【世間話・後編】
「先生、ウチのバカ息子には参ってしまうわ」
あの日から10ヶ月ほど経ったある日、きっかけは訪れた。
「どうしたんですか?息子さん、確か春に卒業されたんですよね」
聡志は常連客のカットをしながら答える。
独身時代からのお得意様。
結婚式の髪結いも聡志が指名を頂いた。
長男はその翌年。
早いものでもう18年経った。
「それがね、今回は就職して初めてのGWだから友達と旅行するって言うのよ」
「いいじゃないですか。あ…もしかするとガールフレンドと旅行ですか?」
「だったらどんなに良いことか」
本当に残念そうにそう言うと常連さんは話を続けた。
「それがね、先生。心霊ツアーで最初は道東に行くって張り切って出て行ったのよ」
「あらら。肝試しも大人になると広範囲ですね」
これには聡志も苦笑いだ。
「なんでも道東の峠ですごく有名な場所なんですって」
ああ、なるほど。
こうは言ってもこの人はこの手の話が好きなようだ。
聡志はそう感じ取った。
本気で呆れているならここまでは話さない。
長年培った客商売のトークスキル。
美容院というのは腕が良いのは当然だが、トークスキルも人気店の重要なファクターだ。
女性は、特に奥様は雑談をしにきている節も多々ある。
聡志はこの話を続ける相槌を打つことにした。
「峠だとやっぱり事故とかの幽霊ですか?」
「そうなのよ。A峠で起きた事故で亡くなった人の幽霊……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
いつもの聡志ならあり得ない割り込みだ。
お客様の話を止めて自分が話すなんてことは基本的にタブーだ。
話し上手、聞き上手な人間は絶対にやらない。
だが聡志はそうせざるを得ないほどに驚いていた。
あの日の光景がフラッシュバックする。
「もしかして、もしかしてですけど、親子ですか?半袖姿の親子ですか?」
「なんだ、先生も知ってたの!白い車に乗っていたらしくて、白い車を見掛けると停めて乗り込もうとするですってね」
鏡越しに聡志を見る常連さんはすこしガッカリした様子だ。
「いえ……。私、去年見ました」
そう告白しながら全身は総毛立っていた。
落胆の表情だった常連さんは驚いた顔で青ざめる聡志を振り返った。
翌々月。
幽霊を見ることが出来なかった息子に聡志の話を聞かせて自慢したと、カットで来店した常連さんが嬉しそうに言った。
思い出したくない聡志としては、ただただ愛想笑いをするだけだった、




