遭遇
「それでどうしたんだ?」
「何がよ。」
「いきなり一緒に帰るだなんてさ。」
現在、やっと全ての授業から開放され、待ちに待った下校中となっている。
しかしその終了のチャイムと同時、まだHRも始まる前にナツが教室に再び突
入してきて、“一緒に帰るから、下で待ってて!”の一言を残すだけ残して戻
っていったのだ。
あのタイミング……俺がHRをサボって帰るのは完全に見抜かれていたようだ。
だからといって律儀に待っていなくても良かったのだが、無視しても後々面倒
なことになるのは目に見えているし、今日は学校の後にバイトなどがないので
言い訳も用意できていない。
そこまで見越しての行動なんだろうが……恐ろしい娘だ。
「だって、アンタこうでもしないときっちり話す時間とれないじゃない。いっ
つも適当にはぐらかして、どっか行っちゃうんだから。」
「俺って多忙だからねー。」
「自ら進んでやってるでしょ……、ほんと困ったこととかあったら遠慮せずに
言いなさいよね。」
「これほど完璧な人間に困ることなんてないだろ。」
「……はいはい、そうですね。」
呆れ気味にため息をつかれた。
実際、万事上手くはいっているし、たとえそうでなくとも他人の手を煩わせた
りすることはしない。
「家事のスキルだってそこらの主婦に負けてないし、金銭面もご存知のとおり
数々のバイトの収入で潤ってる。」
「まあ、アンタに料理とかで勝てるのはそういないわよね。」
「ふっふっふ、プロ顔負けってとこか。」
「ったく、そういうところは男は下手でいいのよ。女の立場がなくなっちゃう
じゃない。女に任せるのも男の甲斐性よ。」
「しょうがないだろ、任せる女がいないんだから。」
「むぅ…………」
「なんだよ?」
「…………馬鹿。」
何故か少し早足になって先行しようとするナツ。
このままでは容赦なく置いていかれそうなので、小走りで横に並ぶ。
「どうしたよ、いきなり?」
「アンタは家事より先にもっと他のことを勉強したほうがいいと思うわ。」
「はぁ。」
「学校でもいつまでもあれなの?」
「いや、別に俺から関わりを避けてるわけじゃないぞ。あっち側が怖がってん
だから、無理にとはいかないだろ。」
「努力が足りないのよ。」
「努力って……」
確かに面倒で自分からいかないのは否定できない。
もう少し積極的に行動すれば変わるのかもしれないが、仲良しこよしを演じた
ところでメリットなどあるのか。
表面上の関係を築くだけなら、学校にほとんど顔を出さない俺には全くもって
無意味なことだ。
よって、努力の必要なし、以上。
「ん……?」
「大体、アンタはね……」
「ちょっと待った。」
「へ、何よ!?」
手を伸ばし、右隣にいるナツの進行を制する。
ナツも急なストップに驚いている。
「…………あのさ、明日俺の弁当作ってきてくれないか?」
「ど、どうしたのいきなり?」
「いや、なんかナツの料理が食べたくなったっていうか……」
「……プロ級のお方が凡人の料理を食べたいわけ?」
「人に作ってもらう美味しさってのもあると思うんだ。」
「怪しい……一体、何考えてるの。」
「ただ純粋にナツの弁当が食べたいんだよ。それで明日は一緒に昼飯食えたら
嬉しいんだけど、駄目か?」
「駄目じゃないけど……」
「金はちゃんと払うからさ、これで明日の俺とナツの分の材料は買ってくれ。」
「お金なんて別にいいわよ。」
「そうはいかないって。」
適当に財布からお金を取り出し、ナツに渡す。
「ちょっと、こんなに……いくら何でも多いわよ。」
「それで今から良いもんでも買ってきてくれよ。あとはナツが作ってくれるっ
てことへの感謝料だ。」
「食品代は分かったけど、私へのお礼はいいわよ。」
「何言ってんだ、女子に作ってもらいたくても環境に恵まれない奴だっている
んだ。あとそれだけ期待してるってことだから、美味いもんを頼むぞ。」
「……分かったわよ、今から買ってくる。」
「おう、暗いから気をつけろよ。明日、楽しみにしてる。」
「ふん、調子いいんだから。」
機嫌がいいのか悪いのかは分からんが、とりあえず承諾してくれた。
ナツはいつも利用している店へと進路を変え、遠ざかっていく。
「……さてと。」
感じたのは漠然とした嫌な空気。
何かなんて分からない。
けど、こう俺の胸の奥底が疼くような……嫌な予感だ。
俺はそのままさっきは二人で入ろうとした路地に足を踏み入れる。
少し歩いて、俺の直感が正しいことが証明された。
漂ってきたのは、血のにおい。
凡人ならすぐに引き返すであろう異常事態。
だが、俺の足は止まらない。
ただただ不穏の根源ともいえる場所に近づいていく。
数人が倒れている。
辺りの塀に赤い液体が飛び散っている。
そんなものが視界の端に映ったが、俺の目は正面を捉えていた。
惨状を超える異常がそこに存在したから。
「あれ、また新しい獲物?」
「こりゃあ、買い物ついてったほうが良かったかもな。」
遂にイベント発生。
こっからですね。