った。
「一緒に来てほしいみたいだぞ」
「そ、そうなのか」
「同じ釜のメシを食ったら懐かれるかもしれないぞ」
「本当か!」
ソフィアは一瞬食いつき、すぐにとりつくろって、ごほん、と咳払いした。
「一緒にきてほしいのか?」
「わん!」
「し、仕方がない。今回だけだぞ」
「わん!」
ソフィアはそう言って、久しぶりにトイレから出てきた。
表に出るとオークたちは一瞬ぎょっとして、ソフィアもびくっとなった。
しかし子犬とミミが間に入ってくれた事で、天敵である両者が、ぎこちないながらも、大鍋で煮えたものを一緒に食べたのだった。
天岩戸が開いて姫騎士がチラッチラしてきた、そんな話。
昔知り合いに聞いた話、その人のおじいちゃんはすっごい頑固オヤジだけど、孫であるその人が田舎に帰るときは絶対新しいオモチャを用意して待ってると言うのです。
そんな事を思い出しながら書いてました。