【鈴の音】
ガイドの沢木と添乗員の吉井はトンネルを歩いていた。
「歩くと長いですね」
沢木の言葉に吉井は頷いた。
「携帯が圏外でなければねぇ」
吉井は右手に持った携帯のストラップをつまんで恨めしそうにブラブラと振った。
ふたりが乗務する観光バスが鹿と衝突したのは今から15分ほど前。
事故の報告と代替バスを要請する為に電話ボックスへ向かっていた。
出口が近付いて来た。
あと200mほどだろうか。
不意に沢木が言った。
「鈴、持ってる?」
吉井は答えなかった。
また少しして沢木が尋ねた。
「ねぇ吉井さん、鈴持ってる?」
吉井はやはり答えなかった。
…が、突然沢木の腕を掴むと来た方向へ、バスに向かって走り出した。
「えっ、ちょっ…どうしたの!?」
吉井は無言で走り続ける。
沢木は訳も分からず引かれるがままに走っていた。
ようやくトンネルを抜けてバスまで辿り着いた。
沢木は息も絶え絶えに聞いた。
「一体どうしたのよ?」
吉井は蒼白な顔で答えた。
「あなたが2度目に聞いてきた時、出口に居たのよ…」
吉井も何度も息継ぎをしながら言葉を続けた。
「托鉢みたいな格好をした人が、杖みたいのをシャンって鳴らして…」