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フロンティアの王  作者: 魔桜
ベラプ編
30/42

XXX.精霊砂塵は異変の予兆を告げる

 第4市街は、様々な人種の人間で溢れかえっていた。

 その大勢の人間の中でも目を引くのは、座り込んでいる商売人だろう。太陽光からその身と商品を覆うために、薄い布を天井替わりにして商売に励んでいる。煤けた建物と建物の狭苦しい間を利用して、布をピンと張っている。

 耳を聾するばかりの大声で客寄せをしていて、色鮮やかなフルーツが陳列されている。その食べ物を真剣そうな顔で見つめ、恐らくは今日の献立を考えている人々でごった返していた。

 貿易大島であるベラプは、商業が盛んであるため人口は驚く程に多い。特に第4市街はコロッセオの通りに面しているため、人通りが頻繁だ。これだけ大勢の人間がいると酔ってしまいそうになるが、スカスカの通りを歩行するよりは好ましい。

 アンミュレーネは奴隷乙女ガベージの中で一番の有名人なので、注視されることも少なくない。有名税のためアンミュレーネに対して誹謗中傷を大っぴらに言い募る人間も中にはいて憂鬱になるが、身分上耐える他ない。泣き寝入りするしかないと分かっているからそういう態度にでる下衆な性格の人間の、絡みつくような視線に曝されるぐらいなら人ごみなんて気にならない。寧ろ感謝したいぐらいだ。

 老若男女な雑踏に紛れ込んでいると、一個人の存在感なんて全くなくちっぽけなもの。誰も彼もがそれぞれの道を見据えて歩いている。目的や主義主張は様々で、交差する道をただすれ違っている。そうしていると、まるで身分や性別なんて関係ないと思えるから不思議だ。そんなことはありえないって理解できているからこそ、そんな光に満ちたことを考えてしまう。


「アンミュレーネ様~!!」


 一際大きな声は高周波を発していて、それを聴いた瞬間、背中の辺りにまるで氷塊を滑らせたようにぞわっと粟立つ。なんだ、このやかましい女は、と耳を塞ぐ男どもを掻き分けるように、肘の先まで雪のように真っ白い腕が前方から迫ってくる。

 できることならば、ここから一気に駆け出して逃げ出してしまいたい。コロッセオでの闘いにも勝る戦慄が、雷のように頭蓋から脊髄へと駆け抜ける。

「もうっ、探しましたよ。アンミュレーネ様っ! 『闘いが終わったら私のことも待っていてください』ってお願いしていたはずでしたのに、私を置いていってしまうなんて……。ああっ、でもそういうクールなところも、私っ、尊敬しますっ!」

「相変わらず、元気そうね。ヘルクレス」

「えっへへ~~。そーうですかぁ? そーうーでーすーね! なんたって元気だけが取り柄なんですよね、私ってば!」

 ヘルクレスは元気が有り余っていて、それこそこっちの生気を根こそぎ奪われかねない天真爛漫な少女だ。彼女も奴隷乙女ガベージなのだが、その中では珍しく太陽のように陽気で、だからこそ寡黙なアンミュレーネにとって肌に合わない性格をしていて、敬遠しがちだ。

 どうやらヘルクレスは、コロッセオでのアンミュレーネの闘いに感動したらしく、それ以来こうして粘着質に付き纏ってくる。あっけぴろげに迷惑顔を晒しているのだが、そんなものは瑣末なことなのか、構わず話しかけてくる。抑えることのできない大音声のせいで、通行人視線を一挙に収束しているのにも無頓着で無神経だ。

 だがヘルクレスが注視された後も、人々の視線を数刻捉えて引き剥がせない理由は、過分な声の音量のせいではない。彼女が他の奴隷乙女ガベージを寄せ付けない、類まれなる美貌を天から与えられていたからだった。

 なだらかな円弧を描く顔型に沿うように伸びている髪の毛は、耳元を隠す程度までの長さで丁度いい。前髪はというと細部に至るまで切り揃えられていて、意外にも髪の毛は几帳面っぽさが滲みでている。

 くりんくりんとした瞳を縁どっている睫毛は、光彩を放つ粒を零すかのように綺麗だ。小ぶりで可愛らしい鼻は、舗装されている鼻梁に直結している。怖いぐらいに真っ白な肌に溶けるかのような、薄っすらピンク色の唇はぷっくりと弾力がありそう。

 痩せている顎先から、喉仏のでていない喉元から視線を下へと流すと、膨らみの大きい双丘へと収まる。奴隷乙女ガベージの支給品である服は小さめでぼろく、鎖骨のラインはおろか胸元が少しだけ露出してしまっている。だが、そういったマイナスな要素さえも彼女にかかれば、アクセントの一つとなっているようだった。

 そんな可愛さ満点の彼女は、自発的にコロッセオへの出場を志願さえしなければ、かなりの好条件で養ってくれる道楽貴族もいたはずだ。だが、意気揚々とコロッセオにおいて闘いに挑んだヘルクレスを待っていたのは、厳しすぎる洗礼だった。

 目を凝らさなければ分からないが、ヘルクレスは微妙に足を引きずるように歩いている。

 対戦相手が未熟だったが故に、太もも付近の神経を斬られてしまった。それ以来彼女は地面にこすりつけるようにしなければ歩行することもかなわなくなってしまった。

 これでも傷を受けた当初の頃と比較すれば、自己流のリハビリのおかげか格段に良くなっている。日常生活には支障がないが、コロッセオでの勝率はお世辞にも高くはない。

 それどころか、奴隷乙女ガベージとしても、欠陥品という烙印を押された彼女を買い取ろうとする男共はいない。それが幸せなことかどうかは判別しづらいが、そのせいでヘルクレスとアンミュレーネは売れ残りとして旧知の仲となってしまった。

 アンミュレーネには買取先を選べるぐらい大勢の人間から誘われているが、強く拒んでいる。だがそれは自己主張が通るというわけではなく、アンミュレーネのおかげで奴隷主が金を稼げるからだ。コロッセオでは、勝敗の賭けが日常化されていて、かなりの額が動くといわれている。

「で、話は戻るんですけど、どこに行ってたんですか? 第3市街ですか? でも第3市街へと繋がる街道へは精霊砂塵ミストラルがひどくて、通り抜けできないって噂されてるのでやっぱり違いますよね。だとすると――」

「コロッセオの深層で、ちょっと他の人間と立ち話をしていただけだ。入れ違いになっただけだろうからな」

 いい加減打ち明けないと執拗さに拍車がかかりそうだったので、嘘偽りない言葉で堰止める。

 そもそも第3市街への街道が封鎖されていることは周知の事実で、そんはなずがないことは、ちょっと思考すれば分かることだ。思考せず、脊髄反射的にまくし立てるヘルクレスにはいろんな意味で叶いそうもない。

 精霊砂塵ミストラルは、ベラプにしか吹かないとされる特殊な風のことだ。

 精霊は自然界で発生した無機質から発生される、不可視の物質が元になっている。それらの物質が折り重なって、何千何万年もの途方もなく長い歳月を費やして、初めて人の目にも視認できるものを、人々は口々に『精霊』と呼称するようになった。

 その精霊になる前の物理法則に囚われることのない物質が蠢くと、突風にも似た現象が観測される。それを、ベラプでは精霊砂塵ミストラルと言っていて、本来ならば人通りの少ない箇所にしか発生しないものだ。

 だが、ここ最近では第3市街へと繋がる街道一つ例にとっても、異常な場所での発生が懸念されている。

 鉱山開拓時に自然に満ちた森林を更地に変貌させ、街道を網目のように張り巡らせたせいで、精霊砂塵ミストラルが狂ったみたいに連発しているのが専門家の見解らしい。精霊砂塵ミストラルは、精霊が生まれる幻想的な現象のはずが、今となっては人々に災害扱いされている。アンミュレーネの私見では、精霊砂塵ミストラルが消え入る前の、最後の足掻きのように思えて仕方ない。

 私は誰かに必要とされたい。

 人々に邪険に扱われようとも、そうやって苦し紛れに自己主張したくて、まだ見ぬ精霊達が暴走しているような、そんな柄にもなく乙女チックなことを考えてしまう。

「他の人間って……もしかして、あのKって人ですか? ダメですよ! あの人なんだか怪しいです。ましてや、アンミュレーネ様をこの島から出そうだなんて……信じられるわけがないですっ!!」

「そうだな」

 それを決めるのはヘルクレスではないと釘を刺しおきたかったが、概ね同意できる内容だったので閉口した。体の重心をこちらに傾けてきて、噛み付く勢いで反駁してきたので、引き気味な対応になってしまったことも、黙殺した原因に含まれていたのもあるが。

 とにかく、さっきから人の交通の邪魔になっている。奴隷乙女ガベージが道の中央で談笑しているだけでも異質なこと。道を開けるべき者達が、我が物顔で中央独占している、とそんな風に見えていることだろう。当てつけとばかりに、さきほどから肘とか足とかをすれ違いざまに当ててくる。

 早く横にずれてみようか? という視線とか、実際にちょっとずつ移動しようとして遠まわしにヘルクレスに伝えていたのだが、どうやら全然伝わらないようだ。どれだけ痛い目にあっても、自分の話に没頭している様は完全の阿呆の域。

「それじゃあ、私はこれで――」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。まだ話は終わってないですってば。やっぱりその男の人対策に色々と考えなきゃだめですよ。やっぱり毅然とした態度でアンミュレーネ様が……」

「……分かった。分かったから、場所を移して、な?」

「はいっ!」

 と、ヘラクレスは明瞭な返事をしたものの、それから二人して道の端に動いてもずっと話はノンストップ。喋っていなければ死んでしまうとでも言いたげなぐらい舌を動かし続けていて、相槌を打つのでさえ苦行になりながらアンミュレーネはこっそりとため息を一つついた。

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