第五十三話 「帰宅」
大分間が空いてしまいましたが、いよいよ夏鈴島編が完結しました。
これからは、新たな展開、新たなキャラクターを取り入れ、クライマックスに向けて一直線に進んでいく予定です。
「光月……か。」
俺を呼ぶ声に振り向くと、そこには笑顔を浮かべた光月が立っていた。
着ている服は、この前とは若干デザインが異なるものだった。が、相変わらず暑そうな服である。
「こんにちは、涼太さん。」
光月はこちらに向けて、ペコリと一礼する。
その動作にあわせて、純白の髪がサラリとなびいた。
「よう。で、光月はこんなところで何してんだ?」
「私ですか?私はお散歩をしていたところです。ちょうど風が気持ち良さそうだったもので。」
“風が気持ち良さそう”という理由だけでわざわざ散歩に駆り出すあたり、女の子とは実に不思議な生き物である。もちろん、例外もいるが。ぐーたらな俺には、到底考えられない話だ。
「涼太さんはこんなところで何を?」
「え?俺か?俺は……。」
いざ尋ねられてみると、答えにくい。一体、俺は何をしているのだろうか。
正直な話……俺は“買い物をしようとバイヤーストリートに行ったが、特に買う物が無くて、ホテルにも戻れなくて、仕方が無いのでここらを散歩している”という何とも微妙な立場にある。
「ま、俺も散歩かな。」
大部分の説明を省き、手短に状況を説明した。
「そうなんですか。同じ日の同じ時間にお散歩なんて、気が合いますね。」
そう言って、眩しい笑顔を俺に向ける光月。
「ははは……まぁな。」
「せっかくなので、お散歩ご一緒しませんか?」
光月が、俺の顔を覗きこむようにして言った。
まぁ、どうせやる事も無かったし、こんな場所で一人寂しく散歩しているよりは、光月と一緒にいた方が何倍も楽しいかもな。
一応言っておくが、決してやましい考えは無いので。
「ん……。別に良いぞ。」
「あは。決まりですね。それでは、行きましょう。」
「えっ!?今日帰ってしまうのですか?」
俺の言葉に、光月は心底驚いたような表情を浮かべて、そう言った。
「ああ。もともと一週間の予定だったし。」
と言うより、思い返してみれば一週間で20話も消費してしまったことになる。……本当、時間の流れが適当だよなぁ、この小説。まぁ、作者が作者だし、仕方が無いのだが。
「それは残念です……。」
光月は、実に残念そうに肩を竦める。
「でも、何故でしょう?」
と、次の瞬間には元通りになっていた。そして、言葉を続ける。
「涼太さんとは、また会いそうな気がするのです。」
そう言いながら、満面の笑顔を浮かべた。
……不思議な事だが、そう思っているのは光月だけではなかった。
他ならぬ俺自身も、この少女―――光月と、またどこかで再会するのではないかと思っているのだ。と言うより、光月とこれでお別れとは思えなかった。根拠は無いが、どうしてかそう思えた。
「そうだな。俺もそんな気がするよ。……そん時は、またよろしく。」
「ええ。こちらこそ。」
そんな話をしながら、俺達は適当な道を進んでいった。バイヤーストリートからどんどん離れてる気がするが、まだ集合時間まで1時間半以上ある。まぁ、問題ないだろう。
「涼太さんは、遺跡とかよく行かれるんですか?」
突然、隣を歩く光月からそんな事を尋ねられた。
「ん?いや、あまり行かないな。昨日のはただの観光だし。」
「そうなんですか……。」
そう言う光月は、よく遺跡に行くのだろうか。昨日の様子から見て、光月は遺跡に興味があるようだったし。とは言っても、あんな綺麗に遺跡が残っている場所もそうそう無いが。
「ま、遺跡なら俺が住んでる町にいっぱいあるけどな。」
「遺跡がいっぱい……もしかして“聖ヶ崎”ですか?」
「お……よく分かったな。」
「名前くらいは。……残念ながら、まだ行ったことは無いですけど。」
光月は苦笑いを浮かべつつ、そう言った。
ふむ。やはりこの少女、遺跡に興味があるのではないだろうか。
「だったら今度、遊びに来れば?遺跡案内くらいはするよ。……とは言っても、案内されるのは俺の方かもしれないけどな。」
そう言って、“がはは”と勢い良く笑う俺。男の笑いとは、実に華が無い事を思い知らされた。
「なら今度、ぜひ遊びに行かせてもらいますね。いつになるかは分かりませんが。」
「ああ。ぜひそうしなよ。そん時は、俺の友達を紹介させてもらうよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
光月はそう言うと、再び眩しい笑顔をその綺麗な顔に浮かべた。
うーむ。やっぱり女性の笑顔には華があるなぁ。
「涼太さん。神さまって信じます?」
隣を歩く光月に、またも唐突に尋ねられた。
……神さまか。信じるも何も、うちに住んでるんだが。
「ま、信じるかな。」
ここで“信じない”と言っては現実逃避になってしまうので、俺はそう答えた。
現実を突きつけられるまでは、俺は神さまなんていないと思っていた。
だが、現実にはいたのだ。それも、俺の想像をドカンと超越した大物が。
だから俺は、それを信じるしかないのだろう。むしろ、今さら“いません”と言われても、そっちの方が受け入れられない。
「そうですか。……私もです。神さまはいると思います。きっと、空には神さまが暮らす国があって、そこにはたくさんの神さまがいて。地上に住む私達を、見守っているんじゃないかなぁって。」
光月は無邪気に話す子供のように、そう言った。
なんと言うか、意外とファンシーなんだな。光月って。
でも、ソレイユも“天界”とか言ってたし、光月の言っている事はきっと合ってるんだろうなぁ。
「案外、すぐそばに神さまはいたりして。そう、例えば……涼太さんの友達とかに。」
一呼吸置いた後、光月は続けた。
そんな光月の言葉に、俺は一瞬“ギクリ”とさせられる。
……何か、さっきから光月の言葉は的を得てるよなぁ。勘が良いと言うか、何と言うか。
「ははは。まさか。もしそんな奴が俺の友達だったら、神頼みでもして大富豪にしてもらってるさ。」
いや、まぁ実際はバリバリ普通に俺の友達なんだが。
とは言え、本人の許可無しでソレイユの存在をバラすのもマズいので、適当なことを言っておく。
「……ですよね。ふふ。」
光月はそう言うと、再び微笑んだ。
だが、気のせいだっただろうか。彼女の表情が、一瞬だけ。そう、ほんの一瞬だけ、無表情になったような気がした。
「ま、気のせいなんだろうけども。」
「……?何がですか……?」
光月は不思議そうな表情を浮かべつつ、そう俺に尋ねてきた。
「ん、なんでもないよ。」
「えー、涼太さん秘密主義者ですか?」
「ああ。その通り。俺の秘密を知りたくば、米国大統領の許可が必要だ。」
「じゃあいいです。」
「ちょ……!そこ、俺のボケに乗ってもらわないと厳しいんだけど。」
「イヤです。ふふふ。」
そんな下らない話をしながら、俺達は短い時間を過ごしていった。
「それじゃ、俺はそろそろ行かないと。」
腕時計を確認すると、もう約束の時間までは10分足らずしかなかった。名残惜しいが、ここらでお別れしておかなければ、間に合わなくなってしまう。
「そう……ですか。残念です。」
「俺もだよ。けど、さっきも言ったろ?またどこかで会えるさ。」
「はい……そうですね!」
残念そうに肩をすくめていた光月だったが、俺の言葉を聞くと、再び笑顔を浮かべた。
「もし良ければ、携帯電話の番号を教えていただけませんか?」
「ああ。良いよ。」
光月に言われた通り、俺は自分のケータイの電話番号と、メールアドレスを教える。自分のアドレス帳に入力し終えた光月は、“ありがとうございます”と言って俺に頭を下げてきた。
「いやいやいや!ケータイの番号を教えただけで、そんなに改まらなくても……。」
「いえ!嬉しいんです!涼太さんは、大切なお友達ですから!すぐにメールしますね。」
「……ああ。待ってるよ。」
再び腕時計を見る。約束の時間まで、もう五分程度しか残っていなかった。
さて、本当に遅れる前に行くとするか。
「じゃあな、光月!」
「……はい、涼太さん!お元気で!」
挨拶を交わし、俺は待ち合わせ場所へと急ぐ。数歩進んだところで振り返ると、光月が笑顔で手を振っていた。
太陽の光に照らされる、純白の少女。俺の目には、その姿がとても神秘的に映った。
「あ、涼太!23秒遅刻。」
「……チ。」
待ち合わせ場所には、もう既に全員が揃っていた。
女性人は皆、解散したときよりも少しだけ荷物が増えている。視界の隅には、“ナンパシッパイ”と呟きながら地面に“の”の字を書いている不気味な物体が写っていたが、あえてスルーすることにした。
「さて、それじゃあ空港に行こう。」
「みんな……乗った?」
確認の為、雪奈が機内の俺達に呼びかけた。
「乗ってるぞ〜!」
「私も乗っている。」
「私もっ!」
「あ……わ、私も平気ですっ!」
「……ナンパシッパイ。」
確認を終えた雪奈はコクリと頷き、手元のマイクで機長室に全員が揃った事を報告し始めた。
……いよいよ、長く感じた旅行も終わる。今思い返してみると、実に過ごしやすい島だった。良い思い出ばかりではないが、深く胸に刻み込まれた思い出は、良かれ悪かれ、後に笑い話となることだろう。
それから五分ほどして、機体が滑走、そして空にその身を委ねた。窓の外には、徐々に離れていく三日月型の島が確認できる。
「じゃあな、夏鈴島。」
離れ行くリゾート地を眺めつつ、俺は静かにそう呟いた。
次回予告――
彼女の言葉は、まるで魔法のような響きを持っていた――