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姫騎士とインタビュー

 朝日が昇った直後、とまっているキャンピングカー。

 カーテンを閉めた運転席に、直人は一人でいた。

 運転席と居住部分と繋がっているキャンピングカーだが、こうして閉め切ってしまうと、まるで大型トラックの運転席のような、広くて狭い不思議な空間ができあがる。

 そこで直人は一人、湯飲みをすすっていた。


「ふふ、子供のころ、こんな風にちっちゃい秘密基地を作っていたよな」


 思い出し笑いをする直人。

 まぶたを閉じると、子供の頃の光景がよみがえってくるようだ。

 近所のスーパーからダンボールをもらって、それで秘密基地を作ったり。

 押し入れとかのスペースを使って、部屋の中に自分の部屋を作ったり。

 こたつか布団の中にオモチャを持ち込んで、顔だけ出して、カタツムリのように這って移動したり。

 直人はあの頃から、自分の空間というものに憧れていた。


「ドラえもんにそういう秘密道具あったよな。ポスターみたいなのを壁に貼ると、異次元の部屋に繋がる出入り口になるようなの」


 子供の頃見たマンガが、そのあこがれを大きくしていた。

 それを、彼はかなえた。

 マイクロバスのキャンピングカー、オーダーメイドの六畳間和室と縁側。

 それは一言で言えば。


 移動する秘密基地。


 子供の頃からの夢を、直人はキャンピングカーという形でかなえたのだ。

 なんとなくエアコンのスイッチをいれた。温風が緩やかに吹き出す。


「ダンボールの秘密基地を作ったの冬だから、ストーブを持ち込んでこっぴとく怒られたな」


 遠い目で懐かしんだ。

 あの時は秘密基地の中が明るくなるし、暖かくなるしで一石二鳥だと思った。


「押し入れの中も、ロウソクを持ち込んで怒られたな」


 朝なのに、意味もなく運転席の上にあるライトをつけてみた。

 かつての押し入れの中は暗く、電源も引き込めなかったので百円ショップでロウソクを買って持ち込んでいた。


「こたつの時は『変形だ!』っていってこたつの天板をひっくり返して、ふすまを壊して怒られたな」


 オーダーメイドでわざわざ「変形」と表記にしてもらったスイッチを押す。

 背後からうぃーんと機械音が聞こえてくる。キャンピングカーの後ろでドアが開き、縁側に変形して行くのが分かる。

 マイクロバスのキャンピングカー、パトリシア。

 それは、直人の少年時代の夢を具現化したもの。

 夢そのものである。


 直人は茶をすすりながら、なんとなく空を見上げた。

 空はどこまでも広がっていて、青かった。

 雲一つ見えない程、晴れ渡った青い空。

 青くて、青くて、どこまでも青い。

 青いから、何もおかしくはないのだけど。

 すごく綺麗で、見ているだけで心がほっこりする青さは、はじめて見る様な空に感じる。

 まるで、ずっと隣の家に住んでいた幼なじみがはじめて化粧したのを見たような、知っているはずなのに知らない、そんな気分。


「はて、空ってこんなに青かったっけな」


 首をひねって、考えた。

 少し考えたが、社会人になってからの空がどうだったのか思い出せなかったので、すぐに考えるのをやめた。

 いまは幸せだから。

 移動する秘密基地で、青空の下で、空を見上げながらのんびり茶をすすっている。

 幸せだから、考えるのをやめた。

 幸せな時間は、かれこれ一時間も経過している。

 直人が起きて、運転席で何もしないでぼうっとしだしてからそれくらい立っている。

 何もしない時間、何かをする予定もない時間。

 ボーと空を見上げるだけの時間。

 多分、今日はキャンピングカーを走らせないだろう。

 走らせないで、このままとまってのんびりしたい、そんな気分。

 空があまりにも青かったので、今度はエアコンを止めて窓を開けた。

 ザザザ、と葉擦れの音とともに風が吹いて、肌を撫でて行く。

 風も気持ち良かった。

 都会の排気まみれの風とも、奴隷にむち打つかのような地下鉄の強い風とも違う。

 穏やかで、心地いい風。

 直人は風に吹かれながら、しばらく茶をすすっていた。


「あれ、もうない」


 湯飲みが空になっていることに気づいて、入れなおそうと部屋に戻った。


「あれ? ソフィア起きてたのか」


 こたつの前にソフィアが座っていた。顔は引き締まらない感じで、目は半開きだ。

 なにか違和感があるなあ――と思っていたら、寝ぼけているせいか、彼女の上半身の鎧が後ろ前になってる事に気づく。

 姫騎士らしい軽装の鎧が、つっかえることなく後ろ前を可能にさせた。


「ぷっ」


 直人は思わず吹き出した。

 焦点のあわないソフィアの目と目が合った。

 ソフィアの分のお茶も淹れて、彼女に渡す。


「あぃぁぉ……」


 ありがとう、と言ってるのだろうか。寝ぼけててそれを口にするソフィアの姿が面白かった。

 直人はくすくす笑って、異世界で通信機能を失ってすっかり使わなくなったスマホをとって、カメラ機能を起動させた。

 カシャ、カシャ、カシャ。

 寝ぼけた姫騎士の姿を次々とレンズにおさめていく。

 青空で取り戻した童心が頭をもたげて、ついでに動画も撮ってみた。


「ソフィア、こっち見て」

「ぅあ?」

「あんたの名前は?」

「そふぃあ……ぺいん……えくすしあ」

「年齢は?」

「そふぃあじゅうななさい……」

「得意な事は?」

「てきぐんのかいめつ」

「物騒だなおい。苦手なものは?」

「……」


 ぼんやりながらも即答していたいままでと違って、ソフィアは黙ってしまった。

 口を真一文字に引き締めて、貝の様に閉ざしてしまう。

 直人は不思議がって、更に聞く。


「ソフィア? 苦手なものは?」

「……」

「もしかして……」


 ピン、ときた。

 咳払いして、喉をリセットさせて。


「……オゴッ?」

「くっ! 殺せ!」


 ぱっ! と顔を上げたソフィア。

 一瞬で覚醒したソフィア。怒りに顔を振るわせ、半開きだった目がカッと見開かれる。


「ぷっ……あははははは」


 スマホを構えたまま、腹を抱えて笑い出す直人。

 ソフィアの反応がツボに入った。


「あれ? ここは……」


 恥辱にまみれた顔も一瞬だけで、姫騎士はきょとんとした顔になって、辺りを見回した。


「移動民家……洞窟の中ではなかったのか」

「夢を見てたんじゃないのか、洞窟に行く用事なんてないだろ」

「それもそうだな。……ところナオト、それはなんなんだ?」

「ああ、写真と動画をとってたんだ」

「しゃしん? どうが?」


 ソフィアの発音から、この世界にはないものだと分かる。

 そんな事はどうでもいいので、直人はスマホを操作して、まずはさっきとった写真を出して、彼女に見せた。


「ほら、これはあんただろ?」

「え――うわあああ!」


 写真と自分の姿を見比べて、後ろ前になっている鎧の事に気づいた。

 白い肌がみるみる内に桜色に染まる。


「き、貴様なんて事を!」

「いやいやおれは何もしてないぞ、アンタが寝ぼけて自分でやったんじゃないのか?」

「ウソだ! そんな事をわたくしが……」

「しかし鎧って逆さまにつけられるものだったのか、いい事を知ったぞ。そして……うん、これはこれでかっこいいかも知れない」

「わ、わすれろぉ! 今すぐ忘れてくれえええ!」

「そうだ、こんなのもあるぞ」


 スマホを操作して、今度は動画を彼女に見せる。

『そふぃあ……ぺいん……えくすしあ』

「うわあああああ!」


 写真以上の破壊力を持つ動画に、ソフィアは頭を抱えて絶叫した。


「何をしてるんだナオト!」

「いやあ、結構かわいいなあんた。敵軍の壊滅ってちょっとおっかないけどさ。もしかして一人無双とかやるのか。殺戮の姫騎士とかそういうタイプの二つ名持ってたりするとか?」

「そんな二つ名はない! それに壊滅なんてそんなにしてない!」


 大声でわめいて、更に顔を赤らめる。


「というかそれはなんだ! 魔法か! また魔法なのか!」

「魔法というか……魔導具のようなもの? こんな風に色々記録出来たりするものだ」


 でまかせだけどな、と心の中で付け加えた。


「そ、それを消せ、消してくれ!」

「えー、もったいないだろ。こんなにかわいいんだからさ」

「けしてくれええええ」

「うーん、わかった、ただし一つ条件がある」

「な、なんだ」


 ソフィアは身構えた。


「今日一日、こたつに入らなかったら消してやるよ」

「なっ――」


 まるで世界の終わりのような顔をするソフィア。


「ま、またこたつを人質にとるのか貴様は! どこまで卑怯なんだ!」

「人質をとことん使うのが女騎士ものの定番だからなあ。それはともかく――さあ、どうする?」

「くっ……」


 ソフィアは悔しそうに顔をゆがめて。


「一日耐えたら……本当に消してくれるんだな」

「ああ、約束は守る」


 わざわざ(、、、、)守らないような(、、、、、、、)口調でいう直人。


「分かった……約束だぞ」


 ソフィアはうなずき、こたつから距離をとった。

 すると直人はそれに近づき、こたつ布団を本体から引っぺがした。

 それを抱えて縁側から車を降りて、近くの木に干して、しわを伸ばしてパンパンと布団を叩いた。

 布団に太陽が当たる。

 早速、ぽかぽか感がしてきた。

 丁度布団を干したいと思っていた所だったので、ソフィアをい()めるついでにそれをやった。

 これで本格的に今日は車を動かせなくなったが、それでいい。

 直人が車の中に戻ると、早速鎧を着け直したソフィアが、布団のなくなったこたつをじっと見つめている。

 物欲しそうで、我慢している顔だ。


「ああ、そのこたつなら入ってもいいぞ。布団ない状態なら許す」

「ほんとうか!」

「ああ、本当だ」


 許しを得たソフィアは早速飛びついたが。


「こんなの……こたつじゃない」


 布団を失ったこたつに、彼女はシュンとなってしまうのだった。

今日もまったりしてみました。

余談ですが、日がおちた後、こたつ布団についたお日様の匂いにほっこりするソフィアに、直人が「こたつつけたら匂い消えるかもしれないよ」といって、まだいぢめてしまうのでした。

直人くん、ちょっとSなのかもしれない(笑)。

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