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姫騎士とワイパーの根元

「よし、じゃあ今日はここまで」


 直人はそう言って、街道に5分と走らせていない車を止めた。

 助手席に座っている、鎧姿の姫騎士が首をかしげて不思議がった。


「まだ少ししか進んでないが?」

「ガソリンがそろそろなくなるから、今日からはバッテリーだけで走ることにした。ガソリンはいざって時のためにとっときたい」

「がそりん……とやらは分からないが、それがないと走れないのか?」

「そんな事はない、このキャンピングカーはハイブリッド仕様だから、バッテリーだけでも走れる。この車体の重さだと1分走らせるのにざっくり20分くらいの太陽光発電が必要だ。一日の半分が昼間だという前提なら、一日走れるのは60分って計算だ」


 直人はコントロールパネルに表示されている、ソーラーパネルの出力とバッテリーの容量を軽く計算しながら答える。


「だけどバッテリーを全部車を走るのに使うわけにはいかない。照明と冷蔵庫、あとはなんといってもこたつだな。重要なものの電気を確保しようと思ったら、一日は走って5分程度だろ」

「うん? ナオトよ、よく分からないのだが、それは長く走ってしまうとこたつが使えなくなるということなのか?」

「そういうことだ」

「それは大変だ! すぐに止めよう」

「いや止めてるし、さっきからそう言ってるし」

「そうか! ならいい」

「ソフィア?」

「使えなくなる前にこたつに入ってくる」

「いやだから確保するために……ってきいてないな、まあいいけど」


 あきれる直人をよそに、ソフィアは助手席から六畳間和室にそそくさと戻っていき、こたつに潜り込んでまったりしだした。

 まるで、今しないと後で出来なくなってしまう、というような感じである。

 直人も同じようにこたつに入ってまったりしたかったが、ふと、目の前の光景に目を奪われた。

 車を止めた道の横、フロントガラスの向こう。

 そこに、さくらの木が満開して、花吹雪が舞っていた。


「外が冷えるのは秋じゃなくて春だからだったんだな」


 つぶやく彼の目の前で、飛んできた花びらがピトッ、とフロントガラスにくっついた。

 彼がいた元の世界とほとんど変わらない、桜色の小さな花びら。

 くっついたそれを見て、直人の中でほんの少し、遊び心が頭をもたげた。

 ハンドルの横にあるスイッチをふれて、ワイパーを使って、花びらを払った。

 はらわれて、ガラスから飛びだって、ヒラヒラと飛んでいく花びら。

 それを見送ると、入れ替わりとばかりに再びガラスに花びらがくっついた。

 ワイパーで払う、飛んで行く。

 またくっついて、ワイパーで払う。

 なんだか、ちょっとしたゲームをやっているような気分になった。


「お兄ちゃん、何してるの?」


 それで楽しんでいると、ミミが隣にやってきて、助手席から身を乗り出しつつ話しかけて来た。

 ワイパーで花びらを払いながら、ミミに答える。


「花のお掃除」

「それって、面白いの?」

「やってみるか?」

「うん!」


 ミミは大きくうなずき、無邪気な様子で直人のひざの上に乗ってきた。彼女の小さな手を取って、ワイパーのスイッチに導いてやった。


「ここのつまみをまわすんだ」

「こう? わああ、なんか面白い」


 言われたとおりやって、動き出したワイパーの動きにミミは大興奮した。

 キュッ、キュッ、とワイパーが乾いた窓ガラスをこすって音をだした。


「面白いか」

「オゴ♪」

「ちなみにもう一段階ひねるとワイパーのペースが上がるよ」


 キュキュキュー。


「オゴオゴ♪」

「ちなみにこんなのもある、ポチッとな」


 ウォッシャー液がぴゅー、と窓ガラスに吹き付けられ、ワイパーがそれを拭いていった。


「オーゴ♪」


 ミミは大喜びで、ウォッシャー液を吹かせては、ワイパーで拭いていく。

 まるっきり無駄だが、やるミミも見ている直人も楽しそうにした。


「ミミ、ここを見てみて」

「うん?」

「ここに半円形の水が残ってるだろ? で、いま一枚花びらが入っただろ」


 直人はワイパーの根元、拭き取れなくて半円になっている箇所を指さした。

 濡れたそこに花びらが舞ってきて、そのままくっついた。


「うん、入った!」

「ここに全部、花びらが埋まるようにしたらいい事が起きるぞ」

「本当に?」

「ああ本当だ、そうだな……願いごとがかなうな」

「すっごいー」


 願いごとが叶うと聞いて、ミミは更に大喜びでワイパーを動かした。

 プシャー、キュッキュ。プシャー、キュッキュ。

 それを繰り返していると、花びらが少しずつ、拭き取れない水の部分にたまっていった。

 直人は暖かい気分になって、それを見まもった。なんとなく子供の頃祭りの屋台にあるピンボールをやった時の気持ちを思い出す。


「オーゴオゴオッゴッゴー♪」


 気分が乗ってきたのか、オーク言葉で歌を口ずさみながら遊ぶミミ。

 するとガタッ、という音が背後から聞こえた。

 振り向くと、こたつが傾き、片方だけ盛り上がっているのが見える。


「……ソフィア?」

「はっ」


 こたつから飛び出て、居住まいを正して座る。

 何事もなかったかのように、取り繕った。


「ゴホン、な、何か」

「いや何かじゃなくて」

「オゴ♪」

「ヒッ!」


 またこたつの中に潜り込んでしまうソフィア。


「ああ……」


 苦笑いする直人、そういえばオークが苦手だったんだなと思い出す。

 ふと、悪戯心が芽生える。ミミに振り向き、たずねた。


「ミミ、それってなんかの歌?」

「うん! 雨降ってー晴れてー、スライムピョンピョンー、な歌!」

「なるほど童謡みたいなもんか。よし、一緒に歌おっか」

「本当、わーい」


 ミミは大喜びし、ワイパーを動かしながら歌い出す。


「オゴオゴオッゴオゴオッゴッゴー♪」

「オゴオゴオッゴオゴオッゴッゴー♪」

「オゴオゴゴー♪」

「オゴオゴゴー♪」


 タイミングが微妙にずれながらも、直人はミミに合わせて、オークの童謡を口ずさんだ。

 背後からガタッ、ガタッと音が聞こえる。

 最初はちょっとした悪戯心だったのだが、次第に楽しくなってきた。

 オーク気分で姫騎士をいじめるのではなく、無邪気な女の子と一緒に歌をうたうたのしさ。

 ミミをひざの上にのせて、一緒になって童謡を口ずさんだ。

 まるで、子供時代に戻ったような気がした。


「オーゴッゴ……ゴッ♪」

「ゴッ♪」

「すっごーい、ぱちぱちぱち。お兄ちゃんって歌うまいね」

「そうかな、そうだ、今度一緒にカラオケしよう」


 ゲーム機の中にカラオケのソフトがあったことを思い出す。


「からおけ?」

「テレビとゲーム機を使って、一緒に歌うゲームの事だ」

「おー、なんかすごく楽しそう」

「楽しいぞー、今度一緒にやろうな」

「うん!」


 ミミは日本語の文字は読めないけど、そんなのはどうとでもなると思った。


「あっ、花びらが集まった」

「おっ、本当だ」


 フロントガラスをみると、ワイパーの根元の水たまりが全部花びらに覆われるのが見えた。

 白い餅にきな粉をきれいにまぶした、そんな達成感を感じた。


「お兄ちゃん、これでお願いが叶う?」

「ああきっと叶うぞ、どんなお願いにするのか決まってるのか?」

「うん!」


 ミミは大きくうなずいた。


「もっとお姉ちゃんと仲良く出来ますように」


 ガタッ。

 背後から聞こえてくる物音は、いままでで一番大きかった。

 見ると、ソフィアはこたつに入ったまま、おそるおそる顔を出している。

 まるでカタツムリのような格好で、微妙な顔をしている。


「――と、ミミは言ってるけど?」

「うぅ……き、嫌ってる訳じゃない」

「それは知ってる。ミミだってそうだろ? ソフィアがお前のこと嫌ってないって知ってるだろ?」

「うん! お姉ちゃん優しいよ、夜寝るときだっこしてくれるし」

「その上でもっと仲良くなりたいんだよな」

「うん!」

「と、こういうことだ」


 ソフィアは呻いて、やがてこたつから這い出て、おずおずとうなずいた。


「が、頑張る」


 直人はミミを横に置いて、いったんキャンピングカーをおりて、ミミが集めた花びらを手のひらに集めた。

 ワイパーの死角が、またきれいになる。


「ソフィア、運転席に座って」

「あ、うん」

「で、ワイパーを動かして、水もだして」

「わいぱー?」

「これだよー」


 ミミが横からソフィアに教えてやった。

 言われたままにやると、直人が花びらをどかした死角に、再びワイパーがとれない水たまりが出来た。

 風が吹き、桜吹雪が舞う。

 早速、一枚の花びらがそこにくっついた。


「あっ……」

「たまったら、あんたの願いも叶うかもしれないぞ。かなえるんだろ?」


 二重の意味で直人がいうと、ソフィアはハッとする顔になった。

 直人をみて、ミミをみる。やがて、ソフィアはワイパーを動かした。

 真剣に、苦手を克服するために。

 その横から、ミミがアドバイスをする。

 直人は車に寄りかかりながら、桜吹雪のなか、協力しあう二人を見守った。


 その晩、同じ布団で眠るソフィアとミミの枕元に、花びらの小山が二つ分おかれていたのだった。

ワイパーの根元の拭き残しって、子供の頃はすごく不思議に見えてました。

構造上どうやっても拭けないのは分かってるけど、見ていると「次は拭けるよね、次こそ拭けるよね」ってなってたのが記憶に残ってます。

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