【黒電話】
透は友人の翔の家に遊びに行っていた。
翔は23で中古の住宅を購入してひとりで暮らしていた。
それは離農した古い家で、築数十年の固定資産税ゼロの物件だ。
それでも一国一城の主。
スネかじりの透は同い年のこの友人を尊敬していた。
それにしてもこの家には懐かしい物が沢山ある。
前に住んでいた老夫婦が残して行った振り子の手巻き式壁掛け時計やダイヤル式の黒電話…
昭和が詰まった家だった。
時間は20時をまわった頃だろうか。
若さゆえの憂国論議がふたりの間で過熱していた。
そんな中、黒電話がチンと鳴った。
線は繋がっていないし、契約もしていない。
古い家でネズミも居る。
おそらくはネズミが受話器を持ち上げたのだろうと話は落ち着いた。
再び論議が始まると、またチンと鳴った。
翔はふざけて受話器を取り「もしもし」とおどけてみせた。
…次の瞬間。
受話器からブチン!と大きな音が鳴った。
翔は受話器を落として耳を押さえてしゃがみ込んだ。
それもそうだ。
2m程離れた透の耳にも響く程の大音量だった。
「大丈夫か!?」
透は駆け寄って受話器を戻すと翔の肩に手を掛けた。
翔は驚きを隠せない様子だったが「大丈夫」と透に言った。
透は黒電話のコードを手繰り寄せてみたがやはりどこにも繋がっている訳はなく、ネズミがかじった痕も無かった。
あの音は一体…
未だにそれは分からない。