【濡れ衣】
透は少年時代、4階建ての公営住宅に住んでいた。
そこへ父方の伯父一家が遠くの街から遊びに来てくれた。
祖父の家で数年に1度会う程度の従兄弟が泊まりに来る。
透は嬉しくてたまらなかった。
更にお土産は大好きなガンダムのプラモデル。
最高に良い日になるはずだった。
「行きたい場所がある」と伯父一家は一旦外出することになった。
夕方には戻る予定。
英雄と和恵が玄関で見送った。
スチールのドアが閉まる音がした。
その直後、英雄が怒りの表情を浮かべて透の部屋に入って来た。
プラモデルの説明書を眺めている透を一喝すると「そのお土産を返せ!」と更に怒鳴りつけた。
英雄が怒っている理由も返せと言われる理由も見当がつかない透はただただ困惑するばかりだった。
そんな様子の透に英雄は重ねて怒鳴る。
「お前は、伯父さん達が『また来るからね』と言った後に『もう来なくていいからね』と言っただろ!」
「言ってない!」
透には全く身に覚えが無かった。
「そんなこと言ってない!」
第一、玄関で伯父さん達が『また来るからね』と言ったことすら知らないのだ。
頑なに否定する透に、確かに聞いたと言う英雄。
平行線のまさに水掛け論は英雄が折れる形で終わった。
あれから数十年が経つ。
大人になって知識と経験を得た透には断言出来る。
万が一、透が言ったとしても大声で叫ばなくては玄関には届かない。
あの日、英雄が透に言ったような話し方では絶対に聞こえない。
透が居たのは1番奥の部屋。
和室の6畳間。
扉はふすまだ。
音は吸収こそすれ反射はしにくい。
そこから短い廊下の先にリビングがあり、ダイニングを抜け、更に風呂、トイレに繋がる短い廊下の先に玄関がある。
この間取りで普通に会話をするように言ったところで声が届くはずもない。
濡れ衣を着せられるように怒られたあの日の事はどれだけ経っても忘れられない。
が、同様に今なら分かる。
何故英雄が折れたのか。
きっと英雄も気付いたのだ。
この部屋からは声が届かないことに。
あれは誰の声だったのだろうか。




