XXⅧ.闘技場にて奴隷乙女は剣を振るう
激突し合う双方の剣によって。煌々とした火花が散る。
全力を込めた一撃に剣が悲鳴を上げるが、そんなこと構いもせず、どちらも退くことなく猛烈な連撃を交わし合う。
息を跳ね上がらせながら、攻防の間隙を突こうとするが、剣戟を演じ合う眼前の男は闘技場の中でも指折りの実力者だ。決定的な隙を見せることなく、嵐のような剣撃を弾き合う。
腕の筋肉が引き攣りそうになりながらも、苦痛の表情は表に出さずに、縦横無尽に剣を振り回す。僅かでも自らの弱みを露見させてしまえば、それだけで相手の気勢を乗せることになってしまう。あくまでも完璧なクールさを装いながら、透き通るような碧い瞳で睨めつける。
膠着状態となってしまったことに業を煮やしたのか、男は痺れを切らしてリズムを変える。一気に勝負を決めようと剣を振り下ろしてきたのだが、粗くなった剣筋は読みやすい。
そのまま受け止めてから、反撃に講じようとしたのだがそのまま強引に体重を預けてきた。できることならば力比べに興じたいところだが、腕力では男であるあちらに軍配が上がるようだ。
「……くっ」
ジリジリと切っ先がにじり寄ってくる。
冷や汗が女性らしい艶やかな肌から、顎のラインをなぞる。
男は腕力で劣る女をこうして力づくで矜持を踏みにじることができることが心底嬉しいらしい。下衆な嗤いを堪えようともせずに、狂気じみた双眸を向けてくる。臓腑を灼き尽くすかのような屈辱感に、歯噛みしながら膝を地面につく。
男は爛々とした瞳をさらに輝かせるが、それも一瞬で霧散する。
交差する剣を滑らせるようにして受け流すと、重心を全力で傾けていた男は支えを失って前のめりになる。
教官に教わる型通りの剣術ではなく、これは女が独自に開発した体捌き。
剣を交あう相手をただ殺そうとする剣技ではなく、力なき者が相手の力を逆利用したカウンターの総合格闘術だ。
ただ突いたり斬ったりするのではなく、全身をフル活用する技術。ここまで勝ち上がるためには、知恵を絞り込んであらゆることを試すしかなかった。
馴染みのない攻撃によって、相手の虚をつくことに成功する。
瞠目している男の足をかけながら、剣の柄で無防備となっていた後頭部を叩く。男は痛みに低い声で呻くが、こちらに殴打された勢いを敢えて殺さずに前転して距離をとった。
こちらの刃が一挙動で届かぬポジショニングをとるや否や、瞬時に土を蹴りあげる。
突き技。
かなりの速度を誇っていて、一朝一夕の剣技でないことは確かだ。先程までは縦横一閃な、斬撃の攻撃パターンしかなかった。
目が慣れていたおかげで先程まではそこまで攻防に苦はなかったのだが、どうやら手の内を隠していたのはお互い様だったらしい。
剣を横にして、防御できるだけの表面積をできるだけ大きくする。
ギィ――ンと、一瞬花火のように光源が奔るが、なんとか受け止められることができた。柄を握っている手が痺れるほどの、凄まじいまでの突き。剣を取りこぼしそうになるが、ギュッと指の色が力を入れすぎて真っ赤になるまで握り締める。
攻勢に移ろうするが。猛烈な突きがそれを邪魔する。
ギィン、ギィンと鈍い音が何度も木霊する。
途方もない衝撃を伴う連撃に、目蓋がピクピクと痙攣させる。
手が痛い。
訓練用の刀が安物のせいか、こちらの剣が一方的に刃こぼれしてきた。このまま受け身でいると、武器が破壊されてそれこそ為す術がなくなる。イチかバチか狂剣を恐れず立ち向かうしかない。
弾幕の如き突きの一つを選びとり、刃を横に撫でる。
だが、相手の刃に完全に合わせることができずに頬を掠る。タイミングを少しでも間違えてしまうと、より深手を負ってしまう。どれだけ命を懸けても足りないが、そうまでしないと勝利をもぎ取ることができないのが実情だ。
頬から血をタラリと一滴流しながら、臆せずに相手の懐に半歩踏み込む。相手の剣も肉薄するが、それよりも先にこちらの剣先がゴツゴツとした男の喉元にピタリと当った。
女相手にこんなみっともない姿を晒してしまって信じられないといった顔をした男は、剣を放り投げるようにして手放す。それは、このまま戦闘を続ければ命を落としてしまうので降参するという合図だ。
歓声が闘技場コロッセオで爆発する。
空間をごっそりと破砕するような、観客の歓喜に満ちた絶叫。
想像以上に白熱した戦いを演じた者を祝福するかのような、まるで天地がひっくり返るような大騒ぎだ。
聾する耳に手を当てながら、
「私の負けだな……そっちの攻撃が先にあたってしまった」
フッと微笑を中空に添えながら、女は踵を返す。
勝敗よりもこの観客を虜にしたのはどちらかを重視しているような男は、悔しげに顔を歪めていた。それもそのはずで、ここにいる誰もが女の勝利を認めていることだろう。女を征服することが男の第一条件だと勘違いしているような奴にとっては、屈辱の極みなのだろう。
優雅で流麗な動作で剣をキン、と腰についている剣帯に収める。
いつまでも鳴り止まない残響を背景に、女はその場を後にした。




