姫騎士と自宅警備員
「働きたくないでござる」
早朝の街道、キャンピングカーの中。
ソフィアの何気ない質問に、直人は珍しく強い口調で言い放った。
縁側であぐらを組みつつ腕も組んでいるその姿は、さながら昭和の頑固親父のようだ。
彼の反応と言葉に、ソフィアは目を丸くして驚いた。
「働きたくない……でござる?」
「絶対に働きたくないでござる!」
「待てナオト、人間は働くものだ。大人になれば誰もが生きるために働くものだぞ。ナオトは大人だろ」
「あんたはこれ以上おれに働けって言うのか?」
直人はキッ、と姫騎士をまるで親の敵の様ににらんだ。
「朝六時に家を出て満員電車につぶされて、八時に出社して昼飯はおにぎり一つで夕方の五時まで働いて、そこから残業開始して十二時近くに終電ダッシュして、二時に帰宅して寝たらその三時間後はもう起きてまた会社にいく準備をする――そんな生活を十年近く続けてきたおれにこれ以上働けっていうのか」
ひとつ言うごとに縁側に拳をたたきつけて力説する直人、まるで血反吐を吐くような勢いで、しまいには血の涙までだしてしまう。
「え、えっと……」
「鬼! 悪魔! あんたなんかオークに前も後ろも鼻の穴まで犯されて『んほぉおおおっ!』っていってればいいんだ!」
「お、オークは今関係ないだろ」
天敵の名前を出され、思わずたじろいでしまうソフィア。
「似た様なものだ! やっとの思いで会社やめた社畜に働けっていうのはなあ! 姫騎士にオークの村にビキニアーマーで行かせるようなものだ!」
「だ、だが働かないと生活の糧が得られないのも確かだ」
たじろぎながらも、ソフィアは正論で直人を説得しようとする。
が、正論なんてものは一度社畜道に足を踏み入れた人間にとって、労働基準法と同じく意味のないものだ。
「とにかくおれはもう働かないぞ! 死んでもはたらくもんか」
「頼りがいがある男だと思ってたのに……驚きだ」
ソフィアは横でなにかぶつぶつ言ってるようだが、労働を強要してくる彼女の言葉など聞きたくないと直人は思った。
そんな風に憤慨してる直人の所にミミが愛らしい顔で近づいてくる。
「お兄ちゃんお仕事しないの? お仕事しないとお腹ぺこぺこしちゃうよ?」
「それでも働かない 働くくらいならお腹空かした方がましだ」
「うーん、わかった。じゃああたしがお仕事するね」
「えっ?」
横でソフィアが驚いた。
「あたしがお仕事して、お兄ちゃんにご飯を食べさせてあげるね」
「本当か!」
「うん!」
「お前はいい子だなあ、よしよし」
直人はそう言って、ミミの頭を撫でた。
撫でられた彼女はオゴゴと目を細めて、顔をほころばせた。
ミミを撫でたまま、勝ち誇った顔でソフィアを見る。
「それみたかソフィア、人間働かなくても生きていけるんだ」
「それは……ヒモではないのか?」
「ヒモの何が悪い!」
直人は力強く言い放った。
それを見て、直人に何をいっても無駄だと悟ったのか、ソフィアは目標を変えてミミに向かって聞く。
「お前はいいのか? これじゃダメ男だぞ」
「うん!」
ミミは大きくうなずき、無邪気な笑顔で答えた。
「だって、働かなくていいって言った時のお兄ちゃんの顔、すごく幸せそうだったから。わんちゃんがみかん箱のなかで寝てる時と同じ顔だったよ」
「それがだめなんだろ……」
ソフィアは横を見る、あぐらをくんで縁側からの風景を眺める直人は確かに幸せそうな顔をしている。
「だからあたしがお兄ちゃんにご飯を食べさせてあげるの」
ミミは天真爛漫な笑顔でいった。
あかるくてまぶしい笑顔、それをみたソフィアはますます直人がダメダメに見えた。
「わんちゃん、ご飯を探しにいこ」
「わん!」
どこかに遊びにいくようなノリで、ミミと子犬は一緒に駆け出した。
一人と一匹を見送った後、ソフィアは改めて直人に話しかけた。
「ナオト、お前は恥ずかしくないのか。幼い子供にあんな事をいわせて」
「恥ずかしいなんて言葉はおれの辞書にはない」
「それであの子に与える悪影響は考えないのか」
「そんなの関係ねえ!」
「いいから働け」
「断る」
「働け」
「どうしても働けっていうのか」
「そうだ、大人の男として当たり前だ」
にらみあう二人、やがて直人は無表情になって、部屋の中を見た。
「わかった働く、その代わりあのこたつを処分する」
「えっ?」
驚くソフィア。
「こ、こたつを処分って、何故そんな事をする必要がある」
「こたつはまったりするために買った物だ、会社を辞めて、部屋の中でのんびりまったりするためにな。のんびりするために必要なものは働き出したら邪魔になるから処分するんだ」
「し、しまえばいいだろ? なにも処分までする必要は……」
「ケジメだ!」
直人は強く言って。
「何かのために何かを捨てなければならない事はよくある、あんただって騎士になるために一度は女を捨てたはずだ。違うか!」
「そ、それは……たしかに」
ソフィアの顔がハッとなった。
「だからおれはこたつを捨てなければならない。安心しろ、こたつを捨てたらちゃんと働く、元社畜は伊達じゃない、全力で働いてみせるさ」
直人はそう言って、部屋の中にはいってこたつの前に立った。
「さあソフィア、炎を出してくれ」
「炎を?」
「そうだ、こたつを処分するため――どうせなら後腐れのないように灰にしてしまうんだ。力を貸してくれソフィア!」
「わたしの手で……こたつを?」
目を見開き、言葉を失うソフィア。
「さあ!」
「うっ――」
直人にせっつかれて、ふらふらとこたつの横にやってくるソフィア。
彼女は顔を真っ青にして、こたつを見下ろした。
手はプルプル震えている。
「どうしたソフィア、やってくれ」
「うぅ……」
「やれ! そふぃあああ!」
「うわあああああああ!」
頭を抱えて、髪を振り乱して、絶叫するソフィア。
やがてがっくりと肩を落とし、畳の上に手をつき、へたり込んでしまう。
「わかったぞナオト! おまえ、こたつを人質にとったな」
「今頃気づいたか」
「そんな……卑怯だぞ!」
「卑怯もクソもあるか! こっちはもう働きたくないんだ!」
「本当に……こたつを処分したら働くんだな」
ソフィアは呻きながら、確認する様に直人に聞く。
「ああ、その時は働いてやるよ」
ソフィアは顔をゆがめて、直人とこたつを交互に見比べた。
やがて、彼女は苦渋に満ちた、しかし何か決意した様な顔で。
「ナオト……せめて、せめて最後にもう一度だけこたつに入らせてくれ」
「いいだろう、おれも最後にもう一度入る」
「ありがとう、ナオト」
ソフィアはそういって、二人一緒にこたつに入った。
直人は手までこたつに入れて、ソフィアは顔をこたつの上にのせた。
それぞれが一番くつろげるスタイルで、こたつを満喫した。
怒鳴りあいがなくなって、代わりに切なさがキャンピングカーの中に流れる。
「こたつは……本当に最高だな」
「当然だ、おれの生まれ故郷が生み出した最高の芸術品だ」
「ナオト……どうにかして、こたつを残したまま働く事はできないのか?」
「……一つだけ、それができる職業がある」
「なんだそれは!」
ソフィアは食いついた。
そんな彼女に、直人は真顔で答えた。
「自宅警備員だ」
「自宅……警備員?」
「そうだ、文字通り自宅を警備する人間。外敵から自宅を守るために、二十四時間常駐して……朝も夜も寝ても起きても、晴れの日も雨の日も家から出ないで、ずっと護り続ける過酷な仕事だ」
「朝も……夜も、それは……過酷だ」
「ああ、正直、今までしてきたどの仕事よりも拘束時間が長い。でもわかるだろ? 何かを確実に守るためには、ずっとそばに張り付いて離れないのが一番確実だと」
「それは……たしかに」
「このキャンピングカーの自宅警備員になれば、当然こたつも守る対象に入る。それなら壊す必要はなくなる」
だがつらい、と直人はため息とともに言った。
そんな彼に、ソフィアは顔色をうかがうように言ってきた。
「な、ナオト……」
「なんだ?」
「その自宅警備員に……ならないか」
「……話を聞かなかったのか? 辛い仕事なんだ」
「分かっている、だが……いや」
ソフィアは手を合わせて、直人に頭を下げた。
「頼む、この通りだ」
「……おれに働く以上のつらさを背負えというのか」
「そうは言わない、わたしに出来る事ならなんでもする。だから」
「本当に、なんでもしてくれるのか?」
「ああ」
「……わかった」
直人がそういうと、ソフィアはパアア、と顔をほころばせた。
「本当か、本当に自宅警備員になってくれるのか」
「ああ、男に二言はない」
「ありがとう! ナオト!」
「それじゃあ今からおれは仕事を始める、この家を警備するという仕事をな。そうだ、おれが家から出ないようにソフィアは監視をしててくれ」
「わかった」
うなずき、意気込むソフィア。
二人はこたつに入ったまま、やがてどちらからともなく寝入ってしまう。
日が暮れた後、直人に遅れて起き出したソフィアはようやく自分が騙された事に気付く。
「自宅警備員なんてただの引きこもりではないか! ちゃんと働けナオト!」
「絶対に働きたくないでござる!!」
直人さん@はたらかない。
それがこの作品です。