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第八話 「約束」

 紅葉が外国に引っ越した日。

 俺は、あの日の事を決して忘れないだろう。いや、忘れたくても忘れられない。それほどまでに、あの日の記憶は鮮明に残っていた――


 消えることも、薄れることもなく、ずっと――



 聖ヶ崎でも1,2を争うほどに巨大な桜の木。その桜の下で、幼い俺と、幼い紅葉は話していた。


「ねぇ紅葉、本当に行っちゃうの?」


 悲しみに満ちた俺の声が、その場に響く。


「・・・・・・仕方ないよ。お父さんの仕事の都合だもん。」


 紅葉は、バツが悪そうに顔を伏せていた。


「じゃあ、おじさん達だけ外国に行って、紅葉は残れば・・・・・・」


 我ながら、本当に無理な注文だ。だが、この時の俺は必死だったのだ。きっと、神にもすがる思いで言ったのだと思う。


「そんなの、ムリに決まってるでしょ・・・・・・」


 案の定な回答。

 そんな当たり前の答えを言う時でさえ、紅葉はバツが悪そうだった。


 紅葉は悪くないはずなのに。

 悪いのは、無理な注文をしている俺なのに。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 そして、沈黙。重苦しい空気が俺達を包み込む。


「じゃあ・・・・・・約束して!」


 先に沈黙を破ったのは、俺だった。


「約束・・・・・・?何を?」


 紅葉が伏せていた顔を上げ、俺に尋ねた。


「いつかまた、俺と再会すること・・・・・・そして、また俺と遊ぶこと!」


「涼太・・・・・・」


 きっと、これが今の俺に言える精一杯の注文なのだ。

 これならば、紅葉も曖昧に頷けるだろう。未来の事なんて、保証できるわけが無いのだから。

 しかし、紅葉は・・・・・・


「うん!約束する!私、絶対にまた涼太に会う!それで、いっぱい遊ぶ!」


 はっきりと、そう言い切った。

 その言葉には、冗談半分といった雰囲気は微塵も感じられなかった。紅葉は本気で、俺と再会すると言ってくれたのだ。


「ホント!?約束だよ!?」


「うん!・・・・・・じゃあさ、涼太も一約束して。」


 紅葉は俺の目を見ると、真剣な表情でそう言った。


「何を約束すればいいの?」


「私と再会するまで・・・・・・絶対に泣かない事!」


 それは、泣き虫だった俺にとって、かなり難しい約束だった。でも、紅葉の真剣な目を見たら・・・・・・とてもじゃないが、嫌とは言えない。それに、俺は男らしくなると誓ったのだ。


「分かった!守る!絶対に泣くもんか!」


 俺は出せるだけの声を振り絞り、紅葉にそう言った。


「本当!?じゃあ・・・・・・指きりしようか?」


 そう言って、紅葉は自分の小指を差し出してきた。


「ユビキリ?」


「うん。破ったら針千本だよ〜?痛いよ〜?」


 紅葉はそう言って、俺を脅してくる。当時の俺には、この“脅し”が効果抜群だったのだ。


「痛いのは、イヤだ・・・・・・けど、紅葉とまた会えるなら、ガマンする!」


 そう言って、俺も自分の小指を差し出した。

 やがて二つの指は結びつき、“指切り”の形が出来上がる。


「「ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん♪う〜そつ〜いた〜らは〜りせ〜んぼ〜んの〜ます♪ゆ〜びきった♪」」


「はいっ!指きり終了!」


「うん!」




「今度再会するときは、この桜の木下で会おう。」


 紅葉が、目の前の巨大な木を指差した。


「うん!分かった!じゃあ、目印つけておこうよ!」


 そう言って、俺は近くに落ちていた鋭い石を拾うと、木の幹に「りょうた」と汚い字で彫った。


「じゃあ、次は私ね。」


 紅葉も同じく、俺の字の隣に「もみじ」と彫った。俺とは対照的に、とても綺麗な字だ。


 この幹に印された「りょうた もみじ」の字が、約束の証になった瞬間だった。


「・・・・・・私、そろそろ行かなきゃ。」


 少しの沈黙の後、紅葉は言った。


「・・・・・・うん。」


 溢れ来る感情を抑え、俺は静かにそう言った。

 ここで紅葉を引き止めてはいけない。だって、約束したじゃないか。俺達の約束を、今は信じよう。


「じゃあ・・・・・・」

 

 紅葉はクルリと俺に背を向け、全速力で走り出した。

 去り行く見慣れた背中。あの背中を、俺はもう見れなくなってしまう。俺はその背中に投げかけるように、喉から声を絞り出した。


「紅葉・・・・・・!俺、忘れないから・・・・・・!お前と過ごした日々、絶対に忘れないから!俺、結局男らしくなれなかったけど・・・・・・いつか絶対に男らしくなってるから!その時に・・・・・・また会おうぜ!」


 紅葉は振り返らなかった。

 しかし、紅葉の周りに舞っている、キラキラとしたもの・・・・・・あれは、涙なのかもしれない。


 悲しむ必要は無い。

 きっとまた会えるから――

 

           「約束だよ」





 ジリリリリリリリリリ!


「ん・・・・・・」


 相変わらずうるさい目覚まし時計の音で、俺は目を覚ました。

 俺の目に映っているのは、部屋の天井のみ。


「夢か・・・・・・」


 しかし、6年前の夢を見たのも久しぶりだ。そもそもここ最近、夢など見ていなかったような気がする。

 ふと、俺と紅葉が写った写真に目が行った。


「約束、か。」


 あの頃の約束。俺は今でも信じている。誰がなんと言おうが、いくら無駄だと言われようが、俺は信じ続けるつもりだ。

 この約束が、俺と紅葉を繋ぐ絆だと思うから。


「さて、と・・・・・・」


 俺はすばやく制服に着替えると、一階へと向かった。




「ソレイユ、今日は早いな。」


 平日は俺よりも起きるのが遅いソレイユが、今朝はもう起きていた。ソレイユはソファーに座り、ニュース番組を眺めている。


「本来、私は早起きだぞ。ただ、人間界に来たばかりで、慣れるのに少し時間が掛かっただけだ。人間界に来て、もうじき一ヶ月。そろそろ天界での生活サイクルに変えようかと思っているのだ。」


 それならば、朝食の用意をしてくれるとありがたいのだが・・・・・・どうやらソレイユは料理が作れないようなので、諦めるしかない。

 

「それじゃ、朝飯でも作るか・・・・・・ソレイユ、お前も食うよな?」


「ああ。頼む。」


 俺はキッチンへと向かうと、二人分の朝食を作り始める。

 しかし、ソレイユが来てからというもの、俺は自炊する機会が多くなったように感じる。面倒ではあるが、やはり温かみのある食事の方が美味く感じるのは確かだった。


「ほい、完成っと・・・・・・」


 俺は出来上がった朝食を、ダイニングへと持っていった。

 




「それじゃ、行ってくる。」


 玄関で靴を履きながら、ソレイユに言った。


「ああ。留守は任せておけ。」


 ソレイユは薄い胸を張り、言った。

 だが、こうして誰かに見送ってもらうのも、随分と久しぶりのように感じる。悪い気分はしなかった。


「わざわざ見送り、ありがとな。」


「気にするな。ついでだ。」


 一体何のついでなのだか分からないが、相変わらずこの少女も素直ではない。・・・・・・いや、ソレイユの事だ。もしかすると、本当についでで見送ってくれているだけか・・・・・・?まぁ、そんな事はどうでも良い。


「それじゃあな!」


 俺は玄関を勢いよく開け、外へと飛び出した。




 気がつけば早いもので、入学式からもうじき一ヶ月が経とうとしていた。俺も学校に慣れ、遅刻もあれ以来していない。慣れてみれば、この学校の居心地は悪くなかった。いや、中学の頃に比べれば、むしろ好環境だと言える。


 いつもより若干早く、教室に到着する。すると、何やら教室が騒がしい事に気付いた。一体、これは何の騒ぎだ・・・・・・


「颯人、これ、一体何の騒ぎだ?」


 先に教室に到着していた颯人に、聞いてみることにした。


「何だ涼太、知らねぇのか。」


 知らねぇから聞いてるんだよ、というツッコミは控えておこう。


「だから、何を?」


「本当に知らねぇの?」


 実にしつこい。勿体ぶってないでさっさと教えて欲しいものだ。


「だから、何を?」


「へっへっへ。今日の昼メシ奢ってくれたら、教えてやってもいいぜ。」


 颯人は情報の提供と引き換えに、本日の昼飯を要求してきた。


「じゃあ、いい。」


「ってコラ!そこは乗っとけよ!」


 スルーされて突っ込むのなら、始めからボケてんじゃねぇよ。


「まぁいいや・・・・・・何でも今日、転校生が来るらしいぜ。」


「転校生?」


 入学から一ヶ月も経っていない時期に転校なんて、どこの物好きだ?


「そして何と!転校生は帰国子女らしい!か、可愛い女の子だったらいいなぁ・・・・・・エへ・・・・・・エヘヘ・・・・・・」


 颯人はこれ以上無いというくらいにいやらしい笑みを浮かべていた。知らない人間が見たら、100%変質者と間違われる顔だ。・・・・・・いや、変質者で間違いないか。


「き・・・・・・きもい・・・・・・」


「うるせー!お前は、男のロマンってヤツを理解してねぇんだよぉぉぉぉぉ!」


 そんなロマンなど、一片たりとも理解したくは無い。


「大体、まだ女子って決まったわけじゃないだろう。」


「いや!絶対に女子だ!女子に決まってる!神さまは恵まれない俺を救って下さるのだ!」


 見ている限り、コイツは神さまに限りなく嫌われていると思うのだが。それに、神さまは俺の家に住んでいる。


「きっこくしじょっ!きっこくしじょっ!」


 颯人は人目もはばからず、手を叩きながら何やら叫び始めた。それを見たクラスメイトは、例外なく全員ドン引きしている。

 颯人よ・・・・・・モテたいのならば、まずはその変質者的行動を控えた方が良いと思うぞ・・・・・・


「付き合いきれん・・・・・・」


 俺はそう言うと、早々と自分の席に戻った。

 しかし、転校生か・・・・・・颯人じゃないが、どんな奴だか気になることは確かだ。




 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

 

 HRの始まりを告げるチャイムが鳴り響く。


「ホラ〜!席つけ〜!」


 チャイムの音とほぼ同時に、英子先生が教室に入ってくる。しかし・・・・・・面倒くさがり屋の割には、意外と時間ピッタリに来るんだよなぁ、英子先生・・・・・・


「え〜、今日から転校生が来ることになってる。まぁ、早くも噂になっているようだけどな。さっき、変な叫び声も聞こえたし・・・・・・」


 ザワ・・・・・・ザワ・・・・・・


 先生の言葉を受け、教室はとたんに騒がしくなる。


「し〜ず〜か〜に〜!紹介できないだろうが!」

 

 先生の声に、教室は再びシンと静まった。


「じゃあ、秋月さん。入って。」


 先生が、恐らく転校生であろう人物の名前を呼び上げ、教室に入るように指示する。


 しかし、「秋月」という苗字なのか・・・・・・

 いや、まさかな・・・・・・


 ガラッ――


「秋月さん」と呼ばれた生徒が、教室へと入ってくる。


 凛とした雰囲気。端麗な顔つき。スラリと美しい身体。黒く長い髪をポニーテールに束ねた髪型。

 そして――


 八年前の面影を残した、懐かしい姿――


「はじめまして。今日からこのクラスでお世話になります、“秋月 紅葉”と申します。よろしくお願いします!」


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