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姫騎士と魔力

 目の前にいる生き物。

 豚そのものの頭、出っ張った腹の下に腰布だけ巻いた格好、そして二足歩行。

 どこからどう見てもファンタジー世界にしかいない、オークというタイプのモンスターだ。


「オゴッ、オゴオゴッ」

「オゴォォォ!」


 オークは二匹いて、奇妙な声で会話しながら、女を取り囲んでいた。

 女は手を縛られ、木につながれている。

 銀色の美しい髪に、深紅の鎧を身につけている。無骨一辺倒の格好かと言えばそうでもなく、装飾のついたティアラに、鎧の腰巻きの下はフリルのスカートにニーソックスという華やかな一面もある。

 どことなく高貴なオーラを放っている、姫騎士と思わせるような格好。

 そんな彼女にオーク達が徐々に迫っていき、オゴォ! と喜んでいるような声を上げて手を伸ばした。

 姫騎士は嫌悪感たっぷりの顔で叫んだ。


「わたくしにふれるな!」

「オゴ――オゴッ!」


 それでも手を伸ばすのをやめないオーク。縛りあげられた姫騎士は唯一自由になっている口で反撃した。

 伸びてきたオークの手に思いっきりかみついた。

 噛まれたオークは飛び退き、手を押さえた。もう一匹のオークが憤怒の形相で姫騎士の横っ面を殴った。

 思いっきり殴られた姫騎士はそれで気絶し、ぐったりとなった。

 オーク二匹はまた上機嫌なトーンでオゴオゴ言い合って、姫騎士の鎧に手をかけた。

 それを離れた所で一部始終見ていた直人。

 気絶した姫騎士とオーク。その組み合わせでこれから何が行われるのかは、落としたコーラを開けたらどうなるのかを予想するのと同じ位簡単なことだ。

 それを正直見てみたいという気持ちもあるが、そこはやはり十年間社会人をやっていた良識ある大人。

 直人は彼女を助けることにした。

 少し考えたあと、彼はパトリシアの運転席に飛び乗って、プッシュスタートのボタンを押してエンジンをかけた。

 微かだがしっかりとした馬力のエンジンの感触がシート越しに伝わってくる。

 ハンドルを回し、頭をオーク達の方にむける。

 クラクションを鳴らして、ヘッドライトをハイビームにした。


「オゴ?」


 光と音、同時に向けられたオークは直人の存在に気付き、こっちに顔をむけた。

 表情はかわったが、豚面なのでどういう意味の表情なのかは分からない。


「うおおお!」

「オゴオオオ!」

「オゴオゴ」


 アクセルを踏み込んで、パトリシアを発進させた。

 バス型のキャンピングカー、どんな猛獣よりも巨大な車体。

 それに迫られたオーク達は見るからに慌てた様子で、我先争って逃げ出した。

 更に迫っていきながら、ヘッドライトをチカチカ点滅させてみた。

 悲鳴に聞こえるオゴオゴの声を出しながら、オーク達は全力で逃げ出した。

 その姿が見えなくなるのを確認してから、直人はパトリシアからおりて、気を失ったままの姫騎士の元に向かった。


「おーい、大丈夫かー」


 しゃがみ込んで、呼びかけてみた。返事はなかったけど、鎧の上からも分かる位豊かな胸が微かに上下しているので屍ではないようだ。


「どうしよう……とりあえず中に運ぶか」


 独りごちたあと、直人はその方がいいと思った。

 オークがいなくなったので落ち着いて周りを観察する余裕がでてきた。

 トンネルをぬける直前までエアコンが必要な位暑い夏だったが、今は気を抜けば身震いしだしそうなくらい冷えていた。

 こんな気温の下に放置しておくわけにはいかないと、彼女をとりあえずキャンピングカー……部屋の中に入れよう思ったのだ。

 そう思って縛り付けている縄を外し、抱き上げようとしたが。


「重っ!」


 鉄の手甲がガチャンと音を立てて地面に落ちて、直人は思わず声をあげてしまう。

 気を失った姫騎士は成人男性である直人が抱き上げられないくらい重かった。

 胸は立派だけど、全体的に華奢な体つきをしている。なので間違いなく身につけている鎧のせいだと直人は確信する。


「しかたない、鎧をはずすか」


 そう言って、姫騎士の鎧に手をかけた。

 現代の日本に生まれ、大学を出て会社勤めしてきた直人にとって鎧に触れるのは初めての経験。

 何をどうすればいいのか分からなかったが、パソコンや車をいじくりまわすのと同じ要領で、手探りながらも何とか鎧を外す事ができた。


「これで運べるかな」


 苦闘の末、手の甲で額に浮かんだ汗を拭った。

 身につけている鎧が全部外され、彼女は薄着の姿になった。

 それでひざの裏に手を回して、抱き上げようとした直人はある事に気づく。

 鎧を外す途中で偶然そうなったのか、彼女のスカートが少しめくれ上がっていたのだ。

 めくれたスカート、ニーソとの間にある白い肌、太ももの間に出来たかげ。

 肝心な所はまったく見えていないというのに、直人は思わずゴクリと喉を鳴らした。

 未知の世界がそこにある、ちょっと手を伸ばせば届く距離にある。


「し、白だよな……」


 童貞丸出しの台詞をつぶやきながら、彼はおそるおそる手を伸ばし、スカートの裾を摘まんだ。

 あとは一気に――。


「な、何をしている!」


 突然、頭上から声が聞こえた。

 慌てて飛び退く直人、距離を開けると、いつの間にか目覚めた姫騎士と目が合った。


「い、いやこれは――」

「痴れ者が!」


 姫騎士は体を起こして、怒りを露わに直人をにらんだ。

 彼女の銀色だった髪が、どういう訳かみるみるうちに赤に染まっていった。

 赤いだけではない、周りに火の粉のようなものまで待っていた。


「髪が……燃えてる?」


 唖然となってしまう直人に、姫騎士は手の平をかざした。

 その先にある何もない空間に火の粉が徐々に集まって、やがて大きな火の玉になった。


「燃えろ!」


 叫んだのと同時に、火の玉が直人に向かって飛んできた。

 はっと我に返り、とっさに身を屈んでそれを避けた。

 背後からドーン、という音がした。

 おそるおそる振り向いた直人だが、そこにある光景にぎょっとなった。

 火の玉は地面に着弾して、そこを炎上させただけですんだが、それは駐めてあるキャンピングカーのすぐそばだった。

 車体から三メートルと離れていない、至近距離で地面が炎上している。

 火の玉をいきなり撃たれた事による恐怖は、一瞬にして跡形もなく消え去った。

 直人は慌てて駆け出して、車体後方にあるトランクルームを開け、そこにある消火器を取り出した。

 オプションでオール電化にしたキャンピングカーにはあまり必要はないが、万が一のためにホームセンターで買ってきたものだ。

 それをもって炎上している所に駆けつけて、安全ピンを抜き、炎に向かって消化剤を吹きかけた。

 白い泡が勢いよく吹き出され、盛大に燃え盛っていた炎がみるみるうちに鎮火されていった。


「ふう……危なかった」


 万が一パトリシアに延焼でもしてしまえば全てがパーになる。それを食い止められた事に、直人は胸をなで下ろした。


「それは……なんだ?」


 背後から訝しむ声が聞こえてきた。振り向くと、少し落ち着いたのか銀色の髪に戻った姫騎士が目をまるくさせているのがみえた。

 直人は少しむっとした。

 もう少しで大事なキャンピングカーを燃やされそうになった事で、彼女に怒りを覚えたのだ。

 彼は無言で姫騎士に近づき、消火器のホースを向けた。

 プシャー!

「きゃあ」


 白い泡が再び吹き出されて、薄着の姫騎士に直撃した。

 それによって悲鳴があがるが、直人は構わず更にプシャーと吹きかけた。

 一瞬髪が赤くなった様に見えたが、すぐに収まった。

 同時に彼女も脱力して地面にへたり込んだ。


「や、やめろ」


 懇願する姫騎士だが、更にプシャー。


「なんなんだこの白いのは、きゃあ、目に、目に入った!」


 パニックになる姫騎士、構わずプシャー。


「や、やめ……もうやめて……」


 泣き出しそうな姫騎士、慈悲なきプシャー。

 一回一回は短いが、何度も消化剤をぶっかけられた姫騎士はすっかり弱っていた。

 それでようやく気が済んだ直人は、消火器を静かに地面におく。

 改めて、姫騎士を見る。

 彼女は体中白いものにまみれて、地面にへたり込んでいた。


「こんな……こんな訳の分からないものをぶっかけられるなんて」


 消化剤(訳の分からないもの)に屈辱を感じ、弱々しいながらも直人をにらみつけてきた。


「こんな辱めをうけるくらいなら――いっそ殺せ!」



 しばらくして、キャンピングカーの中。

 落ち着きをとりもどした直人と姫騎士はこたつを挟んで向き合った。外の気温同様に室内もすっかり冷えてしまったので、直人はこたつをつけて、姫騎士と共にそれに入っていた。

 新品のタオルで白い泡をとりあえず拭った姫騎士は直人に向き直って、頭を下げた。


「助けたもらったのに、早とちりしてすまない」

「いや、おれもつい魔がさしたというか、こっちこそごめん」


 直人も頭を下げた。こたつの上で頭を下げ合う二人。


「まだ名乗っていなかったな、わたくしはソフィアという」

「これはご丁寧に、小野直人と申します」


 十年間たたき込まれた癖で、直人は思わずピンと背筋を伸ばし、懐に手をやろうとした。それが名刺交換する時の癖だとすぐに気付き、体に染みついたそれにちょっとばかり悲しくなった。

 そんな彼に、ソフィアは再び礼を言った。


「助けてもらったのに、申し訳ない。あなたが通り掛かってくれなかったらどうなっていたことか、本当にありがとう」

「どういたしまして。それよりもあの生き物、えっと――」

「オーク、の事か?」

「やっぱりあれオークっていうんだ。えっと、もしおれが来なかったら、あれにどうされてたんですか?」

「それは――」


 ソフィアの顔は一瞬で真っ赤になった、火の魔法を撃ったときに勝るとも劣らない程の勢いである。

 それをみて、やっぱりそういう事かと直人は悟った。同時に、掘り返してはいけない話題だと気づいた。

 なので慌てて質問を取り消そうとしたが、女慣れしていない彼はどんな話題を持ち出せばいいのか分からない。

 さんざん迷った末、彼はソフィアの肌にまだ少しついてる、拭き取りきれなかった白い泡を見て言った。


「ま、まずはシャワーをあびるか? とりあえず拭いたけどそのままじゃ辛いだろ」

「こんな辺境の地にシャワーがあるのか?」


 気になる台詞が出てきたが、落ち着いて考えられる状況じゃなかった。

 直人はなおも焦ったまま言う。


「そ、そこがシャワールームなんだ、あとこれタオル、さっき買ったばかりの新品だから、そうだ、シャンプーと石けんも」


 こたつから出て、立ち上がってアワアワと準備する直人。

 一通り必要なものをだしてから、彼はソフィアがまったく動かず、見上げてきている事に気づく。


「どうしたんですか?」


 気になって聞くと、彼女は困った顔をした。


「えっと……」

「はい?」

「出られない」

「出られない?」


 訝しむ直人。


「その……どういうわけか、ここから出たくならないんだ」


 そういった彼女は困った顔のまま、自分が入っているこたつを見つめた。「何故だろう……」と首をかしげてもう一度つぶやいた。


「ああ」


 それを見て、直人は納得した。同時に、慌てていたのが落ち着いてきた。

 彼はこたつに入り直し、のせていたみかんをとって、ソフィアに差し出した。


「これは……」

「食べてみて」


 すすめると、彼女は少し戸惑った表情をしながらも、言われた通りみかんをうけとって、それを剥いて口に運んだ。

 口に入れた瞬間、凜々しかった彼女の顔が一瞬でほっこりとなった。


「ふっ」

「な、何がおかしい」


 笑われたと思ったのか、必死に取り繕った。


「こたつの魔力にとらわれたな」

「やはり魔力のせいなのか! くっ、わたくしともあろうものがこんな罠にひっかかるとは、なんたる屈辱!」

「ふふ」


 直人とソフィア、二人は同じ言葉を使っているのに、ちょっとだけ意味合いがずれていた。

 直人はそれを指摘しなかった。なぜなら一瞬顔を赤くしたソフィアが、すぐにこたつの魔力に負けてまた顔がほっこりとなったからだ。


(こたつをつけて正解だったな)


 キャンピングカーのオプション、その選択肢を褒められたような気分になった直人。

 彼女としばらくの間、こたつのなかでまったりしたのだった。

こたつとみかんに即堕ち、そういう方向性での姫騎士を目指しています。

これってチョロインに分類しちゃってもいいのだろうか?

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