第七話 「休日」
日曜日――
当然、今日は学校は休み。そしてやることも無い俺は、例によって暇を持て余していた。
「暇だ・・・」
口で「暇だ」と呟く人間はあまりいないと思うが、今日の俺は思わず口から「暇だ」という言葉が洩れてしまう程に暇なのだ。
唯一残っていた読みかけの小説は、昨日のうちに全て読み終えてしまった。
もし、今の俺に「一つだけ言葉を作る権利」があるとするならば、「暇死ぬ」という言葉を作りたいと思う。ソレイユに掛け合ってみようか。
ちなみに「暇死ぬ」とは「暇すぎて死ぬ」という意味だ。まぁ、そのまんまだ。
「お〜い、愚民〜!」
あまりの暇さに、極端に下らないことを考えていると、一階から何やら俺を呼ぶ声がする。
ソレイユ・・・いつもは「仕事だ」と言って出かけているのだが、今日は出かけていないらしい。
「お〜い、愚民、起きてるかぁ〜!」
依然としてソレイユの俺を呼ぶ声は続いている。
しかし、一体何の用なのだろう。嫌な予感がするのだが・・・
「お〜い!愚民〜!返事をしろ〜!さもないと・・・」
――!
まずい。この展開は――
――恐らく呪文詠唱だろう。
「あ〜!はいはいはいはい!起きてます起きてます〜!」
呪文を唱えられては堪らないので、慌てて一階へと向かう。
「む。愚民。もっと早く返事をせんか!」
「悪かったな。で、何の用だ。」
それが一番気になるのだ。
ソレイユが俺を呼ぶとなると・・・先程も感じたが、やはり嫌な予感がする。
「うむ。今まで調査ばかりで、少し疲れた。今日は気分転換に町に出たいと思う。」
「ふむふむ。」
確かにソレイユが外出するときはいつも「仕事」と言っていた。
まだ遊びに言ったことはなかったらしい。
「そこでだ!愚民。貴様に、私の案内係を頼もうと思う!存分に感謝するのだな!あはははは!」
・・・。
・・・・・・。
別段無理な頼みでは無かったので、とりあえずホッとする。
やたら偉そうな態度が気になるが、俺も暇だったので調度良い。今日はソレイユに付き合ってやるとするか。
「分かったよ。付き合ってやる。」
俺の言葉に、ソレイユは少し意外そうな顔をした。
「・・・貴様にしては意外だな。・・・怪しい。」
人の親切心をまず疑うという曲がった精神を持ったソレイユ。
「・・・あのなぁ。一緒に住んでる以上、どうせならお前とも仲良くしたいんだよ。」
「な・・・」
ソレイユはまたしても驚いた顔を見せた。だが、その表情は先程とは少し違う。
「まぁ、それに暇だし。断る理由は無いだろ。」
「あ・・・む・・・まぁ・・・そうだな・・・」
ソレイユが少し言葉を詰まらせた。
意外と言えばソレイユも意外だ。彼女のこんな反応は今までに見たことが無かった。
「・・・どうかしたか?」
「・・・べ、別になんでもない。さっさと着替えて来い。出かけるぞ。」
相変わらず偉そうなソレイユ。
俺は渋々二階へと向かうと、普段着へと着替えた。
しかし――さっき一瞬、ソレイユの顔が少し赤く見えたような気がするのだが・・・まぁ、見間違いだろうな。
休日の空は、綺麗に晴れ渡っていた。
雲一つ無い快晴。出かけるにはもってこいの天候だ。
吹く風はやや涼しく、頬を撫でる風の感触が気持ち良い。
「で・・・どこに行きたいんだ?」
ソレイユに尋ねる。
「ふむ。まずは【でぱあと】とやらに行きたいな。」
妙なイントネーションが混じっていたような気がするが、気にしないでおこう。
「私も・・・流石にこの服は目立つのでな。」
確かに。ソレイユの服は・・・なんと言うか、異世界の服みたいな感じだ。まぁ実際、異世界から来ているのであろうが。
とにかく、この服のままでは目立ち過ぎる事は確かだった。
「それじゃ、デパートに行くか。」
「うむ!案内しろ!」
俺達は行き先を決めると、目的地であるデパートを目指した。
商店街を抜けた所に、この町で一番大きなデパートがある。
大方の買い物はそこで済ますことが出来るが、いかんせん遠いので、普段はあまり利用しない。
商店街は、相変わらず混雑していた。平日でさえ人が多いこの商店街。休日には更に人が増える。
商店街を抜け、デパートに到着する。
「これが・・・【でぱあと】・・・」
ソレイユはもの珍しそうにデパートを眺めていた。
「なんだ。デパートが珍しいのか?神さまなのに。」
「ふ、ふん!そんな事あるわけなかろう!さぁ、さっさと行くぞ!」
そう言いつつ、裏口に向かって行くソレイユ。
先が思いやられるぜ・・・
「さ、ここが洋服売り場だぞ。」
裏口から入ろうとするソレイユを無理矢理連れ戻し、早速洋服コーナーへと連れて行った。ここで着替えさせてから買い物をさせよう。
「色々な服があるな・・・これが人間界の服か・・・」
ソレイユは実に不思議そうに洋服を眺めている。その姿は、ショッピングを楽しむ少女・・・と言うよりは初めて納豆を見たときの外国人に近い。
「愚民、これなどどうだ?」
見れば、ソレイユが一着の洋服とスカートを持っている。
ピンクと水色でカラフルに仕上がっているその服は、非常に可愛らしかった。
「いいんじゃないか。試着して来いよ。」
「そうだな。」
ソレイユはそう言うと、試着室の中へと消えて行った。
待つこと5分。どうして女子の着替えはこんなにも時間がかかるのだろうと思い始めた矢先、試着室の扉が開いた。
ガチャ――
「ま、待たせたな。」
「――!!」
綺麗だった。
カラフルで可愛らしい服が、ソレイユの美しさを余計に引き立てている。
「へ、変じゃないか・・・?」
ソレイユは自分の服をしきりに気にしている。慣れない服装に少し困惑しているようだ。
だが、そんな仕草さえ、俺の目には美しく写った。
今日の俺は、どうかしてしまったのだろうか。
「か、可愛い・・・」
「なっ!・・・何を言っているのだ!貴様にそんなことを言われたって・・・嬉しくなんか無いぞ・・・!」
しまった。口がすべった。
あまりの美しさに、口が勝手に動いていたのだ。
「ち、違う!服がだよ!服が可愛いんだ!」
慌ててごまかしにかかる。
「・・・それはそれでムカつくな。」
ならばなんと言えば納得して下さるのだろう。全く・・・理不尽な神さまだ。
そんなことを思っている俺の顔は、笑っていたと思う。
「ムカつく」等と言っていたソレイユも、いつもは見せない笑顔を見せていた。
次にやってきたのは地下の試食コーナー。
ソレイユにとっては珍しい食べ物がいっぱいだ。
「これは・・・食べ物なのか・・・?」
珍しく納豆の試食をやっていたコーナーで、ソレイユが俺に尋ねた。
「ああ。立派な食べ物だよ。・・・腐ってるけど。」
「・・・腐ったものを食べるなど、やはり人間はどうかしている。」
やはり神さまには納豆の魅力が分からないらしい。これは、一度食べてもらうしかない。
俺は納豆を買い物カゴに入れた。
「しかし、天界とは随分と食べ物が違うな。」
「天界の食べ物って、どういうんだ?」
なかなか気になる話題だ。天界人はどのようなものを食べているのだろう。
「・・・例を挙げるとすれば、スレイスグーレの照り焼き、サラマンダーの煮物、サードラゴンのスープ・・・などか。」
全く聞いた事の無い料理の名前が出てきた。
スレイスグーレとは何だ?それに、ドラゴンという単語が出てきたような気がするが。
「と、とりあえず、次行こうか。」
次にやってきたのは、スポーツ用品店。
ここでも初めて見るものがたくさんあったのだろうか、ソレイユは興味を示していた。
彼女は野球用品コーナーにあったバットを手に取り、じーっと眺めていた。
「これは・・・人を殴り殺すためのものか・・・?」
「そんな物騒なスポーツは無い。」
確かにそういった使われ方をすることもあるが・・・
天界には、そんな物騒なスポーツがあるのか?
午後1時――
「そろそろ腹が減ってきたな。」
「まぁ、ずっと動き回っていたからな。」
ここら辺にある店となると・・・・・・デパートの外に行くのも面倒だし、デパート内にあるファーストフード店でいいか。
「ソレイユ、昼飯、ハンバーガーでいいか?」
「【はんばあがあ】とは何だ?」
まさかハンバーガーも知らないとは。
ソレイユって、意外と無知な神さまなんだな。
・・・。
・・・・・・。
ソレイユはハンバーガーを気に入ってくれたようで、「機会があればまた来たい」と言っていた。
俺は俺で、「ハンバーガーを食べる神様」を眺めることが出来た。これはめったに見ることの出来ない光景だ。心の中にしまっておくとしよう。
その後も、俺達は色々なコーナーを回った。
ゲームコーナーに雑貨コーナー。お土産コーナーも見た。
とても楽しい時間だった。こんなに楽しんだのは随分と久しぶりな気がする。
ソレイユも楽しんでくれていると嬉しいんだが・・・・・・
「どうした?愚民。」
俺の視線に気付いたのか、ソレイユが顔をこちらに向けた。
当然、俺の考えなんて知る由も無く・・・
「なんでもない。さ、次行こうぜ!」
「そうだな!」
ソレイユが楽しんでくれているかは分からないが、俺は自分に出来る精一杯の事をすれば良い。
デパートを出た時には、時刻は午後6時を回っていた。
デパートに着いたのが11時頃だとすると・・・
約7時間程いたことになる。
「ふぅ・・・いっぱい買ったなぁ・・・」
大量の荷物を見ながら呟く。
「まぁ、大半は私の生活用品だがな。・・・すまんな、荷物を持たせてしまって。」
ソレイユが柄にも無い事を言っている。
「まぁ、気にすんな。俺達は同居人だろ。」
「愚民・・・」
ソレイユはまたしても意外そうな顔で俺を見た。
俺が優しい言葉を掛けるのはそんなに意外な事なのか。
「・・・最初は少し戸惑ったけどさ。いざ一緒に暮らしてみると、意外に楽しいもんだな。今日だって・・・その・・・すっごく楽しかったよ。ありがとな。」
「え・・・」
今日は何故か素直に自分の気持ちを言うことが出来る。
いつもこうだと良いのだが、なかなか上手くいかないものだ。
「ああ。それと、これやるよ。」
俺は丁寧に梱包された一つの箱をソレイユに手渡す。
実は先ほど、ソレイユに内緒でアクセサリーコーナーに行き、ペンダントを買っておいたのだ。
新しい同居人、ソレイユの引っ越し祝いとして。
「こ・・・これは・・・?」
ソレイユは俺があげた箱をまじまじと見つめていた。
「引っ越し祝いのプレゼント・・・かな。最初に言ったろ、一緒に住むなら仲良くしたいって。引っ越し祝いにそれくらいプレゼントしてやったってバチは当たんないかなって思ってさ。」
「・・・・」
ソレイユは信じられないといった表情で、俺の顔を見た。
今の反応で、ソレイユが俺をどう思っていたのか理解できたような気がする。
「でもさぁ、結構悩んだんだ。女の子って、何をプレゼントしてやれば喜ぶのかなって。で、結局無難なペンダントにしたんだ。なんかありきたりな物でゴメンな。」
「・・・・」
ソレイユは固まったまま動かない。その視線は、俺があげたペンダントへと注がれていた。
「さ、そろそろ帰ろうぜ。」
「・・・わ、私も・・・」
ソレイユが何か言った。だが、声が小さ過ぎる為、聞き取る事ができない。
「え?何?声が小さくて聞こえないよ。」
「私も・・・今日は楽しかった・・・それで・・・その・・・」
「・・・・・。」
「あ・・・ありが・・・とう・・・」
俺は一瞬、自分の耳を疑った。
いつもはツンツンしているこの少女が、確かに俺に言ったのだ。
「ありがとう」と――
嬉しかった。何が嬉しかったのかは・・・・正直、良く分からない。
だけど、ソレイユが笑っている。ソレイユが楽しんでくれた。
それだけで、俺は嬉しかったのかもしれない。
「ああ。じゃあ帰ろうぜ。【俺達】の家に。」
「・・・ああ。」
俺達は、肩を並べて家路についた。
ふと、ソレイユの表情に目が行った。空に映える夕日が、彼女の顔を赤く染めあげていた。
ソレイユと買い物をした――
たったそれだけの事だけど・・・
今日、俺達の距離は随分と縮まったような気がした。